ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン

第一章 たそがれの帝国にて ⑨

 差し向かいで寝台にこしけて、マシューとトルウェイは軍人しようで対戦していた。駒とばんを持ち込んだのも、勝負を持ちかけたのもマシューなのだが、せんきようはどうやら彼に不利なようだ。


「3、4、5─7風銃兵大隊。……あの、これだと、たぶん四手先でむんじゃないかな」

「ちょ、ちょっとてよ! まだ何か手が……!」


 ひつになってばんめんを見つめるマシューだが、見れば見るほど自軍のれつせいはなはだしい。とっくに勝敗が決していることは最初の一分で分かったが、それから心の準備に三分をついやして、ようやく彼は「……まいった」のひとことしぼり出した。


「くそっ、もう一戦だ! 今のはつまらないミスが重なっただけだ!」


 と言いながらも、すでに戦績はマシューの三連敗という事実をさらしているのだが、負けずぎらいな彼はなかなか実力のちがいを認められない。このままではもうたたかいが続くだけだと察したトルウェイが、あいづかって提案する。


「ねぇマーくん、ちょっとかんそうせんをやってもいいかな? 今のいつきよく、ぼくもちょっと反省したい部分があって」


 負けをれいせいに見つめ直さないことには実力の向上はないと、マシューも感情はともかくくつの上ではしようしているので、しぶしぶながらトルウェイの提案をしようだくした。だいぶ頭がまっていると見えて、「マーくん」というれしい呼び方にもんを付けるゆうはないようだ。


「うう、ちゆうばんまではきそってたのに……。何手前が決め手だったんだ? 六手前にしようげきへいを出しすぎたところか、それとも十二手前にえいせいへいを失ったところか……」


 相手のプライドをさかでしないように気を付けつつ、トルウェイが自分なりの見解を述べようとしたところで、二人の頭上から頼みもしないのに第三者の声が降ってきた。


「──二十一手前だよ、が友マシュー。戦力合流をされたふうじゆうへいを、そのまま無理にてきじんへ食い込ませたところだ。あそこはいさぎよくてつ退たいして、いったん守りに移るべきだった」


 おちょくるようなイクタの声にしたちして、マシューはにがにがしいおもちでこまを並べ直す。トルウェイは目を丸くして一番上のしんだいを見上げた。


「……イッくん、おくしているのかい? そこからじゃばんじようもよく見えないだろうに」

「だからイッくんて呼ぶなイケメン。次はまくら投げんぞ」


 返答はそっけなかったが、トルウェイは素直にイクタを評価していた。棋譜を暗記していること自体も大したものだが、その上でこうぼうの要所をあくしている事実の方こそがしようさんあたいする。イクタが勝敗を分けたと考えるきよくめんは、トルウェイが言おうとした部分とまったく同じだったのだ。


「皆さん、お茶が入りましたよー」


 そこでりよく、大きなびんと人数分のカップを抱えたハロがヤトリといつしよへ戻ってきた。最初は備え付けのテーブルでそそごうとしたが、あしれであやうく土瓶が落ちそうになったので、カップを一つ一つ手に持って注ぐやり方に切り替える。


「かなり揺れますね……。ちゆうぼうをお借りした時に、まどから海面のようがちょっと見えたんですが、やっぱり波がすごかったです」

「強い西風のえいきようを受けて、進路もかなり東にれているみたいよ。コースしゆうせいに手間取るだろうから、船旅は思ったより長引きそうね。まったく船っていうのはままならない乗り物だわ」


 ハロからお茶の入ったカップを受け取りながら、ヤトリがうとましげに自分の赤いかみをかき上げる。そのせんがふと、マシューとトルウェイが間にはさんだぐんじんしようばんに向けられた。


「なによ、将棋やってたの? 結果はマシューの何連敗?」

「な、なんでおれの連敗がぜんていの質問なんだよ……」

もんを付ける声に元気がないってことはその通りなんでしょ。……ま、それほど気にすることもないと思うけど。将棋王イコール名将ってわけじゃないし」


 いちおうのフォローを入れるヤトリのことに、トルウェイが話題のいとぐちを見つけて展開した。


「そういえば、この試験の最終段階では、めんせつねてげんえきこうとうかんと対局するらしいね。将棋の実力がそのままかんとしての実力に反映しないとしたら、この仕組みにはどういう意味があるんだろう?」

「対局しながらの面接だからね、私は同時処理マルチタスクの能力を測られるものと思っているわ。高等士官ともなれば、二つや三つの仕事を同時にこなせないようじゃキャパオーバーでつぶれるでしょ」


 ヤトリの答えは論理的でるぎない。続いて彼女は、しんだいからうでだけを伸ばしてお茶を受け取るイクタの姿をながめやった。そのしようあきれつつ、トルウェイからの質問を彼にパスする。


「イクタ、あんたはどう思う?」

「……ん、なかなか美味おいしいよ。でもよくを言えば牛乳でちやすより、熱湯でい目に茶をれてから別にほどよく温めた牛乳をくわえる方が、淹れ方としては望ましいかな」

だれがお茶の味について意見を求めたの。ついでに言っておくと牛乳のしやふつすすめたのは私よ。万が一にでもいたんでいたら、誰かがおなかこわした時にせきにん取れないじゃないの」


 付き合いが長いだけあって、友人のおちゃらけた言動へのたいしよもヤトリは非常にスムーズだ。寝台の上で上体だけを起こしてお茶をすすりながら、イクタはのんびりと本来の質問に答える。


「ヤトリの考えでほぼ正しいとは思うけど。その点を別にしても、軍人将棋これにはそれなりに兵法の基本的な部分がまっているからね。頭のたいそうとしては悪くない。ただ、僕の意見を言わせてもらえば──どうせ軍人がやるなら、盤を使わないかくし将棋の方がいい」

「──へぇ? イッくん、それはなぜ──わぷっ!」


 降ってきたまくらがトルウェイの顔にちよくげきした。寝台からにゅっと首を出して、イクタがる。


「イッくん禁止! ……将棋を戦争に当てめるなら、すなわちばんじようイコール戦場。そこで質問するけど、実際に戦争をやってる時、指揮官は空の上から神のてんで戦場全体を見下ろせる?」

「……それはないわね。てきたいの位置に関しては、限られたじようほうからすいそくするしかない場合がほとんどだわ。指揮下にあるかたにしたって、予定通りに動いてくれるとは限らない」

「そういうこと。現実の戦争では、てきかたの位置をあくするところからたたかいが始まる。そのために必要なのはだんぺんてきじようほうから全体像をみちびき出すイメージの力。かくしようでそれがきたえられるとまでは言わないけど、想像力のだいくらいは作れる。まずは頭の中に『ばん』を持つこと。そうすることで初めて、盤の上で動く兵士を想像することが……あ、お茶、おかわりある?」


 すらすらと見解を述べながら、例によってしんだいからうでを伸ばした危なっかしい体勢で、イクタはハロにお茶をそそいでもらう。トルウェイとハロが感心して聞き入る一方で、マシューはほとんどして盤上をにらみつけていたが、そこで大きく船がれた。


「あ」「あぢゃああああああっ───!?」


 イクタのカップからこぼれたお茶があくてきな角度でマシューの首にちよくげきした。熱さにもんどり打って転がるあいに「ごめん、ごめん」と軽くあやまりながら、彼はふと船室のドアにせんをやる。


「そこ、だれかいるの?」


 イクタと同じ方向を見つめて、ヤトリが声をかけた。マシューの悲鳴にまぎれてはいたが、船が揺れたしゆんかん、何かがドアにぶつかるゴツンという音がひびいていたのだ。しんに思ったヤトリが歩いていってとびらを開く。


「う、うう……いたい……」


 開いたドアの向こうには、大きなぼうかぶったがらな少女が頭を押さえて立っていた。広いつばかくれて顔は見えないが、帽子の中に収まりきらず流れ出したきんぱつなめらかで美しい。ふくそうではあるが、見るからにが上等で、着こなしにもどことなくひんがあった。


「受験生……ってわけじゃなさそうね。どこのおじようさん? 私たちに何か用かしら?」