天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-

第二章 仮想妖魔《オルト》 ②

 と、彼が言うと同時に、空中にディルプレイが表示される。

 なぜか麦藁帽子の少女が、「あ、ちょっ……」と制止の素振りを見せるがもう遅い。

 ディスプレイには、虹色の文字でデカデカと『合歓木探偵事務所』と書かれたWebサイトが表示されていた。はイラストやロゴなどもなく、一目見て素人が作ったと分かるものだ。しかも、そのページの中央には、『身近で科学では説明できない現象は起きてませんか?

 そんな事件、解決します! 今なら《無料》で相談を受け付けます!』と書かれている。


「いや、怪しすぎんだろ……」


 むしろ警戒心を上げてそう呟いた玖全を見て、麦藁帽子の少女は大きなため息をつく。


「だから、このサイト見せない方がいいって言ったじゃないですか!」

『え? すっごく分かりやすいと思うんだけどな』


 眠っているせいもあり、その声音は冗談か本気かもわからない。そういう点でも胡散臭い。


「ふざけてんのか?」


 玖全の態度に、麦藁帽子の少女は眉を吊り上げる。


「ちょっと、何その態度。瀕死のあなたをここまで連れてきてくれたのは、ネムさんなのよ」

「それがどうした。こっちはそんなの頼んでねぇ」

「あなたは、ね。天音さんは、必死に頼んできたわよ」


 隣に座る天音を玖全は睨むが、彼女は、「なによ」とでも言いたげな目を返してくる。

 と、そんなときだった。ドタドタと慌ただしい音がしたかと思えば、隣部屋に続いているであろう扉が勢いよく開いた。


「起きたかネ⁉」


 飛び込むように部屋に入ってきたのは、これまた奇妙な少女だった。

 逆さまの少女。彼女を一言で表すならそれだ。

 その少女は、ヘルメット型のHATを被っていた。そして、そこから伸びた体長ほどもある四本のアームで立っているのだ。……体の上下を逆さまにした状態で。

 体は一四〇センチにも満たないほど小さく、身を包んでいるのはよれよれのジャージ。ともすれば中学生にも満たないような見た目の少女が、頭を下に、胡坐をかいたような足を上にしている。これを珍妙と言わずしてなんというか。

 まるで胴体が逆さまの人間になっている蜘蛛のようだと玖全は思った。

 逆さまの少女は玖全を見ると目を輝かせる。


「おー、おー、起きてるじゃナいか。右手の調子はどうだネ?」


 鼻声のような特徴的な声だった。少女は、質問をしておいて、玖全の答えを訊くこともなく、玖全の義手を手に取った。


「フムフム……。問題なく動かせているようだネ」

「な、なんだよ、お前」

「ン? なにって、この義手を付けた張本人だヨ」

「なっ……。お前が手術したって言うのか?」


 目の前の少女は、どう見ても中学生程度の年齢しかなさそうに見える。


(ネムと同じように見た目通りの年齢じゃねぇのか? だが、そんな技術、聞いた事ねぇぞ)


 そう思う玖全の前で、逆さまの少女は、フッ、とニヒルに笑う。


「それがネ……してないんだヨ」

「してねぇのかよ」


 ふざけんなよこのガキ、と思った玖全に、チッチッチ、と少女は指を振る。


「そういう意味じゃないヨ。君の腕は、

「……!」

「君が運ばれてきた時点で、出血は止まってたンだ。普通に見たら完全に腕が切断されてる状態! しかし、HATの拡張映像AR機能をオンにすると、そこには拡張映像ARの腕がついているという摩訶不思議!

 試しにと思ってそれっぽい義手を近づけたら、なんと勝手に接合したンだヨ! 面白いだろう⁉」

「俺の体の話じゃなければな! つーか、つまり大した治療してねぇってことじゃねぇか!」

「まあまあ、前より頑丈で力強くなったからいいじゃナいか。サイズはあってないケド……」

「いいわけあるか!」


 そう言う玖全の心中は、もう一周回って冷静になりつつあった。ヤケになった、とも言いかえられるが。


『こらこら、喧嘩しない。カタクリも、場を乱さない』


 ネムがそう窘めると、カタクリと呼ばれた少女は「ハイハイ」と玖全から引き下がった。


『ごめんね。その子は、カタクリ。この探偵事務所のメンバーだ。それと、君の目の前にいる女の子は、朝桐

 紫衣くん』


 と、ネムは紹介してくれるが、彼に向ける玖全の目は胡乱だ。そもそも、眠ったままでこのように活動できる脳機能拡張など聞いたことがない。とにかく怪しすぎる。


『あぁ、寝たままなのは申し訳ない。ちょっと訳ありでね』


 玖全の考えていることに気づいたのか、彼は申し訳なさそうにそう言う。ただ、眠っているせいでその表情は微笑んだようなまま一切変わらない。


『さて……さっき探偵と言ったけどね。お察しの通り、僕たちは普通の探偵じゃない。君を襲ったあの化け物のような異常な存在……仮想妖魔オルトに関する事件を扱う探偵だ』


 仮想妖魔オルト

 初めて聞くその単語に、玖全の目つきが鋭くなる。


仮想妖魔オルト……。一体アレはなんなんだ? なんで拡張映像ARなのに実体がある?」

『アレが怪異、妖怪の類だからさ。拡張映像AR上にのみ存在するね』

「妖怪だと?」

『そう。HATの拡張映像AR機能を使わないと見えないけど、奴らは確かに存在してる』


 ネムが、ふっと腕をローテーブルの上に掲げると、玖全の前に、拡張映像ARのメッセージが表示される。他人から送信された拡張映像ARを許可するか、というものだ。彼はそれを承諾した。

 すると、目の前のローテーブルに、小さな異形たちが大量に現れた。首の長い人間や、提灯に目玉がついたもの、ひときわ大きい骸骨。いわゆる妖怪のイメージそのままの拡張映像ARだ。


『少し昔の話をしようか。かつて、人々の中で噂され、実在するとされてきたこういう妖怪や幽霊は、本当に存在した。今も書物とかに残っている怪異譚というのは、実話だってわけさ。でもそんな彼らも今はどこにもいない。なぜか?

 それは彼らが、人の『存在しないものを信じる心』から生まれていたからだ』

「存在しないものを信じる……?」

『そう。妖怪だの魔物だのっていうのは、本当は存在しない。けれど、昔の人間は夜の闇や災害、恐怖に名前を付け、妖怪や魔物としてその存在を信じた。そして、その信じる心が妖怪や魔物を生んだんだ』


 存在が先で、人の認識が後……ではない。

 人の認識こそが存在を生む。それが、かつていた妖怪たち。


『でも、時代とともにそうした架空の存在を信じる人はいなくなって、無事、妖怪たちはいなくなった。今時、誰も妖怪なんて信じてないでしょ?』

「……そう、だな」

『でもね、時代が進んで人々は再び存在しないものを信じるようになった』


 かつては存在せず、今の時代にこそ存在する『存在しない』もの。それは……、


拡張映像ARか」

『その通り』


 拡張映像AR。HATが脳に直接見せているだけの虚像。しかし、脳に直接作用するがゆえに、その存在感はあまりにリアルだ。本当に存在していると思うほどに。


「だが、その理屈だと変だろ。拡張映像ARがいくら現実と見分けがつきづらいとはいえ、本当に存在してるって感じてるやつなんて……」

『……本当にそうかな?』


 と、笑みを含んだ声でネムがそう言った途端、ローテーブルでたむろしていた妖怪たちが、一斉に玖全へ飛び掛かってきた。


「っ……!」


 思わず防御姿勢をとる玖全。だが、所詮は拡張映像AR。妖怪たちは彼の体を通り抜けていく。


『今、君は防御姿勢をとったね? 存在しないはずの映像に対して。それがまさに、存在を感じている証拠だ。頭でどう理解しているかじゃないんだ。どう感じているかが大事なんだ』

「……なるほど」


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