ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン

第一章 たそがれの帝国にて ⑦

 口調も表情もにこやかなヤトリだが、そのないしんほんさんが半々。この時点ではもう、勝負は始まっているどころかじよばんせんまで終わっている。イクタという「試験の合格にきようがない完全なかた」を用意できたことが最初のせんで、ここからは協力者を現地調達するフェイズだ。


「そうできたら心強いです。イグセム家の長女──ヤトリさんのこうめいうわさに聞いていますし」

「あら光栄ね。噂の半分ほども実力がともなうと良いんだけれど……」


 二人がけんそん混じりのしやこうを始めたころ、船室のドアが開いてあらたな乗客が姿を現した。ぽっちゃりした小太りの身体に丸い顔をのっけた少年だ。彼はざっと室内を見渡して、ある一点でぎょっと目を丸くした。


「イクタ・ソローク……? ど、どうしてお前がここにいるんだよ!」

「おお、が友マシュー! 君も受かっていたか、いやぁうれしいなぁめでたいなぁ!」


 しんだいから立ち上がったイクタにき付かれて、マシューと呼ばれた少年はめちゃくちゃいやそうな顔をした。ひつに相手をき放しながら、彼のせんが今度はヤトリにそそがれる。


「っ、ヤトリシノ……やっぱりお前もいたか」

「一月ぶりね、マシューくん。会えて嬉しいわ。そっちはそうでもなさそうだけれど」

「当たり前だ。お前が一次試験でずっこけてれば、おれはどんなにつうかいだったかわからない」


 マシューがにくにくしげにどくづいた。めんしきがないハロのために、そこでヤトリがしようかいはさむ。


「マシュー・テトジリチと、パートナーのかぜ精霊ツゥ。私とイクタのどうはいよ。もしハロがテトジリチっていうめいに聞き覚えがあるのならそう言ってあげて。彼、とってもよろこぶと思うわ」

「どういう紹介だよっ! だれに覚えがあろうがなかろうが、テトジリチ家はていこくないでもくつきゆうぐんばつ名家だ! イグセムやレミオンにだってまさるともおとるもんか!」

「て、テトジリチ……ですか? ええと、聞いたことがあるような、ないような……すいません、のどまで出かかってるような気がしないでもないんですけど……」


 ハロが無意識に失礼なことを言うので、マシューはだんんでぎしりした。そのタイミングでイクタがなぐさめるように、というかおちょくるように、彼の肩をぽんとたたく。


「いいじゃないか、マシュー。そのメジャーマイナーくらいのめいこそが君のポジションだ。別にすべてのげいにんが全国区である必要はない。君はローカル路線でみちがんっていくんだ」

だれが芸人だっ! あぁもうっ、何でもいいから、とにかくお前ははなれろよっ!」


 はいれいのようにイクタに付きまとわれたマシューは、そのまま船室のかたすみひざかかえてすわり込んでしまった。見かねて声をかけようとするハロを、かぶりを振ってヤトリが引き止める。


「そっとしておきなさい。あのじようたいだと何を言っても逆ギレするから」

「は、はぁ……。……なんか、あつかいにれてます?」

「四年からまれ続けたもの。あ、でもイクタがいるとたいしよらくよ。どくをもって毒を制する感じね」


 ヤトリはうすく笑って言い切った。するとハロにも、ひっきりなしでマシューに話しかけるイクタの姿が、ものに巻きつくどくへびのように見えてくる。彼女は少し怖くなってせんをそらした。


「……えっと、ヤトリさん。イクタさんとはどうはいなんですよね?」

「そうよ。高等学校に入学してからの付き合い。まぁ、えんというかくされ縁ね」


 ヤトリがしよう混じりに話すと、彼女の耳に軽く口を寄せて、さらにハロは小声でたずねた。


「あの、マシューさんもそうみたいですけど、やっぱりイクタさんもめいの出でいらして──」

「ははは、まっさかー。ソロークってのはいんの名前ですよ、おじようさん」


 急にみみもとで笑い声がして、ハロは思わず「ひゃあっ!?」とさけんで振り向いた。いつの間にかマシューのそばはなれてきたらしいイクタが、彼女のとなりずうずうしくじんってニヤニヤ笑っている。


「名家の出どころか、僕は父なしの母なしです。ちかけので行きたおれていたところを、当時ソローク孤児院ではたらいていたクスに見つけられましてね。以来、そこの子供に。さいわいにも頭はそれほど悪くなかったんで、高等学校にはしようがくきんを借りて通わせてもらえましたが」

「あ、そうだったんですか……。すいません、きようほんで失礼なことをいて……きゃぅっ!?」

「いやー構いませんよー。これから僕も、あなたにかなり失礼なことをしますしー」


 手のこうでられたハロの口から色っぽい声が上がった。その光景を見ながら、「また始まったか……」とヤトリが片手で頭を抱える。


「背、高いですよねぇ……すらっと長い。男の僕より指五本以上もある……」

「ひゃ、百七十六センチです……。すいません、女のくせに無意味に大きくて……」

「それだけ発育が良いってことじゃないですか……。……あ、指が少し荒れてますね。普段から家事を自分で?」

「お、弟が五人いて、わたしが一番のお姉ちゃんなんですぅ……ひゃぁっ! に、二のうで撫でないでっ……!」

「六人姉弟の長女? それはそれは素晴らしい、もとい大変だ……。ご両親は何をされて?」

「ち、地方でりようしゆさまから畑を借りています……。でも、それだけじゃかせぎがおっつかないから、わたしがしゆつして仕送りをしないと──やぁ、耳たぶつまんじゃダメ、かみいちゃダメですぅ……!」


 手のこうに始まったせつしよくが、そこを起点にどんどん身体からだの方へ進む。正直放っておくのもおもしろいとヤトリは思ったが、そうすると絵的に洒落しやれにならないところまで行き着くので、その前にイクタの首根っこを引っつかんで止めることにした。


「そこまでよ、イクタ。女あさりはまたの機会にしなさい」

「OH、残念」


 ヤトリにぽいっと投げ捨てられると、そのままイクタはすみひざを抱えるマシューの方に戻っていった。開放されたはいいがいきえのハロに、ヤトリはづかって声をかける。


たいじよう……? ごめんね、私としたことが、止めるのが少しおくれたわ」

「はぁはぁ……わ、わたし、いったい何をされて……?」

イクタあいつあくへきよ。特にハンサムでもないくせに、とりあえず女をきたがるの。あのまま放っておくと、同じノリでおっぱいまれてベッドイン。あれよあれよで気付けば朝チュンよ」

「おっぱ……!? あ、あわわわ……!」

「落ち着きなさい、ハロ。私のそばにいれば大丈夫」


 やさしくハロの肩を抱いてやりながら、ぜんしや微笑ほほえみを浮かべたヤトリは心の中で「よし、うまくなずけた!」と勝ちほこっている。協力者の現地調ちようたつフェイズはぜつさん続行中だった。

 ふと、そこでふたたび船室のドアがゆっくりと開いた。えんりよがちに顔を出したのは、ハロよりもさらに背の高い美男子だ。んだすいがんをもち、うすい緑色を帯びた髪がかたぐちまで伸びている。腰のポーチにはマシューのツゥと同じかぜせいれいの姿があった。


「ええと、入っても大丈夫かな? 何だか取り込み中のようだったから」

「もちろんダメだ。自分のなわりに帰れイケメン」


 なぜかイクタがそくとうきよしたが、その口を片手でふうじて、ヤトリが新入りを歓迎した。


「どうぞ、入って。皆でしようかいをしていたのだけれど、あなたも参加してくれる?」


 その提案をさわやかながおかいだくし、青年は部屋に入ったところで自己紹介を始めた。


「ぼくはトルウェイ・レミオン。ていりつエルミ高等学校の第82期卒業生だ。この子はパートナーの風精霊サフィ。どうかよろしく、みんな。むずかしい試験だけど、合格までいつしよがんっていこう」


 青年がそう名乗ったしゆんかん、部屋のすみでうずくまっていたマシューのじようはんしんがガバッと起きた。同時にヤトリの両目も見開いている。静かなこうふんからか、彼女のくちびるは自然とり上がっていた。


「……そう。あんたが、レミオンの」