天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-
第二章 仮想妖魔《オルト》 ③
『現代に蘇った妖怪や幽霊。かつていた妖怪たちの
「枯椿鬼? それがあの化け物の名前なのか?」
『そう。正確に言えば、かつての妖怪としての名前、だね』
ネムの語り口が僅かに低くなる。
『妖怪や怪異の中で、花に関するものは驚くほど少ない。蓮の花や彼岸花しかり、どちらかと言うと神聖視されることのほうが多いからね。ポジティブな側面が強い象徴だ。でも、椿は違う。山形県の《椿女》や岐阜県の《化け椿》とかね……。もちろん理由はある。知ってる?
椿の花って、散らずに花のままポットリ落ちるんだ。……人の首が落ちるみたいに』
ゆえに、人は椿を園芸種として愛でながらも、場合によっては忌避の対象とした。そして現実の不思議な話や恐れを、妖怪という形にした。その嘘が、
『《枯椿鬼》は、そんな妖怪の中の一つだね。初出は鎌倉時代の「今昔拾遺物語」。武芸でも詩歌でも、何かに秀でた人がいて、しかし、ある日突然その人はさっぱりその才能が立ち枯れる。けどそんなとき……決まってどこかにある古い枯れた椿に大きな花が咲くという……。君たちの話とちょっと似通った部分があるよね』
話を聞きながら、玖全は、国立国会図書館のデジタル蔵書にアクセスし「今昔拾遺物語」の内容を確認していた。HATの通常機能が使えるのは幸いだった。確かに「今昔拾遺物語」には枯椿鬼の記載はあり、内容も概ね言われたものと合致している。
(嘘は言ってねぇようだな)
花と才能を奪うという要素。確かにその部分で合致しているとは言えなくもないが……、
「だが、俺たちを襲ったあの
『そう。そこが昔の《枯椿鬼》と違うところさ。だが、その本質が同じならば、あれは、確かに《枯椿鬼》なのさ』
「本質……?」
『言ったろう? 妖怪は、人の『存在しないものを信じる』心から生まれるって。《枯椿鬼》なんて、本当はどこにもいない。《枯椿鬼》という妖怪が生まれたのは、先に『人の才能が奪われるという』現象があり、人がそれを妖怪の仕業だと信じたからだ』
だが、『人の才能が奪われる』という不可思議な現象が自然に起きるはずもない。
グッと、玖全は軍帽型HATの鍔を下げ、その姿勢のまま固まる。意味のある行為ではない。ただ彼が思考する時の癖だ。
「《枯椿鬼》の正体は……才能を持ったヤツを迫害した人間の行為そのもの……とかか?」
『ご明察。その説が有力だ。住民による嫌がらせや迫害で、才ある人間はストレスがかかり不調を来たす。そして、各地にある《枯椿鬼》の伝承のオチのように、集落を去ったり、死亡……つまり殺されたりしてる。その悪行を誤魔化すための作り話が始まりというわけだ。『あいつが村を去ったのは、《枯椿鬼》に才を奪われたせいだ』ってね。実際、《枯椿鬼》の伝承が伝わっていた場所は、排他的な集落や村であったことが多い』
「……つまり、《枯椿鬼》を生むのは、人の才能を妬む嫉妬心ってことか? 椿の話は後付け。才能への嫉妬心と『才能を奪う何かがいる』って願望や伝承が本質」
『そういうこと。その願望と、ありもしない妖怪を信じる思いから、妖怪《枯椿鬼》は生まれた。その本質が同じであれば、君の見たあれは、形が違ってもやっぱり《枯椿鬼》なんだよ。現代の人の心の形に合わせて変質した、現代バージョンのね。なんなら、発露の形は花である必要もない。けどまあ、才能開花って言葉があるように、どうにも日本においては、才能と花は切っても切れない関係らしいね』
その口ぶりはどこか楽しそうで、玖全の眉に皺が寄った。
「……今時、人の才能を羨むなんて、珍しくねぇだろうからな」
『そうだね。まさに、現代であるからこそ、強く発露してしまった妖怪と言える』
人体機能の拡張が当たり前の社会。どの拡張が使えるかが人生を決める。しかし、その重大な要素を決めるのは、生まれ持った才能のみ。そこに募る妬みや嫉みは、人類有史最大のものだろう。
『とはいうものの、だよ。いくら現代人の才能に対する妬み嫉みが大きくても、
「……だから、そいつに襲われた俺は、貴重なサンプルってわけか」
玖全のその言葉に応えたのは、逆さまの少女、カタクリだった。
「まさに、そういうコトなんだヨ! ボクたちは君たちのことを調べたいンだよ。あの枯椿鬼は、他の
「言い直してもいい意味になってねぇ……」
眠ったままの青年、ネムからため息のような音声が漏れる。
『カタクリ、ちょっと静かにしてて』
「ム、なんだヨ」
不満そうな顔をしつつも、彼女は一歩引きさがる。
『まあ、言い方はともかく、僕たちが君を求める理由は、カタクリが言った通りなんだ。あの枯椿鬼は、僕たちが知る
悪い話ではない。全く以て。
だが、
「断る」
ハッキリと玖全はそう言った。
「人に頼る気はねぇ。自分のことは、自分で始末つける」
イヤイヤイヤ、と我慢しきれなかった様子で口を開いたのは、カタクリだ。
「何言ってんだヨ。独力で枯椿鬼追う気? 無茶だヨ」
「それでも、俺は一人でやる」
それは玖全にとって、自信であり、プライドであり、信念であった。
数多の才能に恵まれ、誰に頼ることもなく生きて来た。
だから、誰も頼らない。
たとえ才能を奪われ、もはや今まで通りの無茶を通せないと理解していても。
非効率的だろうが、時間がかかろうが、自分のことは自分でやる。
玖全は、ふらつきながらも、ソファから立ち上がる。
「帰るぞ、天音」
背を向けたまま幼馴染にそう言うが、
「え、なんでよ。アタシは、ここにいるけど」
「は?」
謎の発言に、思わず玖全は振り返らされた。
猫耳帽子の幼馴染は、軽い調子で眉を上げる。
「だって、アタシの才能も盗られちゃってるし」
「はぁっ⁉」
今日一番の大声が出た。
そういえば、と一つの事実が思い浮かぶ。廃ビルで会った青いほうの化け物は、二枚の天使のような翼を持っていた。それは天音が持つ拡張肢と同じだ。
「アタシって、先にあの廃墟に帰ってたでしょ? それで、アタシもあのお化けみたいなのに襲われちゃってさー」
「待てお前、じゃあ怪我はっ?」
「それは大丈夫。大したことないから」
ソファに座る幼馴染を見るが、確かに怪我らしきものは見当たらない。
「でも、才能は盗られちゃった」
「いや、よくそんなサラっと言えるな! 一大事だぞ! わかってんのか⁉ 今時、就職もHATの才能次第で決まる時代だぞ。その才能が無くなるなんて――」
「まあまあまあ。だから、この人たちに助けてもらうって話なわけよ」
その言い方は軽いようで、数多の思慮が混じった末のものであることが、玖全には分かる。



