アトリウムの恋人

1 Sports & Simulation Society ④

 まえは繭子と視線を合わすことなく、開けはなした窓の外を向いた。


「なあ、会話をしようじゃないか」


 繭子はくすりと笑いながらくちびるにリップクリームを塗っている。


遙花はるかさんのことです」


 え切らない前田の代わりにゆきむらが言った。


「スフィアを調べるためにサークルを正式登録しようと言いだした、と?」


 前田と雪村は顔を見合わせた。


「彼女なら、さっき私のところに相談に来たよ」

「……で?」


 前田はゴクリとつばを飲み込んだ。


「私もメンバーに誘われてね。だから入ることにした。生徒会でも承認してやることにしたよ。メンバーの五人も集まったようだしな」

「そうじゃないでしょ」


 繭子の言葉に前田は首を振った。


だ? 私が可愛かわいこうはいの頼みをことわれると思うのか?」

「元から部員だった僕は抜かしたとしても、こうもピンポイントでメンバーを選んだのはすごいですね」


 前田の気持ちをよそに、ゆきむらがうなっている。


「遙花は、なんで繭子さんまでさそったんですか」


 前田は視線をらしたまま繭子に聞いた。


「体育祭や文化祭のイベントで私と遙花は仲のよい先輩後輩なのだよ。そして、彼女はできれば私が卒業するまでの一年間、いつしよに活動して思い出を作りたいとも言っていた。な、可愛い後輩だろう」

「もしかして、遙花さん知ってて誘ったんじゃないですかね」

「それは私にはわからないよ。だからこそ、サークルを稼働させようを見る必要もあるかもな」

「まだ、正式に認められたわけじゃないでしょ」


 前田は顔を上げた。できればサークル活動は避けたいところだ。


「条件はほぼ満たしているからね。あとは中間テストの点数次第だな。五人の全教科の平均が八十点以上ならその時点で認められるだろう」


 こんなことなら追試になったほうがよかったかもしれない。いや、それは消極的なことだろうか。目の届かないところで遙花はるかに活動されるよりはマシなのだ。それでも、まえの気分は沈んだままだった。彼女と同じ場所で同じ時間を共有するのはつらいという思いがあった。


「それで、遙花さんは?」

「前田君が喜んでくれるかなあ、と笑いながらしん宿じゆくぎよえんに行ったようだ。たまにはお前も行ったらどうだ? クラスメイトとの思い出作りは大切だぞ」

「……わかりましたよ」


 前田はそうき捨てると教室から出ていった。


    *


 前田が出ていったあとも、ゆきむらは教室に残っていた。


せんぱい、大丈夫ですかね」

「そんなに心配か? まあ、基本的に駄目な要素が多い人間だからな」


 まゆは再びパソコン入力を始めた。


「確かに先輩は、いい加減で生活にだらしなくて自分勝手でわがままでいて人に頼ってばかりのところがありますが、それでも僕の先輩ですから」


 雪村は先ほどから遙花の行動の意味を考えていたが、断片的な情報はどうしても形にならなかった。


ゆうさんは何か知ってますか?」


 雪村が聞くと、繭子はふうっと息をいた。


「対話をしたいならそれなりの情報を自分で手に入れるんだな。でないとフェアな会話が成り立たないだろう」


 雪村はもしもサークル活動が始まったらどうなるだろうかと考えた。遙花の目的はまだわからないが、サークルはどうするのか。前田と遙花の関係はどうなるか。

 もしかしたらサークル活動は変化のきっかけになるかもしれない。ぎこちない関係が修復されるか、それとも悪化かするか。歯車は動きだすのか、こわれるのか……。


「私は彼女にかいにゆうしていない。本当に相談されただけだ」


 繭子はこちらを見ずに言う。確かに彼女の言動にうそはないだろう。繭子はいつでも言葉と行動に厳格だ。しかし、何を考えているのか読み取れないところがある。


「遙花さんを調べておいたほうがいいんでしょうか」

「今のお前にとって遙花はただの学校の上級生にすぎないだろ。彼女はただ、仲のいいお友達とサークル活動を始めたかっただけだ。それ以上でも以下でもないぞ」

「……何かあってからじゃ遅いと思いますが」

「自分の力でどうにかできるとでも思うのか? そういうのは勝手に自然な形になるものだ」

「運命みたいなやつですか?」


 ゆきむらが言うと、まゆは首をすくめた。


「じゃあ、僕はこれで失礼します」


 雪村は頭を下げてから扉に向かった。


「……まだサークルが正式登録されるかは決まっていない」


 教室から出ていこうとした雪村の背中に声がかけられた。


「決まるのはテストの返却が終わる一週間後だろう。お前が言う運命的なものがあるとしたら、サークルは正式登録されるだろう。そして何かが始まり、何かが変わるのだろうね」


 繭子はパタンとノートパソコンを閉じて笑ってみせた。


    *


 ──そして一週間後。


『サークル名・3S』


 部室のプレートにはそう表記があった。

 部室は、北校舎のき教室を利用することになっていた。五人のメンバーでこれから三ヶ月間のかり活動期間がもうけられる。

 サークル名の3Sとは、sports & simulation society の略らしい。オンラインゲームサークルでは学校への印象が悪かったらしく、遙花はるかが繭子に相談して名前を考えたのだ。sportsは広義のゲームの意味と健康さをアピール、simulationはそう現実の意味合いがある。


「俺がカンニングでテストの点を上積みしたばかりに」


 まえは部室のそうをしながらあくたいをついた。部室の床では円形の自動クリーナーが走り回っている。この学校では常に数十台の自動クリーナーが作動しているのだ。


「ぎりぎり八十点超したようでしたからね」


 となりでは、雪村がたなを整理している。同好会設立の条件のひとつである最新のテストで合計平均八十点以上という難関は、今週のテスト返却期間においてクリアしてしまった。雪村はテストの平均が八十点。遙花と繭子は約九十点。残りのもう一人はあっさりと全教科満点を取り平均百点。前田は約五十点平均と、五人の総合で八十点以上となった。


「カンニングをしなければ三十点ぐらいだったんだよ。そうすれば、同好会設立もうやむやになったかもしれないのにな。あと誤算はあいつだよ。本当に満点取るから……」

「そんなにいやだったら、直接サークル設立をことわればよかったのに」

「断れるわけないだろ。な笑顔で、いつしよに活動できたらいいね、とか言われたんだ。に断って彼女を泣かせでもしたら、俺はこれから一年間七組ではぶられる」


 遙花がサークルに興味を持ったことは七組の生徒たちから見ても驚くことがらだったようだ。遙花は部活やサークルから勧誘を受けても、のらりくらりとかわしていたからだ。


「まあまあ、できちゃったのはしょうがないですよ」

「そうだよな。こうなったらもっと楽しもうか。この部室を秘密基地みたいにして遊ぼうぜ。ゴミ捨て場から冷蔵庫を拾ってきてビールを飲めるようにしよう。いや、近所のバーがつぶれるらしいからビアサーバーをもらってきて設置しちゃおうか」

「部室にゴミを持ち込まないようにな」


 部屋に入ってきたのはまゆだった。彼女はそうを手伝うつもりはないようで、窓ぎわにおいてあったパイプこしを下ろし、窓の外をながめながら「ビアサーバーもいいかもな」とつぶやいた。空を眺める彼女の横顔を見て、いつさいの生命活動を停止してちようぞうのように動かなければれいなのになとまえは思った。


「とりあえず、内容はオンラインゲームサークルだから、パソコンぐらい置きたいよな。繭子さん、なんとかしてくださいよ。生徒会役員でしょ」