神と奴隷の誕生構文

商都コーチアド ①

 ロケィラとの国境に面したかいどうは当然のようにけいかいが厳しく、隊の接近が知れるや、コーチアドの大門は貝のごとくその口を閉ざしてしまった。ぼうるいの上、防衛の兵たちがあわただしい動きを見せているところへ、セレィがよく通る声をひびかせる。


「ロケィラおうセレィである! このたびきんきゆうの用件があって参ったが、その内容の如何いかんがどうあれ、貴国に対して暴挙にうつたえる気はまったくない! 具してきた騎兵もたかだか三百余り、どうかこうしようの席を設けられたい!」


 何度か報告する兵の行き来があって、どうやら責任者と思われる人物が防塁の上に姿を見せた。両手に書簡を広げて、高らかに読み上げる。


「コーチアド商会長からのことづてを申し上げる! 『よくぞいらっしゃった、うるわしき皇子よ。当方は相応の敬意を持って一国の君主をかんたい申し上げる』」


 そこで一つ間をはさみ、いくぶん低めた声で男は続ける。


「『──が、しかし、いかめしき騎兵たちを引き連れてとあっては、たみおびえることはなはだしい。当方の領内におもむいて私と言葉をわそうというならば、わずかな護衛を除き、兵はみなそこに置いてきてもらいたい。それさえ受け入れていただければ、こちらはおうのいかなる言葉にも誠意を持って耳をかたむけよう』──以上である!」

「承知した! こうしようには護衛との二名で参る!」


 セレィがかいだくすると、大門の右下にしつらえられた小さな通用口が開かれた。セレィは兵のひとりに隊を任せ、その指揮権をいっときゆずると、クルァシンただ一人をともなってとびらのなかに入ってゆく。


「──これでいいのだな?」

「ああ。席上では自然にやってくれればいい」

「商会長とは面識があるのか? ちなみに私はないぞ」

「俺も面識というほどのものはない。一方的に知っているだけだ。が、ないことはちがいないな」


 確かに、とセレィはうなずいた。二人の同意は先の書簡によるもの。『うるわしき皇子』という皮肉、それに『一国の君主』という言い回しには、先方がロケィラの現状を重々承知していることがうかがえる。でなくては、一見してじゆんを来たしているこれらの表現を使うわけがない。


「でなくては困る。利にさとい者を相手取らなければ」


 防塁をぐねぐねと穿うがつかびくさい通路を抜けると、ふたりはすぐさまコーチアド商店街のにぎわいに身を投じた。東方五国の商人たちが交易の中心地としているだけあって、人種のこんこうわいざつさは目を見張るものがある。大気中にはダマカスカ商人たちのあつかう種々のこういくにも立ち込め、一方ではギリェ・イゼンのたみがその長いつめさきで扱うしゆうが目を楽しませる。また、どうほうたる有角種ユルフイネク、宿敵たる有翼種クロトアの姿も──他国にたいざいしたまま開戦をむかえ、帰ろうにも難しくなったクチだろうか──少ないながらあった。


「ほう、これはそうかんだな。ここまで人種の入り混じった様子を見るのは初めてだ」

「なんだセレィ、お前、今までここに来たことがなかったのか」

「兄たちがそろって死んだりしなければ、かごの鳥としてに年を食っていただけの身ゆえにな。そういう意味では、こうして広がった見聞も、なおには喜べん」

ものだろう」

「なに?」

「旅立ちは常にせいを伴った。そうして得たものが、割に合うかはさておき」


 半ば一人言のようにこたえたクルァシンは、歩きながら、何処いずことも知れない中天を見えたまま。白昼夢でも見ているようで、けれど、それにしてはかつする足取りに力がありすぎた。

 ……せつ、額の一角つのうずいて、セレィはげんした。全方位からび来たりて、彼のをきつくからめ取る鉄のいましめ。いやおうなく挙動を決定づけるそれら不可視の力に、けれどもクルァシンは望んで心をけ合わせていた。

 じいかたわらを行く神を見えたまま、セレィは口のなかだけでつぶやく。


「──神々は自由な存在ものかと思っていたが」

「ん?」

「いや、何でもない。が、この一角つのめずらしく、他人のやわいところをちくりとしたらしくてな」


 あいまいにごして、セレィはおの一角つのを軽くでた。……有角ユルフイネクたみとして有する宿命。彼女のたましいは、その一角つのの長き分、ほんの少しだけ他人の魂に近しい。

 セレィのをその言葉通りにかいしやくして、クルァシンは苦笑いする。


「ああ、たしかにお前の一角つのは、立派な分だけあやういな。あまりきょろきょろせんことだ。商会長に会うまでに、何人かくししにしてしまうぞ」

「貫きはせぬ。なんぴとたりとも、私の行く手をはばまぬ限りは」


 そうして、案内人の背中を追って歩き、およそ半刻。二人が前にしたのは、周囲のていたくとは一線を画してれいこしらえのしきであった。東方の建材として一般的な焼きれんではなく、こうたくある乳白色の建石を主として積み上げ、中心のしゆとうは両わきに小ぶりな側棟をはべらす。さらにその周囲をぐるりと囲むせんとうせんたんには、たまねぎ状の彫刻をいただいている。


「これは見事。タージ・マハルを思わせる建築つくりだな」

「タァジマ……今、何と?」

「俺の故郷にあるいにしえびようだ。といっても、実際に見たことはないが」


 雑談をわしつつ、二人は応接室へと案内された。まず湯気を立てる茶が二人に運ばれてきて、それを冷ましながら半分ほども干したころいに、禿げ上がった頭の分だけあごひげたくわえたような長爪種イゼイリグの老人が現れる。


「コーチアド商会長レプト・ヨウェでございます。おはつにお目にかかりますな、セレィおう。まずは前皇ギォロラ殿どのへ、そしてめいの戦死をげられたあなたの兄上たちに、ごめいふくいのらせていただきます」

「ロケィラ皇子セレィ・メル・ロケィラだ。兄上たちも喜ぶだろう。かんげいを感謝する、レプト商会長」


 商会長は両うでを交差させる形で長くするどつめわきかくし、セレィは右手の人差し指を顔の前に持ってきて目を閉ざす。それぞれに異なったりゆうあいさつを済ませると、レプト商会長はセレィの対面にこしを下ろした。そこで初めて目に入ったように、セレィのとなりゆうゆうこしけるクルァシンへと視線を向ける。


「軍師クルァシン殿だ。このたびこうしようは、私に代わって彼が行う」


 セレィのしようかいを受け、クルァシンは軽く頭を下げた。セレィにしたものと同様の挨拶をレプト商会長もり返し、せんじん切って口を開く。


「ではクルァシン殿、話の内容はどのようなものでしょうか。当方としましても、貴国の置かれている危機的なじようきようについて、少なからず理解しているつもりです。しかしながら、コーチアドは中立をひようぼうする国家でありますゆえ、どれか一つの国家に利するような計らいはできかねる。それを前提とした上で……」

しぶい顔をしているな、レプト商会長。もうばなしがひとつ消えるのだから当然か」


 商会長の口上に割り込んで、クルァシンはちようはつ的とも言える口調でそう述べた。さすがに意表をかれたレプトは、まゆを寄せて出方をうかがう。


りちなものだな。その『中立』という看板のために、戦争が始まるやいなや国境をへいし、ロケィラ・オルワナの両国に対しては開戦後いつさいの補給・えんを行っていない。オルワナがあつとう的な優位に立った今でさえ、その姿勢は相変わらずだ。もう少し色気を出しても良さそうなものを、いわおのごときてつていぶりは、東方五国の中心で今後も生き永らえるためのか」

「……その通りでございます。我が国は、いずれの国家にもくみさず、ただ良質な市場を提供するのみ。なればこそ、強国の連なるなかで、なお今の地位を勝ち取って参りました」

「一貫した姿勢、まことに結構なことだ。が、ではなぜ、今のお前はそのように浮かない顔をしているのか?」

「浮かない顔など……」

「当ててみせよう。海路が通るから、だな」


 たたけるようなクルァシンの言い分に、レプトはしかし激することなく押しだまった。それをこうていと解して、クルァシンはなおも言葉を連ねる。


「だろうな。ロケィラとオルワナのきんちよう状態はずいぶん前から続いていたが、それでも開戦までは通常通りに貿易が行われていた。しかも、オルワナの海軍をおそれたロケィラはキレド海に海路を通していなかったため、二国間のちゆうかいはコーチアドがどくせんできたわけだ。