ラプンツェルの翼

1:少女育成計画《オペレーション》 ②

「あのさ、前々から思ってたことだけど、君は女の子に対しての情報が極端に少ないよね」


 美穂がむっとしたように振り返った。


「でも、次の選挙でどっちが政権を取るかとか、どの関連株価が上がるかとか、そんな話をしている女子生徒を見たことがない」

「地球規模の話もするよ。温暖化でシロクマが困っててかわいそうとか、ね」


 美穂は選んだ下着を遼一に押しつけた。


「美穂がレジを通してくれ。頼むよ」


 そんな遼一に、美穂がじっと疑わしげな視線を向けた。


「な、なんだよ美穂」

「……すっごい汗かいてるね」

「体調が悪いんだよ」

「そっか。だから今日きよう学校休んだわけだしね」


 美穂はレジに向かった。

 ショップの外で待っていると、会計を終えた美穂が出てきて紙袋を遼一に渡した。


「助かったよ」

「これくらい別にいいけどね。体調悪いなら早く帰りなよ」


 美穂は自転車を少し押してからこちらに振り向いた。


「……あいざわ君はひとり暮らしだからちょっと心配だね。あとで様子見に行ってあげようか? ママに言って栄養ある物でも作ってもらってさあ」

「いや大丈夫。おれ風邪かぜ引いてるし、部屋も汚いし」

「そっか。……子供のころとは違うもんね。あのときはお互いの部屋で遊んだりもしたけど」

「そうだよ、俺たちももう高校生だからな」


 遼一は美穂に手を振って足早にその場をはなれた。美穂も自転車を押して歩きだす。


明日あしたは学校に来なよ」


 は一度だけ振り返り、走り去るりよういちの背中を心配そうに見たあと再び歩きだした。


    *


 マンションの階段を上る足が異様に重く感じた。

 四階の最上階の部屋だがエレベーターを使う気になれない。部屋に辿たどり着くのが嫌だった。階段を上り部屋のドアの前に立って、遼一はふうっとため息を吐いた。体のすべてが重く感じる。吐きだした息さえもずっしりと足下に落ちていく。

 恐る恐る扉を開けると、さらに重い気持ちになった。


「やっぱりな……」


 夢ではなかった。まぎれもない現実。外に逃げても悪夢は終わってない。

 いつもは整然としているワンルームの部屋だったが、今日きようは異常に荒れていた。本や雑誌が床に散らばり、中身をぶちまけたゴミ箱が転がっている。

 部屋の中央にいるそれが遼一を悩ます悪夢だった。床にぺたんと座っている少女。

 少女は、部屋に戻ってきた遼一に気づくと、こちらを向いてまばたきをした。人形のように無表情な彼女の姿。

 これはどうすればいいのだ?

 彼女との関連はまったくない。もしかして、ひとり暮らしをしている遼一への神様からの誕生日プレゼントだろうか。しかし誕生日は三ヶ月も先で、このプレゼントは決してうれしくはなかった。子供を作ったおぼえもない。

 開けっ放しの冷蔵庫の中も荒れていた。濃厚ソースがぶちまけられ、中がべったりと汚れている。


のどかわいたのか?」

「…………」


 少女の返答はない。

 それでも遼一は、コンビニの袋から缶コーヒーを取りだすと、タブを開けて少女に渡してやり、冷蔵庫を片付け始めた。


「わわっ」


 ふと振り向くと少女がコーヒーを胸にこぼしていた。急いで駆け寄り、茶色く染まったシャツを脱がしてやる。下には何も着ておらず、むわっと甘いにおいが漂った。

 遼一は視線をらしながらタオルで少女の体を乱暴にくと、壁に掛けていた学校の制服のワイシャツを少女に着せた。ふと下着を買ってきたことを思いだし、プレゼント用としてごてごてに包装された包みを手に取り、中からシンプルな青いパンツを取りだす。

 パンツに少女の足を片方ずつ通す。視線を上げると少女がじっとりよういちを見ていた。妙に真っ白く弾力のあるすらりと伸びた足。小さい足の指は作り物のようだと思った。太ももがとてもすべすべとしている。少女が両足を少しだけ開いた。太ももの内側がコーヒーでれており一筋のしずくが垂れた。

 少女にパンツを穿かせてから、遼一はぐったりと壁に寄り掛かった。気づくと全身に異常なまでに汗をかいている。

 自己嫌悪におちいる遼一のわきで、少女がじっとこちらに視線を向けている。

 イラッときた遼一は部屋の脇に置いたトランクを手に取った。彼女はこのボコボコにゆがんでひしゃげたトランクの中に入っていたのだ。もう一度押し込んでトランクごと捨ててくるしかない、と思った。

 人形のようにおとなしくしている少女を抱え上げ、トランクに強引に押し込もうとしたが、不意に少女が暴れだした。手足をじたばたとさせる少女の力は異様に強い。り上げられたトランクがキッチンまで吹っ飛びグラスが音を立てて割れ、がつんと少女の腕があごに当たった。


「いつつ……」


 遼一はもんぜつした。少女の手首には腕輪のようなものが装着されており、それが顎を直撃したのだ。

 さらに少女は床に散らばる本を投げたりと暴れ続けている。通常はおとなしくしている少女だったが、トランクに入れようとしたしゆんかんにこのように暴徒と化すのだ。

 遼一はしばらくぼうぜんとしたあと、すべてをあきらめテレビをつけた。五時のニュースをやっていたが、メジャーリーグのイチローの活躍が伝えられているだけだった。やはりあの出来事はニュースになっていない。昨日きのうのあの出来事。

 振り向くと、いつの間にか少女が暴れるのをやめテレビを見ていた。遼一は少女がテレビに興味を向けているうちに、部屋と自分の気持ちの整理を始めた。

 少女をベッドの上にそっと置くと、部屋に散乱した本やガラスの破片を片付ける。少女は身じろぎせずにスイーツ特集の番組に視線を向けている。

 ベランダに出てケージの中の鳥の世話をすることにした。えさと水を入れ、砂を入れ替えると、ケージの中のすずめが早速砂浴びを始める。その様子をぼんやりと見ているうちに、いくらか気持ちが落ち着いた。

 遼一は雀を眺めながら、もう一度思考を整理する。そうぐうした異様な出来事について。

 まず、ベッドに座っている少女。彼女はなんであるのか。

 現在の彼女は大きなひとみをテレビ画面に向けている。半開きの小さな口。彼女は昨日の夜からこの部屋にいるが、いまだに言葉をしやべっていない。くりいろの髪が肩の下まで無造作に垂れ、ワイシャツからはわずかにふくらんだ胸元が見える。すそから無防備にしゆつした白い足を、ベッドに腰かけてプラプラと動かしていた。



 部屋に戻って少女の隣に座る。見た目は普通の女の子だ。小学校高学年から中学生ぐらいのたいに幼い容姿。額には大きなばんそうこうってある。所々をしていたので、りよういちが応急処置をしていた。

 少女の両手首と両足首にはアクセサリーのようなものが装着されていた。アクセサリーにたとえるには少々ごつい作りで、少女の左手首を持って調べてみると、ずっしりと重さを感じる。真っ白くカラーコーティングされているだけで外すためのロックなどは確認できない。どうやって装着したのかもわからない。

 彼女はいったい何者なのか。血の通った弾力のあるこの肌は、人間のものであることに間違いはないのだが。

 遼一は缶コーヒーを飲んで息を吐く。少女を警察に連れて行こうという思考は当然あった。しかし、まず疑われるのは遼一自身なのだ。なかなか決心がつかない。

 遼一にトランクを渡したあの女性の言葉がよみがえる。


『必ず取りに行きます。それまで預かっていてください』

だれにも見せてはいけません』

『これは、とても危険な武器なのです』

『決して開けてはいけません……』


 開けてはいけない……。

 しかし、部屋に持ち帰ったとき、トランクはガタガタと動いていた。ロックがこわれていたようで、ぱかりと自ら開いてしまったのだ。

 そして、中に入っていたのが裸のこの少女だったのだ。

 まず考えた。昨日きのうのあの出来事はなんであったのか。悲鳴と怒号、そして道路に倒れる人々の姿は、妙な感と共にはっきりと目に焼きついている。