ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン

第一章 たそがれの帝国にて ⑥

 ふてぶてしく応じつつ、イクタはころがったまま器用にヤシ酒のお代わりをコップへそそいだ。



 こうとうかん試験──それは学習内容にようねんぐんくんいくていふくむ所定の教育機関をしゆうりようしてきた者だけが受けられるかんもんであり、かんこうせい、いわゆるエリート軍人となるためにくぐらねばならない最初の試練だ。

 いつぺいそつ=二等兵として軍に入った場合、じつせんでよっぽどの大戦果でも上げない限り、そのしゆつは下から七番目の階級であるかんそうちよう」が限界となる。しかし、高等士官試験は将校の候補者せんばつを目的として作られたものなので、この試験に受かった者は最初から「曹長」より一つ上の階級である「じゆん」の地位を得ることができる。ただし試験は一年に一度、受験は三回まで。

 もちろんばいりつもバカ高い。試験全体を通して四百倍を切ることはまずないし、一次試験だけでも二十倍をくだらない。しかしカトヴァーナていこくの人々には軍人をえいゆうするけいこうがあるので、これに合格した者はあこがれのまとになる。地位とめいを一度に得るチャンスなのだが……。


「んー、国家せんりやくろん。たるいわー」


 目をぎらつかせて答案用紙と向かい合う受験生たちの中にあって、あくび混じりにえんぴつを走らせるイクタのそんざいは、もうびっくりするほど浮いていた。そのくせ解答自体はみようにサラサラと進んでいるものだから、周りの受験生たちはそろってはなじらむしかない。


「あー、ぐんぎようせいがく。ぬるいわー」


 その姿ときたら、夏休みの課題を無理やりやらされている子供と同じだ。ほおづえいてくちびるをへの字に曲げて、目なんか死んだ魚のよう。で、各科目の解答が終わったしゆんかんすと、そのまま見直しもせず、答案用紙の回収までピクリとも動かない。


「げー、アルデラしんがく。ウザいわー」


 試験を見守る教官の性格によっては、それだけで退室を命じられかねないさだったが、どうやらあくうんめぐまれたらしい。

 そうして迎えた試験二日目、最後の科目は「軍事史」だった。


「これが最後、これが最後……ん?」


 ほとんど生きたしかばねのような状態で機械的に答案をめていくイクタの手が、ふいに止まる。用紙の最後にしるされた記述問題のテーマが、彼の目をとらえて放さなかった。

 ──前キオカせんえきにおいて「せんぱん」とされたていこくぐんもとたいしようバダ・サンクレイについて、思う所を自由に述べよ。


「…………」


 試験が始まって以来初めて、イクタにとってはひようかれる出題だった。「自由に述べよ」という解答の形式からして軍のせつもんらしくない。型にめようとする意志が見えないからだ。

 ──でも、この文面からは、ほんの少しだけなつかしいにおいを感じる。

 思わずに答えたくなったイクタだが、まさかこうとうかん試験の答案用紙にていしつへのはんを書き連ねるわけにもいかないので、すでに他の教科で点をかせいでいる確信もあり、こう短く答えるにとどめた。

 ──あらゆるえいゆうろうで死ぬ。

 午後七時二十分をもって各会場での一次試験は終わり、六千人からいた受験生は、例年通りに三百人以下までしぼられた。



 そんな一次試験のしゆうりようから、およそ一月後。イクタとヤトリは旅の荷物をった姿で、それぞれのせいれいともに港から海をながめていた。二次試験は帝国南方のヒルガノ列島で行われるため、現地へ向かうそうげいせんに乗りに来ていたのだ。


「ここまでは計画通りね。あんたが受かってくれて安心したわ」

「二年前に取引を持ちかけられてからは、こうをサボって受験勉強ばかりしてたからね」


 あくび混じりにイクタが答える。成績さえゆうしゆうなら合格できる高等士官試験と違って、しゆの国立図書館しよのポストはあまくだりのぞくせんようだ。この取引以外のチャンスはイクタにはない。


「別に図書館しよくいんを差別するわけじゃないけど、よくそんなにがんれるわね。特に本の虫ってわけでもないんでしょ?」

「本はきだけど、言っちゃえば仕事は何でもいいんだよ。『しゆの』『国立』図書館しよってのがポイントでね。その部分さえ同じならにわでもそうでも構わない」


 カトヴァーナていこくの首都バンハタールは地理的にも政治的にも帝国の中心だ。かりにこれからキオカきようこくとのせんきようが悪化しても、められるのは最後の最後になる。図書館のような国立施設のしよくいんにはふくこうせいも手厚い。ぶっちゃけ国がほろびるすんぜんまでなまけていられるポジションなのだ。


「この取引が上手うまくいって、それで今後死ぬまで怠けていられるのなら、二年ていの受験勉強は安いもんだよ。僕はろうだいきらいで、その分、自分が怠けるためのてきせつな努力をしまない」

「はぁ……そう、あんたはそういう人間だったわね」


 あきれと感心が半々のいきをついて、ヤトリは目の前に広がるおおうなばらながめやった。海面は波が低く、風もおだやか。にくらしいほどの晴天だ。海辺の空気はすなしおの混ざったにおいがする。


「船が来ましたよ、イクタ。さぁ、ヤトリとシアも行きましょう」


 イクタのこしのポーチに収まったひかりせいれいクスにうながされて、二人並んで船の方へと歩いていく。港に接岸した中型船から、ひとで軍人と分かるすいたちが降りてきて、イクタとヤトリの全身をじろじろとみした。


じゆけんひようを」


 両方の受験票を確認してから、水夫はごんで二人に乗船をうながした。いざ乗り込むと、軍の備品らしくそうしよくはないが、全体に整備の行き届いたせいけつな船だ。彼らが案内された客室には、せまいながらも三段重ねのしんだいが左右に一つずつあり──しかも、そこには先客がいた。


「……あ、こんにちは。ひょっとして、あなたたちも受験生ですか?」


 きんちようと安心が混ざった表情で話しかけてきたのは、あわい水色のかみを持った長身の女性だった。ひざの上にはパートナーのみずせいれいが乗っている。ぜんとしたヤトリとはたいしようてきにゆういんしようだ。


「そうみたいね。私はヤトリシノ・イグセム。ていりつシガル高等学校の第131期卒業生よ。パートナーは火精霊のシア。こっちはどうはいのイクタ・ソロークと光精霊クス。……あなたは?」


 ヤトリが口にしたイグセムのせいに、女性は少しおどろいたようで、すぐにしようかいを返した。


「て、ていねいにありがとうございます。えと、帝立ミン・ミハエラかん学校の第11期卒業生、ハローマ・ベッケルという者です。この子はパートナーの水精霊ミル。イグセムさん、ソロークさん、よろしくお願いします」


 ハローマの向かい側の寝台に腰を下ろして、ヤトリはやわらかい調ちようことを重ねた。


「姓で呼ばれるのは落ち着かないわ。ヤトリで結構よ」

「どうか親しみを込めてイッくんと呼んで下さるように」


 しばがかった調ちようでふざけるイクタの態度に、ハローマが小さく笑いをこぼす。


「これのじようだんしてくれて結構よ、ベッケルさん。あいにすると調ちように乗るわ」

「くすくす……お二人はなかが良いんですね? じゃあ、よかったらわたしのこともハロと呼んでください。知り合いは皆そう呼びますから」

「おことあまえるわ、ハロ。……パートナーがみずせいれいで、あなた自身もかん学校の出ということは、ぼうへいえいせいへいかしら?」

おつしやるとおりです。これでずかしながら三度目の受験でして、今回初めてひつ試験を通りました。最後のチャンスなだけに、なんとかかせるといいんですけど……」

「衛生兵科は他にくらべてきようそうりつが低いし、じゅうぶん希望はあるわよ。きそい合うことになったらげんできないけど、もし協力できるようなら力を合わせていきたいわね」