……のっけから嫌な予感がした。

 多分これ、いくつか致命的な事になってる。どうせ忍はテレビか動画のバラエティでもチラ見して憧れたんだろうが、見よう見まねが災いして合コンとしてやってはならない禁則をいくつか踏んづけている。

 ヘイヴィアがぷるぷる震えながら呟いた。

「七対八。七対八!? せっかくの合コンだっつーからわざわざ異世界くんだりまでやってきたってのに、何で男女で人数合わせてねえの!? これで男子共同戦線の道は絶たれたぞ、後は血で血を洗う争奪戦しか残ってねえなあもおー!!」

「はいはいヘイヴィアは婚約者がいるのに合コンでうつつを抜かしていますよ、と」

「携帯端末から顔上げてクウェンサー誰にメール打ってるの! てか始める前から蹴落とす気まんまんなのやめて同じ世界からやってきた仲間でしょお!!」

 まずこれが一点。

 まさに最低限の仁義が守られていない有様だが、問題の根はもっと深い。

 答えはバニーガールの猫撫で声を聞けば分かる。

「東川さーん?」

「お前何回復活すんの」

「このペアで異世界召喚されたって事はやっぱり私達って肉体を超えた魂で結びついた仲なんでしょうかねえ。うふふ」

「何でだよお!! 何でせっかくの合コンだってのに最悪の知り合いが真正面に座ってんだ!? てかアトラクションランドは極彩色のデスゲームだったけど可愛い女の子だってわんさかいただろ背中を預けて生還したろ誰か一人くらいなびかないのかようちょっとはご褒美用意しろよう!!」

 これが二つ目。

 男女の間で顔見知りが交じっている、というのもカオスの素だ。しかも運命を操る座敷童の感覚で捉えてみると、すでに恋人や嫁といった因果の連なりすら感じられる者までいる始末。

「なあこれ、誰かと仲良くなれば別の誰かと決定的な亀裂が走るデスゲーム神経衰弱合コンになってないか? シャッフルしたら血を見るから正当コースを貫くしかないっていうか」

 クウェンサーがおどおどとそんな風に言う。

「……、」

「そして目の前にしかめっ面のフローレイティアさん! 俺達の未来は開いているのか閉じているのか、勢い余って一揉みできたら撃たれても良いけど!! わ、脇腹に九ミリまでなら許す。おい誰かこのナイフをガス台で炙って殺菌しておいてくれ!」

 考えてみれば良い。

 暇な日曜日、人数合わせとして悪友の手で急遽ファミレスに引っ張り込まれたと思ったら、テーブル向かいにバイトが忙しくてデートを断ったはずの自分の恋人が座っているのを見た瞬間を。

 地獄だ。

 一見剣も魔法もない平和な時空間だけど、しかし地獄の門はすぐそこに迫っている。

「ヴァルトラウテー、つまり何がどういう事?」

「はあ。これでは頭ごなしに責められんが、心配するでないぞ。……汝を庇護する神として、近づくヤカラは全て斬って捨てる故」

 うん。

 やっぱりこれ、展開次第では刃物のご登場もありそうだ、と座敷童は心にメモる。ここうっかりミスで触れちゃったら人生終わりだなー的な地雷原の嵐になってるし!!

 でもって。

「ふふ、うふふ。あにーうえー?」

「なあーんだおかしな事になっていると思ったらいつものロックオンで世界滅亡ではないか。ふふふ、あーはっはっはっはくそおー!!」

 トドメに『白き女王』である。

 もう理屈とかじゃないんだけど、とりあえずこれで極彩色の世界にならないはずがない。せいぜい業の深い城山恭介に極大のジョーカーを抑えてもらおう。多分あの防波堤が崩れたら黙示録戦争の始まり始まりだ。冗談抜きに並行世界の時系列一本くらいは瓦解しかねない。

 ちなみに右ウィング男子側で両手をぶんぶん振り回す忍(六歳)はさっさとオトナの階段を登りたいらしく、どよめく周囲をよそに開会宣言をしてしまう。

「じゃあごーこんします。始めて始めて!」

「うっ、いよいよどこに誰の地雷があるんだかも分かりゃしない人間ババ抜きが始まってしまうのか!?」

 恐れおののくツンツン頭上条当麻。何でまた合コンなのかと疑問でいっぱいだが、力ずくて突っぱねれば小さな子供が大泣きしそうだし『白き女王』は明確なターゲットを指定して超やる気だし、無理に脱線してもろくな事は起こらなそうだ。

(進んでも戻っても脱線しても絶対ろくな事にならないぞ)

 思わず身構える上条だったが、しかし予想に反して何も起こらない。

 というか、全員の注目を浴びた忍ご本人様が首を傾げている。

「どうしたんだ? 早く始めてー」


 チャンス!! と。


 誰もが思った。忍は合コンに憧れているが、具体的な内容を知らない。今ならテキトーに吹いた話がそのまま通る。

 それはひょっとしたら今すぐ理由をつけて解散させる事で血を見る前に事態を終息させてしまえるかもしれないし、

「ほらぶーぶーつまり王様ゲームっていうのはこの割りばしで作ったクジをみんなで引いてね……」

「ぷきー。ぶーぶーはそもそもハシがピンと来ない。これ何で割っちゃうんだ、この木の棒は占いの道具なのか?」

「全力全開でみんなを奈落に突き落とそうとしてる赤い鎧の姉ちゃんがいるぞっ。誰か止めろォー!!」

 ベアトリーチェの笑顔の提案に本気のデスゲーム経験者東川が総毛立って叫んだが、意外にも賛同意見だけとは限らない。この時すでに秩序と混沌の衝突は始まっていたのだ。

 愛と正義の人ヴァルトラウテは難しい顔をしながら、

「む、むう。いや今すぐ帰れるならこれ以上付き合う義理はないのだが」

「ええー、ヴァルトラウテつまんないよもっと遊んでいこうよー」

 だがしかしうっかり金と欲望の方に着いちゃった少年がごね始めている。

 このままじゃ収拾がつかなくなるのは目に見えていた。合コンどうこうではなく賛成派反対派で直接の掴み合いになりかねない。だってこいつら基本的にバトル系で困ったらとりあえず殴り合ってりゃ魂のコミュニケーション取れるとか本気で考えてる脳筋ばっかりだし。

 クレバーなインテリ系はこうじゃないのだ。座敷童はホストの座に収まった六歳児の籠絡にかかる。

「忍、ねえ忍」

「なに姉ちゃん。チョコ菓子咥える?」

「そういうゲームは覚えなくて良いの六歳! あと何しれっと吹き込んでんだ有害バニー!! ……こほん。そうじゃなくてね、やっぱりこの合コンはお開きにした方が良いんじゃないかしら」

「どうしてだ!? 静粛に、せーしゅくにお願いします。ごーこんは最先端のアソビだからやればみんな笑顔になるはず。だってじいちゃんが縁側から月を見ながらぼんやりそう言ってたもの! 姉ちゃん何が不満なのか言ってみて!」

「だってこのまま合コンを進めてしまうと誰かが誰かと仲良くなって、そうしたら忍と私も別々の人と繋がってしまうかもしれないのよ。忍は私がよそに行っても良いの?」

 んー? と幼い忍はピンと来てない顔で首を傾げて、そして言った。

「それはつまりますます輪が広がってみんな仲良しって事じゃないのか。良かった良かった! んっ、姉ちゃんはもっと外に出た方が良いと思ってたんだー」


 後にはすっげー不機嫌そうな顔で黙る座敷童しか残らなかった。


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 急にあたふたし始めたのは過酷なデスゲーム心理戦を乗り越えた東川守であった。流石にこれを感知できないようでは地獄のアトラクションランドは乗り切れない。

「ちょ、どうどうですよ人外ちゃん? そんなに唇を尖らせなさるな。六歳、六歳の言う仲良しですから!!」

「……忍はね、もう毎朝配達にやってくるニャクリュトのお姉さんとかと唐突にケッコンするとか言い出すお年頃なのよ。つまり恋という字を知っている。その上であっさりジャッジを下したというのなら、あらそうふーんお姉ちゃんが誰とくっついて家を出ちゃっても気にしないんだ忍はふーんふーん(がぽっ)」

「ヘッドフォンでガンガンにロック掛けて内に閉じこもる前にもう一度向き合ってあげなさいよ涙目お姉ちゃん!! 大人気なさが六歳以下なんだけどそんなくだらない引き金で長い髪がざわざわ蠢くくらいに見えない不穏な何かが破裂寸前になってませんかねあんたの周囲! まっ、まさかこれすら見越してホスト役を盛り上げてんのか腹黒バニー!?」

「何の事だか分かりません。いやあそれにしてもギャンブル系必殺の私でも因果律引きずられちゃいそうなんですけど何なんですかねこの引力。幸運の女神系?」

 忍は忍でいまいち危機感が伝わっていないようだった。今世紀最大にほっぺたを膨らませる座敷童の前で首をひねっている。

「姉ちゃん?」

「知らなーい」

「姉ちゃんどうしたのー?」

「忍なんか知らなーい」

 このままじゃラチが明かんからちょっとそっち行こう、と忍が座卓の上へ身を乗り出してそのまんま正座の座敷童の膝の上へ上陸を果たしていく。多分あのまんま組んず解れつごろごろしてれば五分くらいでお姉ちゃんの機嫌も元に戻るだろう。

 一方でにこにこ笑いながらバニーガールは適当にオレンジジュースや炭酸、烏龍茶、話題の乳酸菌が入った白いヤツなんかのピッチャーを座卓に並べている。明らかに陣内家の冷蔵庫から勝手に引っ張り出してきただろうに、気がつけば気配り上手のポジションだ。

「はいはーい。飲み物は行き渡りましたね? チッ、おつまみ関係はポテチとかチョコ菓子くらいか。ボウルにサラダとかあれば小皿使って盛り付け上手なトコ見せてキレイカワイイアピールかませたのに。まあこういう時は一風変わったポテチの袋の開け方で器用アピールをば……」

「……お前が積極的に動いている事自体ちょー怖いんだけど、一体誰に対する何アピールなんだ?」

「うふ、やきもち焼いてくれます? ……いやあ、先の忍少年ではありませんが、よくよく見ればかなりのカルマの持ち主が顔を揃えているようですし、軽くつつけば相当面白いものが出てくるんじゃないかなあと。それこそ『不条理』超えの何かがです☆」

「そういやこいつ対『不条理』系の学者肌でもあったんだっけ。でもやめとけよ、今回ばかりは絶対ヤバい気がするあの白いのとか女王とか虐殺ツインテールとか触るなよほんとに洒落にならないの空気で分かるから絶対やめろよ俺はゼッタイって二回言ったからな!!」

「えと、そろそろ熱湯風呂に突き飛ばす時間ですか?」

 ああっ余計な事言った!! と東川が本気で頭を抱えるがどうにもならない。すでにバニーガールは舌なめずりし、そして白い太陽と関連の深い城山恭介の観察に入っている。

 が、ヤツらはヤツらでまだ全体のカンパイもしてないのに外部不可侵の空間を勝手に作っちゃっていた。

「うふふ。ほらほらあにうえ、かんぱーい☆ こんな日くらい死闘を忘れてレクリエーション始めましょう? やはり白い乳酸菌飲料は正義でございますわね」

「乳酸菌が入ってるだけで良いなら白くする必要は特にないんだけどね。……あと、どっちだってあなたにとっては同じ事だろうが。世界の破滅についてでも語り合いたいのか」

 純愛と殺意がかなーり渦巻いちゃってるあの辺りは空気の重さが違うので、さしものクウェンサーやヘイヴィアもわはーおっぱいツインテールーとか言って単純に鼻息荒げている場合ではなかった。

 というかこいつらはこいつらで真っ先に挑むべきおっぱいが別にいる。

 過去、多くの挑戦者達を滑落と猛吹雪で返り討ちにしてきた伝説の名峰フローレイティア山である。

「……、」

「(おいどうすんだよだんまりだよただでさえ望まぬ強制シチュエーションに放り込まれて近くにガキンチョが何人かいるから煙草も吸えなくてイライラが頂点に達してんじゃねえのかあの爆乳!!)」

「(だが敢えて俺はそこでテクノロジーにすがるよ)」

「(あん? つまりどゆことよ)」

 ことり、という小さな音があった。

 座卓の下で、クウェンサーが隣の悪友との間にある畳に置いたのは、

「(いやあ、軍用の麻酔銃って本当に輝いて見えるものですね)」

「てめっ、ちょ!?」

 ぐだぐだ騒ぎそうだったヘイヴィアの太股に高圧ガスを使って一発無音でぶち込み、瞬く間に寝かせにかかるクウェンサー。

「ん? どうしたクウェンサー?」

「いやあこれお酒が入ってたのかないけないなあ。ここ酒造やってるって話ですしあはははー」

 にこにこ笑顔で狼さんはグラスの中を嗅ぐ仕草をしながら真実を覆い隠す。

 ここまできて無駄死にできるか。

 揉むのだ。揉まねばなるまい。よくよく見れば白い修道女インデックスを除けば今回の女性陣はかなりの山脈。であればもう無理に難攻不落のフローレイティアを狙いに行く必要すらない。彼の頭にはこれしかなかった。どうせ今回も高確率で死ぬんだ、それなら一揉みやってやりましょうよ!!

 そしてまた一つカオスが盤に投げ込まれる。


 ますいじゅう が あれば なんでも できるぞ!