天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-
閑話 優しき呪い ②
そこでもう限界だった。緊張感と恐怖から解放されたアタシは、「うわーん」なんて、情けない声を上げて泣き出してしまった。
「はぁ⁉ お前っ、泣くな!」
なんて言われて泣き止むなら、苦労しない。
そうして玖全が、近くのマンションの駐車場に連れて行ってくれるまで、アタシはずっと泣き続けた。
「ぐす……助けてくれてありがと……」
ようやく落ち着いたアタシは、涙を拭いながらそう言った。
玖全に連れてこられたのは、とにかく雨風が凌げそうな近くのマンションの駐車場。一階部分が全部駐車場になっているタイプで、奥の方まで行けば、横殴りの風も雨も入ってこない。
そんな駐車場の車止めの上に、アタシたちは座っていた。アタシの膝の上では、ミーちゃんが丸くなっている。
落ち着いてくると、頭の中にいろんな疑問が湧いてきた。
「わかんないことが、いっぱいあるんだけど……」
「は?」
「玖全くん……なんで、あそこにいたの? アタシ……今日あそこに行くって、誰にも言ってないし……、玖全くんにミーちゃんのこと話したこともないのに……」
「教室で、でっけー声で話してたら、嫌でも聞こえるだろ。俺、家がこの辺だから、場所も大体わかったし。今日だって、扉の前で話してたろ」
「あ、確かに……。でも……それだけで?」
「……」
玖全は不機嫌そうな顔をして、そっぽを向いた。
「ねぇ、こっち向いてよ。玖全くん、アタシが今日もここに来そうだって思って、それが危ないって思って、わざわざ様子を見に来てくれたってこと?
アタシを心配して?」
「ち、ちげぇ。心配なんてしてねぇ」
「え? じゃあなんなの?」
振り向いて言い返してきた玖全に、素朴な疑問をぶつける。
ぐ……、と玖全は言葉に詰まってまた視線を逸らした。
そうして、
「日直……」
「え?」
「お前が怪我とかで休むと……、明日の日直が繰り上がって俺になる。それが気に食わねぇから、来た……だけだ」
「えぇ……?」
日直。日直ぅ? いやいやいや、そんなわけないでしょ、って、子供のアタシでもそう思った。それに、気まずそうに目を逸らす玖全を見て、玖全自身も苦しい理由だって思っていることが分かった。
その理由の意味不明さと、玖全の表情を見たアタシは、思わず口角が上がってしまった。
「ふふふ……あはははっ」
「は? 何笑ってんだ」
「あはははっ。だってさ、変だよ! 日直なんかで、あんなところまで見に来て、助けてもくれるなんて!」
「……」
玖全はバツが悪そうにHATを被りなおすだけだった。
そのとき、ミー、とアタシの膝の上でミーちゃんが鳴いた。ミーちゃんは、アタシの膝から降りると、玖全の足元に寄っていく。
「あは、懐かれてる」
その姿はびしょ濡れなことも相まって、本当に小さく見えた。
「ミーちゃん……、これからどうしよう……」
「別に、置いてけばいいだろ」
「かわいそうでしょ!」
「なら、飼えばいいじゃん」
「うちは、お父さんが猫アレルギーだから、飼えないってお母さんに言われたのっ」
「なんだそりゃ」
玖全の足元で、ミーちゃんがグルグル回ってる。
それをしばらく見ていた玖全は、大きなため息をついた。
「……なんか猫飼いたくなったわ。だから、俺が飼う」
「えっ?」
思わずアタシは、玖全の顔を見た。
「な、なんで?」
「だから、飼いたくなったって言っただろ」
「えー?」
また、よく分からない理由だ。
「玖全くん、動物の世話とかできるの?」
「できるに決まってるだろ。AIロボに任せとけば間違いねぇ」
「あー、それいけないんだ。AIに任せるんじゃなくて、ちゃんと愛情持って育てないとだめって、お母さん言ってたよ」
「……。あぁ、そうかよ」
「……?」
玖全の声が低くなった理由を、その時のアタシはまだ知らなかった。
被っているキャップ型のHATを、玖全が深く被りなおしたのを見て、アタシの興味はすぐそっちに移ってしまった。
「ね、それ、HATと拡張肢だよね?」
「お前、次々興味あるもの変わるな……」
「いいじゃん、だって気になるんだし! ね、なんでHAT使ってるの? 子供は使っちゃだめなんでしょ?」
「こっそり子供に使わせてる親なんていくらでもいるだろ。大体、これで助けてやったんだから、文句言われる筋合いねぇぞ」
「文句なんて言ってないじゃん! むしろさ……」
と、アタシは、玖全に近寄ると、こっそり耳打ちする。
「アタシもめっちゃ興味ある」
「え、マジで⁉」
パッと玖全は顔を明るくした。
「だって、大人はみんな使ってるじゃん! アタシも使ってみたい! 拡張肢も!」
「拡張肢もHATもうちにめっちゃあるぜ! 調整も俺がしててさぁ」
と、途端に玖全は饒舌になった。HATも拡張肢も、子供が使ってるなんて大っぴらに言えないから、話せて嬉しかったんだと思う。
アタシも気になったことを訊いて、玖全も喋って、そんなことしていたら時間がどんどん過ぎていった。
そのあと、流石にお母さんが心配するかも、と思って、その日は家に帰る流れになった。今度、玖全の家に遊びに行って、HATも拡張肢も使わせてくれるって約束して。
「じゃ、今度遊びにいくから。……ううん。こんどから、しょっちゅう遊びに行くから」
「は? なんでだよ」
「ちゃんと、ミーちゃんの世話してるか、見るためっ」
そんなことがあって、アタシと玖全はよく遊ぶようになった。
HATとか拡張肢を使うから、大抵は玖全の家で。
たまたまアタシも玖全に負けないくらい脳機能拡張の才能があって、いろんな拡張機能を使うことができたから、それでもっと意気投合した。
アタシも拡張肢の勉強をして、玖全と技術的な話もだんだんできるようになっていった。親に内緒で玖全のHATを使ったりとかして。今では拡張肢に関しては玖全より詳しい。
そうして仲良くなるうちにわかったことがある。
玖全は、自己中で、口が悪くて、自分勝手で、そしてすっごく……お人よしだ。すごく分かりづらいけど。
本人だってそう思ってないだろうし、なんなら、他人なんてどうでもいいって思ってるだろうけど、絶対にそうだ。
台風の日に、アタシが廃屋に行くかもってHATと拡張肢まで付けて様子を見に来てくれたのも、なんだかんだ言ってミーちゃんを飼ってくれたのもそう。他人なんかどうでもいいって考えはあるけど、心の奥では困っている人は放っておけないんだ。
本人に言っても絶対認めないだろうけど。
多分、自分が何でも出来すぎることと、あの家庭環境のせいでそうなんだと思う。
玖全の家は、高級マンションの一室で、単純な面積だけならアタシの家より広いかもしれないところに住んでいる。そこそこの値段のするホームAIがたくさんあって、そのAIと家中のセンサーが対応して、快適な環境を提供し続けてくれる、すっごくいい場所だ。
でも、アタシはそこに遊びに行くたびにどこか不気味なものを感じていた。
あんまりにも綺麗で、整いすぎていて、人が生活している感じが全くしなかったから。
「ねえ、玖全のお父さんとお母さんは? いっつもいなくない?」
月日が経ち、すっかり呼び捨てで呼び合う仲になったころ、アタシは玖全にそう訊いた。
相変わらず嫌そうな顔を玖全はしたけど、それでもポツポツと話し出した。
「大したことじゃねぇよ。親は俺を……育てる気はないってだけ」
そこから続いた話は当時のアタシにとっては信じられないものだった。……いや、今のアタシからしても、信じたくもない話だ。



