アトリウムの恋人

2 東京スフィア ②

 ケースは黒い布でうちばりがしてあった。中にはふうとうや紙片、キャンディなどが収納されていた。遙花はるかはそれらを取りだし机に並べていく。

 三枚のチケット。茶色い封筒。飲食店だろう店のカード。黒いフィルムに包まれたのどあめが五個。小さな香水のびん


「ケースの中にこれらが入ってたってわけか」


 前田はのど飴を指先でころがした。


「他にも入ってたものがあったけど……」

「それはなんだった?」

「写真だけど、それは見せるほどのものじゃないから抜いといたの」


 遙花は机の上に並べたものを見て明らかに困惑している。まったく身に覚えがないものなのだろう。前田はチケットを手に取った。


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 Tokyo Sphere

                admission ticket

  もうひとつの東京へ……。

  ★ 一枚で三名までログインできます

  ★ ワールド内での事故の責任は本人にあります

  ★ 有効期限・なし

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 チケットの表にはそう表記されていた。


「トキオスフャー、か」

「東京スフィアですよ」


 ゆきむらがさらっと流した。


「自分なりに調べてみたの。そうしたらスフィアというそうワールドがあるみたいなの。もうひとつの世界っていうコンセプトで、リアルに体感できるらしいんだ」

「なるほどな。スフィアについてはそれほど危険なものではないよ。私もくわしくはないが、ある程度の説明ならできるだろう」

「でも、なんでこんなものを持っていたのかわからないの。これだってそう」


 遙花はるかふうとうの中身を皆に見せた。まえはそれを見て息をのんだ。封筒の中には一万円札の束が入っていたのだ。


「ぴったり百万円だったの」


 確かにそんな大金が部屋から出てきたら、喜ぶよりもの悪さが先行することだろう。


「もしかしたら、親のへそくりかもしれませんね」

「本当にそう思う?」


 遙花は否定的だ。確かに親がそうしたというゆきむらの意見は苦しすぎる。遙花はふうっと息をいて香水のびんを手に取った。


「これにはおぼえがあるの。これは昔にちょっと気になっていたアンティークショップで買ったものなの。ミント系の香りがちょっときつくて使わなかったんだけど、明らかに私物」


 遙花は誰にも相談できずに、ずっとひとりでかかえ込んでいたのだろう。そして、サークルを立ち上げてメンバーと秘密を分かち合う方法を取ることにした。サークルというわくを作ることで、秘密を共有し不安や恐怖を薄めたかったのだ。だからこのようなえんな方法を取った。


「ごめんなさい、こんなことを相談してしまって。ちょっと気味悪いよね」


 遙花は視線を落としていた。細い肩がふるえしばらく沈黙が続く。ぼんやりと立っていた前田は机の下でまゆに足をられて我に返った。遙花以外の三人がじっと前田を見ている。


「そ、そんなことないよ。だって俺たちは同じサークルのメンバーだろ。同じ時代に生まれて同じ学校に入ってこうして同じサークルに所属する奇跡のような偶然。そしてこんなミステリアスなことが起こるなんてわくわくするじゃないか。きっとこれは運命なんだよ。俺たちは見えない意思に導かれたんだ、ああ違う、ちょっと宗教っぽくなっちゃった……」

「前田君はなに言ってるの?」


 遙花が首をかしげてみせた。


そうワールドはこのサークルのコンセプトに沿っているので気にしないでください」

「ああ、偶然集まったメンバーだが、遙花を助けるぐらいはできるだろう」


 雪村と繭子がフォローした。はそっと遙花の頭をなでている。


「ありがとう」と、遙花はうれしそうに微笑ほほえんでみせた。


「とりあえず、所持品を確認していきましょうか」


 遙花に気をつかった雪村が、事務的に話を進めていく。


「この香水の瓶は遙花さんの私物ですね。……特に変わった香水じゃないですね」


 雪村が香りを確認している。横にいる前田の鼻がツーンとするほどの強い香りだ。


「このお金はちょっとわかりませんね。このあめだまは何の変哲もないようです。まあ、何かわかりそうなのはこのチケットとカードですよね」


 まえがカードを確認すると、それは喫茶店のカードだった。このカードを提示すると十パーセント割引となるらしい。


「近くの喫茶店だな。なかブロードウェイにあるらしい」


 その喫茶店には前田は行ったことがなかった。


「このチケットでスフィアに入れるんだよね。ということは、まずはスフィアにログインしてみればいいってことかな。リアルな体感ゲームっていうみだし、結構楽しそう」

「それはどうかな」


 チケットを握る遙花はるかの言葉をさえぎったのはまゆだった。


「何か問題があるの繭子さん?」

「スフィアワールドのサービスはすでに終了しているのだよ」


 繭子は言った。



「もともとスフィアは東京で限定的に始まったサービスのことだ。そうワールドでのオンラインゲームというがいねんはない」


 に座る四人を前に、繭子がスフィアについての説明をしている。


「でも、ネットで情報を調べたら、仮想世界で遊んだりするってあったの」

「それはスフィアのほんの一面にすぎない。いや、仮想世界で遊ぶという要素は、スフィアのコンセプトからはずれている」


 繭子は遙花の言葉を否定してから、部室の扉を開けた。廊下では自動クリーナーが作動している。


「スフィアを簡単に表現すると、東京に知能を与えるシステムだ。──あの自動クリーナーがどうしてこの学校で動けるか知っているか。障害物を避け、汚れた場所を探すこともできる」

「センサーで作動してるから?」

「それもある。しかし、自動クリーナーがあれほど自由に動けるのは、スフィアシステムを利用しているからだ。つまり、学校のマップをデジタル化している」


 繭子は遙花たちにかみくだいて説明している。基本的に自動クリーナーは人工知能AIを利用しているらしい。しかし、小さな自動クリーナーに高度な知能をとうさいすることは不可能であり、コストもかかる。

 そのため、学校のマップをデジタル処理しコンピューターに管理させた。学校に張りめぐらせたセンサーやカメラを通じて、学校のマップ情報はじよう更新される。自動クリーナーはそのコンピューターと情報をやりとりしているのだ。


「有名な話だが、AIが活動するにあたって最大の問題はなんであるか。それは、ぼうだいな情報が活動をじやするということだ。AIは床を歩くという単純な行動をしようにも、床のがいねんという問題が生じてしまう。例えば色が変わったり温度変化によって、今まで認識していた床ではなくなってしまう。となると、床を歩くという行動すら不可能になる」


 そこでコンピューターが床の情報をクリーナーに送っているのだ。情報はクリーナーからも送られ、汚れている場所のデータはすべてのクリーナーで共有される。つまり情報がフィードバックされている。

 また、この部室のそうのときにクリーナーが集まってきたのは、サークルが認められてこの部室での活動が始まる、との情報がコンピューターに入力されたからだ。


「その情報をせいぎよするコンピューターシステムのそうしようがスフィアなのだ。そして、東京スフィアと呼ばれているのは、この学校だけでなく東京のマップデータを管理しているからだ」


 スフィアというそう世界は、現実の東京の進化のために生みだされたものだ。つまり東京という存在をデジタル的に処理した世界がスフィアであり、スフィアはデータの世界で現実の東京に重なって存在するきりのような存在なのだ。