神と奴隷の誕生構文

瀬戸際の策略 ④

 ぎり、と奥歯をめて有角ユルフイネクおうは答えた。とはいえ、それは彼女にはどうしようもないことだった。


 ロケィラのぜんおうギォロラは恋多き人物で、多くの妻をめとり、それに倍する子を成した。その数は、皇位をぐにあたいする資格にしぼっても十四人に上った。彼らはみなおうであり、かつぎ上げようとする人間をともなって、それぞれにばつが生じた。それ自体はめずらしいことではない。

 が、この場合はさすがに絶対数が行きすぎていた。

 前皇ギォロラは次なる皇の選出に頭をなやませた。というのも、ほとんどの皇子たちには有力しよこうらがバランスよく配分され、細分化した勢力があやういきんこうを成してしまっていたからである。むろん皇には国内の兵力に対するとうすいけんがあるが、それとは別に、諸侯には軍事会議における発言権も認められている。りんおうへんに手を結び、はんする諸侯たちは、その兵力を背景に皇に対してさえ我意を押し通すだろうと容易に予想されたし、実際そうなった。結果として、ロケィラの兵力は皇子の数だけ分散してしまった。

 そんなすきをオルワナが見のがすはずもなかった。ここぞとばかりに宣戦布告してきた敵国に対し、それでもロケィラはいつ団結とはいかなかった。皇子たちは功をあせってたがいに足を引っ張り合い、じゆうぶんに集中の成されない戦力でナバザとりでいどんではぎよくさいしていった。戦力はじりじりとげんもうし、前皇と十三人の皇子たちがき者となった後、いよいよ皇位けいしよう権にして最下位だったセレィにおはちが回ってきたというわけだった。


「事ここに至って、ようやく諸侯らは互いに争っている場合ではないことに気がついたらしい。私は彼らの責任を厳しくついきゆうし、兵力の提供のほかにはいつさいかんしようを許さず、おのおのの領地に下がらせた。開戦直後に比べれば半分以下になってしまった兵力は、ここでようやく統一をみた」

たいなことだ。しかしおそすぎたな」

「遅くなどない!」

「ほぅ。なら、どうして今からでも、ナバザとりでめない?」


 ぐ、とセレィは言葉をまらせる。クルァシンはようしやなくたたけた。


「もう、それだけの戦力がないと分かっているからこそ、海軍へのしゆうなんて苦肉の策を実行したのだろう。オルワナにしても承知の上だ。ナバザ砦には防衛に最低限必要なだけの人員を残し、あとはみな海に回した。オルワナの主力は海軍だからな。その判断もみな、ロケィラの戦力がきようとなりえないところまでり減った事実に由来するものだ」


 セレィはいよいよ押しだまった。が、目はせていない。射くかのようにクルァシンをにらえて、次なる言を待ち構えている。

 絶望的なじようきよう下にはそくさないそのが、クルァシンにはいたく気に入った。


「うん。意地悪はここまでにしておこう。それでは、いよいよ話だ」


 クルァシンのみどりがかった黒いそうぼうあやしく光った。人差し指が地図上を流れ、東域の中心にしてロケィラから北西の、ある一点で止まる。


「まずとすべきは、ここだ」


 クルァシンの指し示すところに、セレィはまなじりをいっそう険しくした。


「コーチアドをめる、というのか」

「急がば回れ、という至言はな、俺の言行録を作る際は筆頭に入れてくれていい」

「ふざけるな」


 セレィはいつしゆうした。失望もあらわな口調ではんばくする。


「通商がなりわいとはいえ、あれは東方五国の中心で永らえてきたしたたかな国だ。コーチアドを攻めることは東方条約で固く禁じられ、それを破ればオルワナのみならずダマカスカ、ギリェ・イゼンの両国まで敵に回すことになる。でなくとも、コーチアドは防衛のために六千は下らぬ兵を備えているのだから、オルワナを後にひかえたじようきようでぶつかって良い相手ではない」


 なにより、と重々しくセレィは加えた。今までのくつなど、それに比べれば如何いかほどの重みも持ち合わせないとでも言うように。


「開戦の直後、コーチアドは中立を表明している。──有角ユルフイネクたみは、義のないいくさはせん!」


 びりびりと空気がふるえ、侍従たちがおそれのあまりかたを縮こまらせた。げきりんれたことは明らかなのに、クルァシンはひようひようと首を横にってみせるばかり。


かんちがいするな。とすといっても、武力でかんらくさせるって意味じゃない」

「──なんだと?」


 ちょんちょん、とクルァシンは自分のくちびるをつついてみせる。


「口で陥とすのだ。こっちの兵を通してくれるようにな」


 けんまくを引っ込めた代わりに、セレィはたんさんくさそうな表情になった。


「……ダラィオンをやり込めた時のように、か? いつもいつも、あんなやり口が上手うまくいくとは思えん」

けが決まる寸前に助けてやったというのに、ずいぶんな言われようだな」

「ダラィオンはいつたん退いただけだ。明日にでも再び攻めてこないとどうして言える」

「来ないさ。そうなるようにしておいた」

「……あの、のろいというやつか?」


 クルァシンはくつくつと低く、悪戯いたずらっぽく笑った。


「あれは演出の一部さ。重要なのは、ダラィオンのなかじゃ、もうこの戦は半ば終わっているってことだ。勝ちが決まってるっていうのに、少しでも命を危険にさらすなんて鹿馬鹿しい。あいつはそう考える。だから、あの状況でもかんたいを退かせた」

「そして呪いをおそれて、これから十日を棒にると?」

「どのみち、あの海戦でしようもうした装備を補給するには時間がかかる。そらゆみ隊はやたらに矢を消費するからな。補給船団のいる海域までもどって、今度こそ万全の態勢を整えているうちに、六日くらいはすぐに過ぎる。ならあと三日四日くらい、大事を取っておくらせるのもありかもな──そんな風に、ダラィオンは考えるのさ」

「ひとの心を見かしきったような言い方だな」

「希望的すいそくだと思ってくれてもいい。どのみち、明日にでも攻められれば、ロケィラはそこでおしまいだ」


 クルァシンはなげやりに言い捨てた。無責任きわまりないが、結局のところ、セレィにも反論の余地はなかった。


「……まぁ、いいだろう。こちらからめていけるでもない以上、そなたのぜつぽうけてみるのもおもしろいかもしれん」

「理解が早くて助かる。それじゃ、さつそく明日行ってみようか」

「いいだろう。兵はどれだけ連れていく?」

「さしあたりりすぐったへいを三百ほど。あとはえんせいの準備をさせておけ。コーチアドと話がつきしだい、すぐにでもってもらうからな」


 その言にうなずき、セレィはじよに騎兵隊の千人長を呼ぶよう命じた。が、クルァシンはそこに一言付け加えて、


「言い忘れていた。選ぶ兵の基準は、すぐれた体力と、あとは声がデカいことだ」


 そんな、よく分からないことを言った。


 話を済ませ、これで用件は終わったとばかりに退室しようとしたクルァシンを、今度はセレィが呼び止めた。


「待て。そなたには殿どのしんしつを用意してある」

「む?」

「私を見くびっているのか。そなたは曲がりなりにも命の恩人だ。まして神々のけんぞくとくれば、このようなじようきよう下とはいえ、もてなさぬわけにもいくまい」


 セレィの言い分に、クルァシンはたんとうわくした表情になる。


「気持ちはありがたいが、湯殿なんてものがあるなら兵士に使わせてやれ。つかれの具合が大分変わるだろうよ」

「兵の宿舎にも湯船はある。そなた、もしや、ロケィラは東方有数の温泉地であると知らなんだか?」

「そういえばけむりが立っていたか……。しかし、正直なところあまり気が進まないんだが」

「私のもてなしをそでにするというのか」


 セレィのまぶたがすぅと細まった。クルァシンはげんなりした調子で首を横にる。


「とんでもない。ありがたく頂こう」


 それがよい、とセレィは満足げにうなずいた。そのまま、侍女のひとりに声をかける。


「メリェ。今夜はお前がもてなして差し上げろ」

「う、うけたまわりました、セレィおう


 指名された年若いじよはこわばった返事で引き受けると、クルァシンのもとに寄っていっておずおずとうでを取った。小さな額の中央では、セレィと比べるとはるかにぶりな可愛かわいらしい一角つのが、つつましく存在を主張していた。


「大切な客だ。誠心誠意ほうしろ。に、そうのないように」


 見送るセレィの言葉に、どうもいやひびきがあるように思えてならず、クルァシンは少しだけ不安になった。



 侍女メリェに手を引かれてクルァシンが宮中を歩くと、ほどなく、高まる湿しつと共にすがすがしいかおりがただよってきた。彼がたずねてみると、やくとうでございます、とメリェは説明した。