神と奴隷の誕生構文

瀬戸際の策略 ⑦

 クルァシンがにらえる先には、先の凶手がひざをついてっと彼を見つめ返していた。何をうかがひまをば敵にあたえん、クルァシンは言葉を重ねる。


「──ついに来たか。発展界アルマダートせんぺい、〝かみり部隊〟ヴェル・グルン!」


 あしが大地を打ち鳴らし、がみが地面と平行にたなびいた。ただの一歩で三間あった間合いをゼロもどし、クルァシンはほうだんにいやまさる速度をもっておんてきへとにくはくする。


「……オドッ!」


 人知におよそ計り知れぬかい力を秘めたこぶしを後退してかわし、凶手はその声を張り上げた。それにこたえて、とびらの近くまで下がっていた凶手の背後から、ぬぅと細長いかげが現れる!


「おおよ、イドのあ兄貴!」


 両手ににぎった長大なてつこんき出して、その男はイドと呼ばれた凶手に入れわりクルァシンとたいした。これまでだいたんめ続けてきたクルァシンが、あらたずさえたものぎようして、いっとき足をにぶらせる。


「──いかにもあやしげな鉄棒だ。それだけおおきければ、さぞ好きなだけからくりめ込めることだろうな。電磁兵装エレクトリクか、超振動兵装ヴアイブレイタか。はたまた放射線被曝兵装レデイオロジツク・ブラストか?」

「いい言えね! 兄貴にきっつく言われてるだ!」

「構わない。どのみち、関係がない──」


 オドがてつこんき出すと同時、せつの見切りで半身になってそれをけたクルァシンは、敵の、いずれにも倍する速度でふところへとみ込んだ。──祖武神のけいに名を連ねるこの神を相手取って、じんじようの間合いの利など無に等しい!


ァッ!」


 にくはくする動作にはしんきやくれんともない、放たれるはまさしくばんじやくてんざんこう。大質量のてつついとなったかたぐちが、オドの鳩尾みぞおちへしたたかにめり込んだ。落ちくぼんだ肉とはらわた、そのしやくなき必殺のかんしよくに──クルァシンはしかし、そくを察した。


「が……ぁ、兄貴ィっ!」


 口中から胃液をき出しながら、それでもしっかりと意志の通った声で、オドがさけんだ。その両うでが鉄棍を自ら地に落とし、クルァシンの身体からだをひしときすくめる。

 応じるイドの動きはまさにしつぷう。すぐさま二人の側面に回り込み、クルァシンの頭部へめがけてこぶしを見う。その手中ににぎるは四寸ばかりのおんけんだが、たいする両者は共に知っている。それが有する必殺の意味を。

 肉のぜる音がとどろく。細長い両腕の中で、クルァシンの拳がオドの腹にさくれつしていた。長年にわたってみがかれたクンフーだけが可能にする「すんけい」のみよう。二度目のしようげきがオドの腹部に仕込まれたからくりをおしゃかにし、彼の意識を彼方かなたへ飛ばす。

 刹那のこうぼうは、それでもイドの勝利をるがしはしない。彼はすでにとつのモーションに入っており、いまこうそくの解けきらないクルァシンにはがい穿うがち抜き、のうずいを焼きくす電流と火花──イドの脳裏にリアルな未来図がえがかれたしゆんかん、その右手を予期しないしようげきおそった。


「──ぐッ!?」


 じんじようならざる質量物が右手こうを強打したと察した時には、そこににぎっていた隠剣は遠い地面にはじかれている。事態をあくする間もなく次なる拳がイドを襲い、かくはやっとのことで後退しながら、細く鋭いでもって、クルァシンの全身をもうした。


「……かみめ、か」

「ただのかざりで着けるものか。こんな重いものを」


 三つ編みにったふたふさちようはつ、その両方のせんたんれる金属のかがやきを、イドはにくにくしげににらむしかなかった。……先に殿どのでメリェが体感したとおり、じんじようならざる重さを秘めたその髪留めは、かくとうにあたっては三番目・四番目の拳としてかつやくする。、たったそれだけの動作で長髪をむちのようにしならせ、クルァシンはイドの拳を打ち落としたのである。


「落ち込むことはないさ。あのな鉄棒はまずおとりだろうと思ってはいたが、かんじんからくりがよもやとはな……。これまで戦ったヴェル・グルンの連中にはなかった発想だ。俺がぼう頭だったらられていたかもしれない」

「……貴様、だ」

「答えるいわれはない。……と言っても、こう応じる時点で、いくらかはしぼれてしまうか」

エナ・ガゼここ発展界アルマダートの植民予定界と知ってなお、かんしようするのだな」

「あんたらのやり方は知っているさ。あんたら自身よりも、よっぽどくわしく」


 低まった声で応じるクルァシンのひとみは、たいらんえがいた一枚の絵画のように、せいひつと激情とを同時にたたえていた。絵の中で大波にほんろうされる船乗りは、ひとつの生命が有する限りのいきどりをもってあらしにくんでおり──そして同時に、嵐そのもの、あるいは嵐を引き起こす何者かに手を届かせたいと願っているのだった。


「さて、退いてもらおうか。あんたらも、この段階でけるとあっては不本意だろう」


 クルァシンが不戦の意を込めてこぶしを下ろすと、イドはそれを機とばかり、よどみのない動作でオドへけ寄る。そのまま、重い身体からだを軽々とかつぎ上げて走り去っていった。

 ひざをついてじようきようを見守っていたセレィが、そこでようやく我に返って、クルァシンにめ寄る。


「なぜがした!? 今ならばとらえられただろう!」

「あれの自由をうばえば、さらにやつかいあらが来る。危険要素は次々と更新アツプデートするより、一定のところでいたままのほうが管理しやすい」

「む……第一、あれは何者なのだ! 少なくともオルワナの暗殺者ではなかった」


 クルァシンはふむ、とあごに手を当てて考え込んだ。


「……かいつまんで説明しよう。エナ・ガゼという世界を一つの国にたとえ、ほかにも大小様々な国々がいくつも存在するとする。それらはおのおのに異なる歴史と風土、技術とりん、法則とにんしきを持ち──あるいは──平常はたがいに独立してかんしようし合うことはない。

 しかし、一定の条件と歴史を積み重ねた世界くにたみは、自らが住まうものとは別の世界くにに対してしんりやく活動を行うようになる。これが『発展界』と呼ばれる世界。そして先のかくは、その発展界の中でも最も大きな勢力のひとつ、大界アルマダートからよこされた工作員だ」


 クルァシンの説明を、しばしセレィは無言のままにしやくしていたが、どうにも消化できないふうに聞き返す。


「……それはつまり、神々の住まう世界が別にある、という話か?」

「そのにんしきは正しくない。『発展界』に住まうのは人間だ。よしんばお前たちの目からは神のような力を持っているように見えても、彼らは人間なのだ。だからこそ、自らのはんえいと生存を勝ち取ろうと、ほかくにおかす。その行動原理には何ら神秘的なところはない。そうがあるとすれば、それは風土のちがいによってはぐくまれたものだ」

「……ますます分からない。では、そなたも神ではないのか?」

すうはいの必要がない、という意味ではその通りだ。が、今述べたのとは別の理由から、俺はやはり神と呼ばれる立場にある。お前たちが語りいできた神話のずいしよに入り混じっている存在は俺と同族だし、『発展界』で俗に言うところの神の定義は、『くにわくえてなお意味性ゲシユタルトを保ちうる者』だからだ」


 言いながら、クルァシンは少し歩いたところの地面から何かを取り上げた。それは先の一戦でイドがクルァシンのがいつらぬこうとした、例のおんけんであった。


「持ってみろ。それで、にぎりにある引き金を引いてみるといい」

「……? こうか?」


 セレィが言われたとおりにしたしゆんかん、短いさきを中心とした空間に、そうぜつな放電現象が巻き起こった。電光はぞうきんを引きくような音を立てて大気中にほとばしり、まったく不意をかれたセレィは、かみの毛を逆立ててこうちよくしてしまった。