ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン

第一章 たそがれの帝国にて ⑧

 ていこくにおいてイグセムと並び立つきゆうぐんばつめい・レミオン家のさんなんぼう。今期のこうとうかん試験での合格者最有力こう。最大のライバルが目の前にいる──そう理解したヤトリは、何度かしんきゆうして心を落ち着けると、それをせんせんこくに代えるような勢いで名乗りを上げた。


「ヤトリシノ・イグセムよ。この子はパートナーのシア。……身の上なんて言うまでもないわね?」

「……ヤトリシノ!? そうか、そのえんぱつ、イグセム家の……! ああ、なんてことだ!」


 相手の名を聞いたたん、トルウェイはあこがれのえいゆうを見るように目をかがやかせた。それまでなめらかに回っていた口も急にぎこちなくなって、「あの、その、ええと」と意味のないつぶやきばかりをり返している。そんな彼のようながめて、ヤトリがいぶかしげにまゆを寄せた。


「……ちょっと、何? 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

「こ、心の準備がていなくて……。そ、そのミス・イグセム、ぼくは──」

「いい気になるなよ、おまえら」


 トルウェイがかくを決めて何かを口にしようとしたしゆんかん、彼とヤトリの間にマシューが割って入ってきた。ゆうかんにも二人と同時にたいして、小太りのテトジリチ家長男坊が声を荒げる。


「イグセムのはくへいせんじゆつは当然として、レミオンのせんれつじゆうへい戦術だってとっくにさいせんたんじゃない。おまえらはもう戦場のさきけでもなければはながたでもないんだ。名家のけいるいというだけで、無条件にでかい顔はさせないぞ」

「ええと、きみは……?」

「マシュー・テトジリチだ。この名前、忘れるんじゃない、レミオン家のすえっ子」


 ほとんど宣戦布告のようなけんまくで名乗ったマシューだが、それを聞いたトルウェイの方は、相手とは反対にひときのするみを浮かべた。


「人の名前を覚えるのは得意なんだ。いつしよがんって合格しようね、マシューくん」

「ふん、おためごかしでだんさせようったってだぞ」

「マシューくん……マシューくんか……。……うーん、マーくんと呼んでもいいかい?」

「はぁ!?」


 何のみやくらくもなくあいしようを付けられて、マシューが目を丸くした。一方、ライバルとの会話をじやされたヤトリが、いきをついて彼の身体からだを押しのける。


「……私たちのせんが考案した戦術が、時を追うにつれて古いものになっていくのは当然よ。の栄光をかさに着るつもりは初めからもうとうないわ。その上で言わせてもらうとね、マシュー」


 意味ありげにいつぱく置いて、相手をじっと見つめながら、ヤトリは鼻で笑って言い切った。


きやつかんてきに見て……この面々の中ではちがいなく、あなたの顔が体積的にいちばん大きいわ」

「うぅっ!」


 だんから気にしているしんたいてきとくちようをズバリとかれて、マシューは情けない顔でうめいた。格のちがいをわきまえずに突っかかっては返りちにされる、学生時代からのお決まりのパターンだ。


「くらぁー、マシューをいじめるんじゃねー」


 ちょっとぼうにイクタが割って入った。トルウェイが困った顔でかぶりを振る。


「いじめるつもりはないんだ、気分を悪くしてしまったならごめんよ。ところで、きみは……」

「えぇいだまらっしゃい。一つのかりに二ひき猛禽ハンターはいらない」

「え、え?」

「聞いておどろけ、お前には顔面さいばんゆうざいはんけつが下ったぞ。ざいじようはズバリよう姿たんれいざいだ。アルデラ教のせいてんいわく、すべてのイケメンに死を!」

「あんた今の発言だけでしゆうきよう裁判もんよ! それと会話は最低限キャッチボールしなさい!」


 ヤトリが突っ込みを入れたところで、トルウェイが「知り合い?」とたずねるせんを送ってくる。彼女はいきをついてイクタのしようかいを代わった。


「こいつはイクタ・ソローク。マシューと同じ私のどうはいよ。見てくれのいい男にはとりあえずかくする習性があるけど、あまり気にしないで。ヘンになわり意識が強いだけだから」

「イケメンばくはつしろ! がるるる!」


 うなるイクタの首根っこをつかんでヤトリが説明する。トルウェイはえんりよがちにたずねた。


「……なかが良いのかな? 二人は」

「付き合いが長いだけよ」


 そっけなく応じるヤトリだが、イクタとのやり取りからはだれの目にも親しみが見て取れる。トルウェイはふたたびイクタに視線を戻し、どこかせんぼうの混じる表情で、ゆっくりと右手を差し出した。


「トルウェイです、よろしくイクタくん。……その、なかくしてもらえるかな?」


 威嚇をやめて、イクタも相手をじっと見つめた。そのひとみには内面をかすするどさがある。トルウェイのばんひかえめなものごしが計算ずくのものかどうか──彼はここまでのやり取りからざんていてきすいそくして、その結果、どうやらてんねんけいぜんにんらしいという結論にいたった。


「…………イクタ・ソロークだ。お前の顔面が原型をとどめないほどバラバラにくだけ散るようを想像の中で十七回ほどり返して、ようやくかんだいな気持ちになれた。仲良くしてやろう」


 すがすがしいほどほんがだだれで、しかも上から目線だった。が、さいわいにもトルウェイは細かいことにこだわらない性格だったので、二人の間でほとんどせきてきあくしゆが結ばれた。


「うん、よろしくイクタくん。……あ、そうだ、イッくんと呼んでもいいかい?」

「いや断る。何言ってんだお前」


 マシューに続いて、初対面なのにナチュラルにあいしようを付けたがるトルウェイだったが、イクタはイクタで、それをナチュラルにねのけられるようしやなさを持っていた。


「まったく、イッくんだと? ふざけんな、僕をそう呼んでいいのは彼女だけだ」


 黒いひとみが意味ありげにハロの方を向く。これまで蚊帳かやの外にいた人物をとつぜんふくめると、さらにイクタはたのまれてもいないのに彼女のしようかいを代わった。


「彼女はハローマ・ベッケル。えいせいへいかんを目指していて、じつには五人の弟がいるんだ。とても良い子だよ。僕が保証する」

「い、イクタさんっ!? その紹介の流れだと、すごくかいまねくと……!」


 ハロがあわててていせいしようとするが、タチの悪いことに、ここまでイクタは内容的にちがったことを言っていない。事情を知らないトルウェイが、間違った方向に察しの良さをはつした。


「なるほど、そういうことだったのか。……うん、とってもおいだよ。二人とも」

「何が『そういうこと』なんですかっ!? いやぁ、そんなあたたかい目で見ないでください……!」


 ごうのいい形に事実をねじ曲げたイクタが、その成果にすっかりごまんえつでいると、不意に足場がぐらりとれた。船が港を出たのだと察して、ヤトリがひとまず場を収める。


紹介も一通り終わったし、皆、とりあえずこしを落ち着けましょうか。ヒルガノ列島までは風に恵まれても二日近い長旅よ。向こうに着いてからのためにも、体力はおんぞんしておかないとね」

「ああ、そうだね。じゃあ、それぞれのしんだいを決めて荷物をまとめるとしようか」

「ねぇハロ、君はどの位置がいい? 上? 下? 後ろ? ああたいめんもいいねぇフフフ」

「なんでわたしにだけくんですかっ!? あとそれ本当に寝台の位置の話ですか!?」

「……顔……おれの顔……そんなにでかいか……? ……ブツブツ……」


 各自の寝台に腰を落ち着けると、ここまでのたびづかれもあって、五人はすぐさまあさい眠りについた。ちなみにげきろんの末、イクタの寝台はハロからもつとも遠い対角線上にあてがわれたのだった。



 しゆつこうから三時間がったころ、天候の急激な悪化で船の揺れが激しくなってきたので、イクタたち同じ船室の面々も順番に目を覚まし始めた。長い船旅はまだじよばんだれにとっても時間はおおいにあまっている。


「う、うーん……7─6しようげきへい……いや、3─3ふうじゆうへいだ」

「それでいいのかい? じゃあ、ぼくは4─6風銃兵で両どなりこまと戦力合流かな」