アトリウムの恋人

1 Sports & Simulation Society ⑤

「残念だが、サークルは学校から予算が出ないのだよ。趣味での集まりだから当然だな」


 繭子は、窓にってあった『目指せ高校ウルトラクイズ』との張り紙をはがすと、びりびりにやぶいて床にまいている。ゴミに反応した自動クリーナーが寄ってきて吸い込んでいる光景は、まるで公園で鳩にえさをやっているような感じだった。


ゆきむら、見てみて。さて問題です」


 前田はたなに置いてあった銀色のシルクハットのような帽子をかぶってみせた。スイッチをすとぴこーんとシルクハットの上でハテナマークが起き上がる。前田と雪村は顔を見合わせてケラケラ笑った。この部室を使っていた前のサークルはクイズサークルだったのだ。


「ごめんなさい。書類の提出とかに手間取ってしまって」


 扉が開き、すまなそうに部室に入ってきたのは遙花はるかだった。


「いいよ、掃除はほとんど終わったし」


 なんだかこうして遙花と放課後に会うことが、妙に不自然に感じてしまう。


「結構綺麗になったね。ありがとう」


 遙花はかばんを棚の上に置いてから繭子に近づいた。


「繭子さんにもお世話になりました。今日からサークル活動を始めていいって」

「私は何もしていないよ」


 繭子は遙花に微笑ほほえんでみせた。


「雪村君だったよね。あおばら遙花です。よろしくね」

「はい、念願かなってやっとサークル活動ができてうれしいです」


 雪村は頭を下げながらしれっと言った。


「それと前田君、強引にサークルに入れてもらってごめんね」

「いいよ。どうせ放課後はひまだったしさ」


 まえはゴホンとせきばらいをして、いまだに持っていたシルクハットをゴミ箱にほうり投げた。


「メンバーはもう一人さそったの。でも、今日はちょっと用があるって」

「そっか。じゃあ正式な活動は明日からにするか?」

「うん、そうだね。全員そろってからのほうがいいよね」

「じゃあ、今日はせっかくだから役割分担だけでも決めときますか?」


 ゆきむらはホワイトボードを引っ張ってきた。遙花はるかは何か言いたそうだったが、素直にうなずいた。雪村は妙に緊張している遙花に気をつかっているようだ。雪村は他人の感情を読み取り、場の空気を整えることがうまい。


「じゃあ、部長は前田君だよね」


 遙花が言ったが、前田はすぐにとなえる。


「いや、ここはサークルを正式登録してくれた遙花ちゃんがやるべきだよ」


 このメンバーを統率する役割などやりたくなかった。しばしの話し合いの結果、サークルの部長は遙花にし付けられた形となった。


「……あの、3Sサークルの部長となってしまいました、あおばら遙花です」


 立ちあがった遙花がぺこりと頭を下げた。


「二年七組で前田君とは同じクラスで席もとなりです。あまり話したことはないけど、無理言ってこのサークルに入れてもらいました。部活やサークルの所属はありません。サークルに入れてもらった理由は……あとで話します」


 遙花は小首をかしげるようにして話している。開けた窓から風が吹き込み、さらりと彼女のかみを流す。ほとんど日の当たらない北校舎の部屋だが、セーラー服がまぶしく見えた。


「だけど、ゲームは好きなんです。オセロやチェスもやりますし、特にトランプが得意です。大貧民ではいっつも大富豪です。でも、私は表情に出やすいらしくて、ばば抜きやポーカーはにがなんです」


 こうしてしやべっているだけでも遙花はくるくると表情を変えている。周囲は変化する彼女に見入ってしまうのだ。


「えっと、趣味はいろいろな場所に出かけることです。あとお菓子作りも好きなので、よかったら何か作ってこようと思います。クラスの人たちには結構食べてもらっていて好評なんです。ということで以上、サークル部長の青原遙花でした……なーんて」


 遙花はずかしそうに笑ってからに座った。


「お菓子作りが得意なんですか」

「何かリクエストがあれば、気軽に言ってほしいな」

「まあ、いろいろ気をつかっちゃうから、いつかでいいよ」


 前田は遙花の言葉をさえぎり、いつしゆんだけゆきむらにらみ付けた。確かに遙花はお菓子作りが趣味だが、決して得意ではなかった。本来なら失敗を繰り返してくなっていくはずだが、最近お菓子作りを始めた彼女は、クラスメイトに異様に甘やかされていた。遙花はるかな笑顔にダメ出しをできずに、彼女のお菓子作りのベクトルは修正不可能な地点にまでいっている。砂糖の代わりに塩を入れてしまったなどシャレになるまずさならばよかったが、遙花の手作りお菓子は食べれないこともないけど……との絶妙な味なのだ。七組の男子は必ずどこかいいところを探してめるのだが、芸術的だとか前衛的だとかぼやっとした感想を述べるようになっていた。


「それで、副部長はまゆさんでいいですか」


 繭子は副部長に立候補していたのだ。


「副部長とかいらなくないっすか? 五人しかいないのに」


 まえは不満げに繭子を見た。繭子は生徒会においても副会長と、トップに立つことはない。しかし、いつでも実権を握るのは彼女なのだ。生徒会も二番手の立場で、裏からすべてを支配している。花より実タイプだった。


「私は三年で受験などもあり、いろいろ忙しいのだよ。だから、このくらいでかんべんしてくれ。できる限りのフォローはするつもりだ」

すいせんも決まってるくせに」と、前田は小さくつぶやきあくたいをついた。


「あ、でも、私は部長なんて初めてだから、繭子さんが副部長をやってくれるとうれしい」


 手をたたく遙花に微笑ほほえんでから、窓ぎわにいた繭子が立ちあがった。


「副部長という大役をいただいたゆう繭子です」


 繭子は長いかみを指先で触りながらさらっと言った。スレンダーな体のラインに整った顔立ち。表向き優等生の彼女は、特に同性からの人気を集めていた。

 親が大企業のおえらいさんで、数年前から勉強をかねて手伝っているようだ。ひとくせも二癖もある人間に接している彼女にとって、この学校はとても生ぬるく感じていることだろう。前田は昔、繭子が学校のことをよどんだ沼だと表現していたことを思いだした。危険な生物もいない水の中で生徒たちは育てられるのだ。沼の外に急流があると教えられることはない。

 学校は決まった期間内、生徒たちが問題を起こさなければ、卒業後にどうなろうと知ったことではないのだ。ミスをしないことだけを考える教師たちは、自分が暮らす沼がにごっていることには気づいていない。


「ゲームといえばスポーツ観戦は好きかな。アメフトや大リーグ、テニスやNBAなど。サークルに入った理由は、三年生となり高校生活も残すところ一年。そこで私は可愛かわいこうはいたちと少しでもいい思い出を残したいと、このサークルに入れてもらった。だからねなく私に接してほしいかな、なーんて」


 繭子はにこりと笑ってからに座った。本当に気兼ねなく接したら、ねんちやくしつな報復を受けるのは目に見えているので、前田は彼女の言葉を聞き流していた。


「えっと、それで僕は書記ですね」


 ホワイトボードの横に立っていたゆきむらが口を開いた。


ゆきむらゆうすけです。一年四組で、このサークルで一番したなので書記以外の雑用も僕にねなく言ってください。書記として活動日誌などの記入は僕がやらせていただきます。かり活動期間が三ヶ月あるので、できるだけ評判がいいような日誌を書きたいですね」


 雪村はくしゃくしゃとまえがみを手でかき笑っている。この笑顔がどうも母性本能をくすぐるらしく、まえのクラスの女子からも人気があったりするのだ。前田の斜め後ろの女子が雪村のファンで、あのとろんとしたひとみ可愛かわいらしいの、とか鹿なことを言っていた。

 おんな性格でコミュニケーション力もあり、教師からの受けもよいのだが、決まった彼女はいない。聞いたことはないのだが、もしかしたら過去に女性関係でひどい目にでもったのかもしれない。


「部活などの所属はありません。前に前田せんぱいとオンラインゲームをいつしよにやったことがあって、その流れでサークルを作ろうってことになっていました。正式に認められてとてもうれしいです。ですから、これから学校ナンバーワンのサークルを目指しましょう、なーんて」


 雪村は頭を下げてからホワイトボードを向いた。


「それで、残りの役職ですが、話し合いの結果、会計は今日来ていない彼女ということで」


 これでサークルにおける四つの役職が決まった。


「えっと、じゃあ俺は……部員?」


 前田は立ちあがった。自分だけ役目がないのは少々疑問に感じたが、そういえば前田はクラスのイベントでも来ただけでもよしとされるタイプだったと思いだして納得した。求められるハードルが異様に低いのだ。担任の教師も遅刻しなかっただけで前田をめてくれ、登校していただけで「朝早くからえらいねえ」と近所のおばあさんに声をかけられてしまうのだった。


「なんていうか、念願がかなったという感じです。今日は一人来てないけど、なによりもこの五人のメンバーで活動できることがとてもうれしい。サークル登録に力を貸してくれた遙花はるかちゃん、れいで正義感あふれる先輩、とても素直で優しい後輩、のうめいせきな同級生。そんなメンバーに囲まれてサークル活動できることはとても幸せなことだと思う。ということで、これからみんなで楽しく活動をしていこう」


 他の三人が手をたたいている。前田はぺこりと頭を下げながら「なーんて」とつぶやいた。