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 空き地から森へと踏み込むと、上空に幾重にも重なる枝に邪魔されて空飛ぶ家は見えなくなってしまったが、システム外スキル《直感的直線移動》を発揮してまっすぐ歩く。遠方に移動目標を取れない森の中では、これが案外難しいのだ。コツは、二本の脚をなるべくオートランっぽく動かすこと……と以前アスナに説明したら、なんのこっちゃという顔をされたものだが。
 狙いはばっちり的中し、ほんの二、三分の移動で、前方にひときわ巨大な杉の木が出現した。間違いなく、家の真下に生えていた木だ。歩み寄りながら見上げると、幾重にも折り重なる枝を透かして、ふわふわ浮かぶ豆粒サイズの影が視認できる。
「……で、どうするの? この杉に登っても、お家まではぜんぜん届きそうもないよ?」
 上を見て歩きながらアスナが発した質問に、俺も同じ体勢で答えた。
「真下まで来れば、ぎりぎり叫び声が届くかなーと思ったんだけど……それもムリっぽいな……」
「そっか、会話ができれば、何があったのか説明して貰えるもんね。じゃあ、やっぱり木に登ってみる? 梢のほうならシャウト圏内かも」
「でもなあ、こういう針葉樹は木登り難易度高いんだよな……。《軽業》スキルなしだとちょっと厳しいか……」
 顔を上向けたまま、巨大杉から五メートルほどの距離まで近づいた、その時。
 いきなり至近距離でModの咆哮が轟き、俺とアスナは飛び上がった。
「わん、わんわんわん!!」
 反射的に背中の愛剣エリュシデータの柄を握ってしまったが、そこで動きを止める。吠え声の主は、全長せいぜい四十センチほどの四足歩行獣……具体的には《犬》だったからだ。
 やや長めの毛並みは薄い茶色で、眼はくりくりと丸く、おまけにふさふさの尻尾に青いリボンを付けている。カラー・カーソルは黄色──NPCか、ビーストテイマーのペット、あるいは攻性化していないノンアクティブ・モンスターに与えられる色だ。
「わあ、可愛い!」
 アスナが、お年頃の女の子に相応しい感想を述べつつ、しゃがんで手を差し伸べかけたので俺は慌てて制止した。
「ま、待った待った!」
「何でよう、こんなに可愛いのに」
「な、なんかのトラップかもしれないだろ! だいたい、フィールドに犬がいるのは妙だよ。触った瞬間にダイアウルフかなんかにモーフィングしたらどうするんだ」
「平気だってば、こんなに尻尾振ってるし」
 ──というやり取りをする間も、小型犬はアスナの前で『抱いて抱いて!』とばかりにぴょんぴょんわんわん騒ぎ続けている。再びしゃがもうとするアスナの剣帯を掴んでホールドしつつ、犬っころのカーソルを再チェック。表示されている名前は、《Toto》となっている。
「……トト? 種族名じゃないよな……この犬の固有名か……?」
「わぁ、名前も可愛い! ほら、おいでトト!」
「だからダメだって……」
 最早魅惑のバッドステータスを喰らったが如き勢いのアスナを必死に引き戻しながら、俺は犬っころ改めトトのくりくりした眼に、邪悪な企みが隠されていないか見極めようとした。
 そして、遅ればせながらそれを発見した。犬の丸い頭の二十センチほど上空に浮かぶ、小さな《?》マーク。
「あれっ……クエストマーク!? でも、何で進行中なんだ……?」
 俺が叫ぶと、アスナも印に気付いたようで、前進の勢いが弱まる。
「ほんとだ、クエマークつきだね……」
 アインクラッドの各層には、とてもこなしきれない数のクエストが配置されている。たいがい頭上に《!》マークを浮かべているNPCから受けることができ、進行中のクエストに関係するNPCはマークが《?》に変化する。
 つまりこのワンコロは、進行中クエストのキーパーソンならぬキーアニマルというわけだ。だが問題は……俺も、恐らくアスナも、犬に関係するクエストを受けた覚えがさらさらないということで…………
「そう、そうよ!」
 いきなりアスナが叫んだので、俺はびっくりしてベルトを離してしまった。細剣使いは振り向くと、真剣な顔で俺を凝視し、続ける。
「わたしたち、普段は迷宮区とフロアボス攻略にかかりっきりになっちゃってるから、あんまりサブクエストって受けないでしょ? だから、盲点になってたんだわ。何か説明のつかない妙な現象が起きたなら、それってたいていクエストが原因のはずなのよ。たとえば……家が空を飛ぶとか!」
「…………なるほど」
 もっともな推論だと思ったので俺が頷くと、アスナは再度ぐるりと反転し、騒ぎ続けるワン公に向き直った。
「つまり、あのお家が飛んでる原因を突き止めるには……このトトちゃんに接触しないといけないってことなの! キリトくんなら解ってくれるわよね!」
 と、聞きようによっては冒険心と自己犠牲に溢れていなくもない台詞を放つや、アスナは俺が再度捕獲する間もなくしゃがみ込み、ワン太郎に両手を伸ばした。
「わんわんわん!」
 嬉しそうな吠え声とともに、茶色い小型犬はアスナの胸に飛び込み、尻尾を高速運動させながら顔を舐め回す。
「あはは、くすぐったいよー! あぁーん、可愛い! わたし、こういうワンちゃん飼うのが夢だったの!」
 ──幸い、トトがいきなり巨大な人食い狼に変化する、というようなことはなかった。
 しかし、数秒後に発生した現象は、俺の予想を三光年ばかりぶっちぎるものだった。
 いきなり、俺とアスナの足許で、ごうっと風が渦を巻いた。凄まじい風力に、抗うもなく体勢を崩される。よろけ、地面から離れた足が──恐ろしいことに、どんなに伸ばしても接地しない。
「きっ、キリトくん!」
 右手にトトを抱いたまま、アスナが伸ばしてきた左手を、俺は反射的に握った。そのまま二人と一匹は、局地的トルネードに巻き上げられていく。周囲の光景がぐるぐる回転し、俺のコートの裾とアスナのミニスカートが盛大にはためくが(通常、フィールドに吹く程度の風では絶対に起きない現象)、とてもそちらに意識を向ける余裕はない。
「うっ、うわっ、うわわわ~~~~~っ」と俺が叫び、
「きゃああああ──────っ」とアスナが悲鳴を上げ、
「わんわんわん!!」と嬉しそうに犬っころが吠えた、その瞬間。
 俺たちは、遥か上空に浮遊するログハウス目掛けて、一直線に舞い上がった。

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