神と奴隷の誕生構文

瀬戸際の策略 ⑥

 小さな身体をふるわせて、少女は神へのあらわにする。その様子をながめながら、導神はふと真顔になって溜め息をつく。


「畏れ多くて、か……。どうだろうな。畏れうやまうに足りぬ神というのも、この世にはあるが」

「……え?」


 とうとつな独白にメリェが言葉を失う。クルァシンは失言をやむふうに首をった。


「……と、とにかく、そこに立っていられるほうが、俺には落ち着かないのだ。たのむから入れ」

「は、はい……そうおつしやられるなら……」


 みように上ずった声で返答すると、メリェは静々と細い身体を湯のなかに沈めていった。そのままクルァシンの真横まで来ると、身を寄せてちょこんと座る。

 いや、となりに来いとまでは言っていないのだが──ろうばいしかけたクルァシンを知ってか知らずか、メリェが震える声でつぶやく。


「ク、クルァシン様……」

「なんだ?」

「わ、わわ、わたしはその……………むすめで、ございます」


 口から心臓をき出しかけたクルァシンに、メリェはさらに身体を寄せて、たたけた。


「誠心誠意ごほういたしますから、どうか、その、少しでもやさしく……」

「待て、待て、待て──ッ!」


 だつの速度で密着を解いたクルァシンが、いよいよげんをかなぐり捨ててさけんだ。


「こちらにつもりはないし、第一、場所でもないだろう、湯殿ここは!」


 有角の侍女はきょとんとして、首をかしげた。


「……ですが、わたしたちの祖神ユルフィネクは、き上がる鉱泉のなかで女神ナクロと交わり、じような子を多くもうけたと聞いております。それにならって、ぜんおうギォロラ様も、それこそ毎晩のようにここで……」

「こ、この暑いなかでよくもまた……ではなくて!」


 余計な想像におよぼうとした思考を断ち切り、「風紀が乱れすぎだ!」とクルァシンは心のなかでぜつきようした。ぜんおうとはいえ、やりたい放題にもほどがある。存命だったならほおを一発張ってやるものを──彼は心底くちしかった。


「と、とにかく、俺はもう上がらせてもらう! いい湯だった!」


 今度こそ取り合わず、クルァシンは足早に殿どのを出ていく。その背中に、メリェがあわてて追いすがった。


「……む?」


 ふとその時、クルァシンが動きを止めた。目を閉ざしてりんぜんたたずむ彼の姿は、並々ならぬきんちようを帯びていた。


              *


 とっぷりと日も暮れ、七つの月のれいろうかがやきだけが夜空をつかさどる宮外では、門衛の兵士が欠伸あくびみ殺していた。たいまんからではなく、じゆんすいろうによるものである。先だってのしゆうにはほぼすべての兵士を動員したため、彼は昨晩からこうたいなしのみんきゆうというありさまなのだ。


「ふぁ……くそ、ねむい……」


 夜半のおうきゆうにはおとずれる者も絶えて久しく、わりえのない風景とにらめっこを続ける任務は、いやおうにも兵士のねむさそった。かくん、と首が落ちかけては目を覚ます、という行程をからくり人形のごとく反復していた門衛は、しかし、


「───ぁ?」


 首筋を軽くたたかれる感によって、それでようやく眠りのふちぼつすることを許された。


「──オド、出てこい。兵はあらかた宿に帰ったようだ」


 失神した兵の身体からだを受け止め、音もなく地に横たえながら、いつの間にか門衛の背後にたたずんでいた黒衣の男がつぶやいた。顔の下半分を布でおおってあり、そのそうぼううかがい知れない。


「お、おぉ、わかっただよ、イドの兄貴」


 色やみのなかから、ぬらりとひょろ長いかげが姿を現した。先の影と黒衣を同じくしながらも、手足がどうたいとアンバランスなまでに長い。背中にはてつこんを負っており、それも成人した男のたけほどには長大なのだが、持ち主との対比からどうしても実寸を見誤る。また何よりみようなのは、二人の額に一角つのはなく、背中を覆う衣服にもつばさふくらみは見られない、その点だった。


「ここ、今回のあぁ相手は、どどどんなやつだかな、兄貴」

「さてな。いずれにしてもこのきよだ。もうかんづかれていると思っていい」


 言いつつ、イドと呼ばれたほうの男は気絶させた門衛から衣服をぎ取り始めた。すみやかにそれを着込むや、きんちようしたおもちでうなずき合うと、二人の姿はいつしゆんのうちにあんへとまぎれた。後にはだらしなく失神した門衛と、それを白々と照らす七ツ月だけが残されていた。



「セレィおう……もうお休みになってはいかがですか」


 クルァシンが去って以後、玉座でもくもくと地図とにらめっこを続けていたセレィに、見かねたじよが声をかけた。


「そう気にせずともよい。お前たちも休め」

「そういうわけにはまいりません……」


 侍女の声にも元気がなかった。似たようなやり取りを三度ほどり返しているからだ。片や一国の主として常に最善をくさんと、片や進軍をひかえた将がつかれを残してはほんまつてんとうだと、彼女らはそれぞれの義務感を持ってその場にこうちよくしていた。

 そうして侍女のひとりが、いざ四度目の進言をり出そうとしたその時、とびらが激しくたたかれた。室内を緊張がめぐり、セレィはすぐさま立ち上がって声を張り上げた。


「何事か!」

おうよ! 危急の報告がございます!」


 セレィはいぶかしげに目を細めた。意味ありげにいつぱく置くと、緊張をふくんだ声で言った。


「……許す。入れ」


 許しを得たたんはじけるように扉が開き、そのすきから一条の風のごとく兵士が駆け込んできた。室内にいた侍女たちは、その無作法をたしなめようとこぞって口を開きかけたが、そこでぎょっと目を見開いた。視界のはしで、彼女らの君主セレィは、兵士が入室するなり立ち上がってばつとうしていたのである。

 はがねのかち合う音が二度重なり、三度目はなお大きくひびわたった。とうてきされた小刀をそれぞれけんいつせんたたき落とし、さらには兵にふんしてとつしんしてきたきようしゆの短刀を、セレィは目前でさえぎってのけた。


「くっ……!」


 殺意と戦意がぶつかり合い、ぎしぎしと音を立ててつばう。──女の身とあなどるなかれ。皇子として育ってきたセレィはロルゴ流一刀術の目録を有し、その技量はえる領域まで練り上げられている。

 交差するやいばの向こうで、かくの両が険しくすがめられる。


「……なぜ分かった?」


 小さく鼻を鳴らし、もんきわみとでも言わんばかりにセレィは答えた。


つねごろこの宮中にある者で、私を皇と呼ぶ者はない。さりとておうじよとも呼ばぬ。兵としんたちには、私を皇子と呼ばせているのだ。皇女として育てられることなく、またのきみ散っていった兄たちに連ねて、おうを名乗るだけの武功もいまだ持ち合わせぬのでな!」

「……なるほど。得心がいった」


 かくがぼそりとつぶやいたたん、セレィの身体からだが大きく後ろにらいだ。


「──なッ!?」


 きようがくすることさえじゆうぶんではなかった。りよりよくの込もったやいばを押し込まれるや、そのまま足でひざうらをすくわれたのだ。息をするような自然さで行使されたやわらわざに、セレィは応ずる余地もなくてんとうしてしまう。


「……うらめ。


 馬乗りの状態からただ二言を投げつけて、きようしゆはその刃をセレィののどもとすべらせた。彼女はぼうぜんてんじようあおいだまま、すべもなく一秒後の絶命を受け入れようとして──


「おかどちがうぞ!」


 たくましい左あしがセレィの真上をごうと過ぎ去り、そのじきとなる寸前で凶手は真後ろに飛び退すさっていた。かんいつぱつでセレィのきゆうを救い、その前に文字通りの守護神となって立ちふさがったのは、このたびもやはり、あかみどりしきさいあざやかな導神クルァシンであった。


「すまん、一寸ちよつとおくれた。はないか?」

「見くびるな。この私が凶手ごときに不覚を取るとでも思うたか」

「……その負けん気は評価する。が、あれは俺のお客さんでな。お前が考えるほど容易たやすい相手ではないぞ」