ラプンツェルの翼

1:少女育成計画《オペレーション》 ③

 しかし、そんなニュースはテレビに流れていない。新聞にも目を通したが、そのような事件はどこにも載っていなかった。

 そして、りよういちにトランクを渡した女性。彼女についてのおくはぼやけていたが、整った顔つきでれいな声だったような気がする。彼女はだれなのか。遼一にトランクを押しつけるように渡すと逃げるように促した。何を恐れていたのだ?

 必ず取りに行くと言ったが、本当に回収に来るのだろうか。ほかにも気になることがある。すでにトランクを開けてしまったことだ。

 当然考えた。明らかに犯罪のにおいがする。しかし、果たして警察に届けてよいものだろうか。昨日の出来事はニュースにさえもなっていない。このまま少女を警察に届けて、信じてもらえるかどうか。

 遼一自身、あの出来事は夢のように思えた。疑わしい現実。しかし、あの非日常の出来事が現実である確固たる証拠はこの部屋にある。

 あの異様な出来事のしようちようとして存在している少女。


「おまえはなんなんだ?」


 遼一は少女からきよを置いてベッドに腰を下ろした。よく見るとテレビに見入る少女の小さな唇がわずかに動いている。ニュースキャスターの唇の動きをまねているかのようだった。

 ニュースが終わりCMとなっても少女はじっとテレビ画面を見つめている。車の保険、牛丼の半額キャンペーン、紅茶のCMではアイドルタレントが画面越しに微笑ほほえんでいた。

 画面を見ている少女がかすかに笑ったように見えた。


    *


 トマトジュース? 共同募金の赤い羽根? 郵便ポスト? それとも薔薇ばらの花?

 悲鳴が聞こえた。目の前の赤は血だった。トランクを渡されたときのあのシーンだ……とこんだくした意識のなか思った。

 ……違う。あのシーンじゃない。もっと別の……気づくと全身が血にれて真っ赤になっていた。聞こえていた悲鳴は自分が上げているものだった。べったりとこびりつく不快な匂い。そしてわきに倒れる人間は……

 悲鳴を上げて飛び起きると、そこは自分の部屋だった。全身がびっしょりと汗で濡れている。むわっと嫌なにおいがした。

 服のままベッドで寝てしまっていたようだった。嫌な夢を見たような気がする。

 顔を上げるとベッドに座っている少女の姿が見えた。相変わらずテレビにくぎけだったが、ちらりといつしゆんだけりよういちに視線を向けた。


「やっぱりな。こっちは夢じゃないんだよな」


 遼一は肩を落としてベッドから立ちあがった。カーテンを開けて強烈な日ざしに目を細める。天気は晴れ。さおな空に真っ白な雲が浮かんでいるのが見える。もやもやとした雲は、心の中でいびつに形を変えてうごめく自分の思考が具現化されたかのようだ。

 時計を見るとすでに昼を過ぎている。今日きようは平日で学校があったが、当然ながら登校するどころではなかった。

 テレビはお昼の情報番組を流している。少女の手にテレビのリモコンが握られていることに気づいた。遼一がそれでチャンネルを変えているのを見て使い方を学んだのかもしれない。

 冷蔵庫からミネラルウオーターを取りだして飲んだ。ベランダの窓を開けると、ケージの中のうつわにも水を注ぐ。中にいるすずめが、遼一を見てチュンチュンと鳴いた。汗だくのシャツをせんたくに放り込んでそのまま洗濯する。干してあった乾いたシャツに着替えると、少しだけ気持ちが軽くなった。

 キッチンでコーヒーをれるためお湯を沸かし、顔を洗って部屋に戻ってみると、変わらず少女はテレビを見ていた。番組を見ながら唇を動かしているが、少女がしやべることはなかった。単純な行動を繰り返す彼女は、たとえるならロボット的だった。

 遼一は少女に近づくとペットボトルを彼女の口に持っていき水を飲ませた。さらに冷蔵庫からコンビニで買ってきたプリンを取りだし、スプーンで一口ずつ食べさせた。少女は視線をテレビに向けたまま、おとなしくされるがままになっている。

 遼一はさらに少女の観察とケアを続けた。世話をしていると、何かペットを飼っている気分になる。頭をでてみると、心なしかうれしそうな表情をするような気がした。少女も遼一に気を許し始めたのか、隣に座ると頭をこすりつけるような仕草をする。ほんの少しだが、楽しい気分になった。

 ただし、重要な問題は棚上げされたまま時間だけが経過した。

 この少女は何者なのか、何故なぜ遼一に渡されたのか。解答が出ることはなかった。わかったことは少女がテレビとプリンが好きなこと。隣の部屋で飼われてるねこのモモと同じだった。

 遼一はぼんやりと出窓に座って外を眺めた。日が傾き、昼の強烈な日ざしは少しだけ和らぎ始めた。こんな状態がいつまで続くのだろうか……。

 そのとき玄関のドアがノックされた。

 遼一はどきりと立ちあがった。少女を回収に来たのでは?

 恐る恐る玄関に近づいてみる。回収に来た相手に悪意がないとは限らない。いや、それは想定しなければならないことだった。特にりよういちはすでにトランクの中身を知っているのだ。そんなことを考えると心音が異常に乱れて息苦しくなる。

 気配を殺してドアスコープから外をのぞいてみると、玄関前にセーラー服の女の子が立っているのが見え、あんのあまりついドアを開けてしまった。


「元気そうだね。顔色もよさそう」


 立っていたのはだった。


「美穂……学校は?」

「私は学校に行ったけど、君は来なかった。そして、今は夕方で私は授業を受けて部活動をしてへろへろに疲れてここに来たの。何故なぜここに来たかだけど、第一の用件はプリントを渡すため。進路の希望みたいな感じのちょっと重要なやつらしいね……あれ、だれかいるのかな」

「プリントは? これ? サンキュー助かった」


 遼一は部屋を覗こうとする美穂を押し返す。


「ん? せっかくだからお茶くらいれてくれてもいいんじゃないかな。変な本でもかくしてあるの? そんなんじゃ驚かないよ」

「そんなこと言って絶対驚くからだ」


 遼一は美穂からプリントをうばってドアを閉めた。


「まずいな、これは」


 遼一は額の汗をぬぐって部屋の中に戻ると、ベッドの上に座っている少女に目をやる。やはりこの状況は異常だった。このままにしておくわけにはいかないと、不意にき上がるしようそう感。

 遼一は部屋の隅に置いてあるトランクを持って少女の様子をうかがう。おとなしくしている今がチャンスだった。さっと少女をトランクに押し込んで、外側からガムテープでぐるぐる巻きにして、どこかの道ばたに置いて、そのあと警察に電話、ああ、指紋をかなければ……

 そんな考えが伝わったのか、遼一が近づくと少女が不意に暴れだした。遼一の手を振り払うと足下のトランクを乱暴に投げ飛ばす。トランクが本棚に激突し、並べて飾ってあったアイスコーヒー用のグラスが床でくだけ散った。


「てめえ、おとなしく……」


 ドサッと背後で何かが落ちる音がして、遼一は硬直した。

 恐る恐る振り返ってみると、床をすべっていったトランクがクルクルと回転しているのが見え、そして、そのわきこわばった表情の美穂が立っていた。

 遼一はおだやかに美穂に話しかけた。


「……もしかして渡し忘れたプリントがあるとか?」


 美穂は手から落としたスーパーの袋も拾わず、ただ首を振った。


「第二の用件は病気の君を心配して買い物をしてきてあげたの。ひとり暮らしで病気だから少しだけ心配したの。……でも、でも、予想外のことが起こってる」


 はベッドに座る半裸の少女をぼうぜんと見つめている。


「最近の人形ってよくできてるだろ」

「……動いてるよね」

「違うんだ。違うんだよ美穂」

「そっか違うよね。私も違うと思う」


 美穂がぎこちなく笑った。


「そうそう、違うんだ。変な話じゃないよ」

「そうだよね、そうだよね。…………で、だれなの?」