そんなこんなで色々あってとりあえず王様ゲームは封印される運びになった。

 何故?

 ヒントはニコチンの煙と焼肉臭。

 さらに詳細を知りたい人は、両手で顔を覆ってひたすら畳の上をのたうち回るクウェンサー=バーボタージュからヒアリングを取れば良い。誰だってあんな目には遭いたくない。テレビゲームならD判定ギリギリくらいまでいってる。ハナからZ上等の洋モノ軍関係はまったくこれだからであった。

 まあここは妖怪だらけのインテリビレッジだから傷に良く効く薬を持った連中もたくさんいるだろう。かまいたちの三匹目とか。

 幼い忍が傍にいた上条の服をくいくい掴んだ。

「なあツンツン頭の兄ちゃん。ごーこんって次何やるんだ? 何しろ最先端のアソビですもの! こんなもんじゃないはず!!」

「ええっ、パーティゲームそんなに明るくないんだけどな。じゃあ山手線ゲームとかやるか」

 適当に言い合っていた時だった。

 すこーんっ! となんか小気味の良い音が聞こえた。

 みんなが驚いて見てみれば、北欧系っぽい小さな少年がチラシを適当に丸めて細長い筒状にしたものを口元に当てていた。

 近くでは馬鹿でかい灰色の豚がただでさえ巨大な目ん玉をまん丸にしていた。

「ぶっ、ぶー!? 今の何だ!! すごい発明が出てきたけども!?」

「これは吹き矢って言う訳。誰でも簡単に作れるよ」

 どうやら丸めたチラシ筒の中に、同じくコーン状に先を尖らせた紙切れを差し込んで、縦笛を吹く感覚で飛ばしているらしい。これくらいならテープや接着剤がなくても、材料の紙に切り込みを入れて同じ紙片の端を挟み込むだけでしっかり固定できる。ただの紙切れと侮る人もいるかもしれないが、円錐形に鋭く尖らせると先端は結構な硬さになる。鏃としても十分だ。

 だが赤い鎧のベアトリーチェは緑の鎧のヴァルトラウテの脇腹をこっそりつついた。キツネとタヌキみたいな配色の二人は言い合う。

「(……ねえ。北欧圏って吹き矢の文化あったっけ?)」

「(う、ううむ。少なくとも吹き矢専門の軍神には聞き覚えがないが、まあ原始的な仕組みだしどこにでも似たような武器はあるのではないか? 地上の人間が誰に命令されるでもなくしかし示し合わせたように同じような剣や槍を持つように)」

 ツッコミを入れたベアトリーチェ自身、実は吹き矢が広い地球のどこから始まってどう伝来したか分からないので議論は打ち切りである。根っこは日本人な彼女としては、大抵の文化は中国か韓国辺りで発祥して海を渡ってきたか、あるいはシルクロードを辿って遠路はるばるインド、中近東、ヨーロッパなどから伝来したんだろうなあとテキトーに考えるばかりである。

 そしてヴァルトラウテとしてはそれどころではなかった。

「これ、人ん家の壁を面白半分で穴だらけにするでない。そんな事してると天界(ウチ)の主神(ヒゲ)みたいになるぞ」

「そうかー」

 そうかで納得してしまう少年も少年であったが、何しろ相手は眼帯のヒゲなのでしょうがない。せめて極大浮気バカのギリシア神話系ほどではないと信じたいが、北欧の主神もなかなかのヤロウであって人望のなさでは有名なのだ。何しろフリッグって嫁がいながらフレイアに浮気した結果、天界の軍勢の三分の一を持っていかれるほどのバカだし。そのフレイアを巡っては、嫁に欲しいと言った巨人を追っ払うために無理難題を吹っかけるも相手がそのまんま課題をクリアしそうなので慌ててロキに命じて妨害させた結果見事に不正が発覚し、怒った巨人を見て今度は息子のトールに命じて殺しに行かせるほどの、つまり要約すると『浮気相手となる女を手放すのが怖くて実子に殺しの罪を負わせた』頭にドがつくクソ馬鹿野郎だし。

「でもぶーぶーはこのフキヤっていうのやってみたい」

「じゃあ的もちゃんと作ろう? 壁に当てなければヴァルトラウテも怒らないよ」

 どすっ、とバニーガールが座卓の下で東川の足を軽く蹴った。

「痛って。何だよ」

「あら。艶(なまめ)かしぃーく両足で絡みついた方がよろしかったですか?」

「ただより怖いものはないからやめて! お前相手に借りとか絶対作りたくないっ!!」

「それより、せっかく吹き矢の的作るなら次のゲームはあれで良くないですかね? 的のトコに命令を書き込めば楽しいパーティゲームの始まり始まりになるはずですよ」

 そんなこんなであった。

 ひとまず東川がカードサイズに裂いた紙ナプキンをみんなに配って『命令』を書かせる。

 今回の場合はさっきの王様ゲームと違って、当てた人間が直で命令を実行するスタイルになる。よって系統は二パターンに分かれると見て良い。

 自分が当ててしまう事を見越してぬるい、ハッピーな命令を書いておくか。

 あるいは他の参加者が当てると踏んでどぎつい命令を書いておくか、だ。

「ふふ、うふふ。『これを当てたらあにうえと一つになる』と。きゃっ☆ これにてハッピーエンドの段取りが整ってしまいましたわあ」

「命令じゃなくて自分の願望になってる……! ひっ、人の人生を勝手にベットしないでもらえるかなっ!? 奴隷市場で競売に掛けられているような気分になる訳だが!!」

 あたしもあたしも、といくつかの声が追従、同調を始めてしまったからさあ大変。やはり女王はそこにいるだけで周囲を汚染するものらしい。

 ちなみに的は複数のチラシを張り合わせ、細く丸めた別のチラシを柱代わりにして、斜めにボードを立てかけるような格好になった。

 大体の大きさは、忍のお絵描きセットにある画板くらいのサイズだ。……まあ分かりにくいなら広げた新聞紙をイメージすれば良い。

 結構大きい。

『命令』の紙は的の裏側に貼りつけるため、どこを狙えば良いのか事前に予測するのは不可能だ。みんなで地雷原に飛び込んで泣いたり笑ったりするしかない。

 吹き矢自体は子供でも簡単に作れる構造で、チラシもいっぱい余っていたので、使い回す必要は特になかった。みんな自分で作ったマイ吹き矢を常備している。

「(チッ……)」(白き女王)

「(上手くいけばぶーぶーと間接キスになれたものを……)」(ベアトリーチェ)

 何気に闇の深さがかの女王級になってる某メインヒロインこと赤い【剣聖女】ベアトリーチェその人であったが、相方は超規格外の灰色の豚なのできっと大丈夫だろう。あにうえといい豚といい、頑丈過ぎる殿方はかえって女性を安心して寄りかからせた結果、根っこをダメにしてしまうのかもしれない。

 誰から順番に吹き矢を吹くかでまたも軽めに揉めたので、コーン状の鏃に蛍光マーカーでラインを引いて見分けがつくようにした上で、全員揃って同時に撃ち出す方式を採用する羽目になった。

 そして明らかに透視していると思しき『白き女王』が瞳を爛々と輝かせたまま引き裂くような笑みを浮かべていた。

「あにうえと一つになるっ、あにうえと一つになるっ」

「んっ? 白い姉ちゃん、なんか欲しいのあるのか。なら俺も応援する。がんばれー」

 相変わらず人外系の琴線を知らずにつつく六歳の忍に、『白き女王』のテンションももう止まらない。

「うふふふふ! なら祝福には返礼を与えましょう幼な子よ。世界を構築する四つの力を同時に断裂するシロキプロシヨウノカミソリを受け取りなさーい☆」

 剣でも槍でもなく、武器としての合理性を無視してまでわざわざ業務用大型カミソリにした辺り……大変に厨二心を理解していらっしゃるご様子の女王陛下。

「ん? おヒゲがないけどどうしよう???」

 一方で下手するとブリテン統一を果たしたあの聖剣と同クラスの最強装備をあっさりゲットするも、あっさりし過ぎていまいち価値が分からずに首を傾げている忍。

 ……こいつはひょっとしたら、巷で話題のあにうえもこれくらい純粋と書いてバカと読むだったら世の中はフツーにらぶらぶで平和だったのかもしれないが、詳しい思考実験はまたの機会に。

 今はとにかく吹き矢大会である。

「じゃあ行くぞっ。みんな吹き矢を構えて構えて。合図で一斉にやるからな。一発勝負だから待ったなしだ」

「……ぶつぶつ。僕が女王のご褒美を奪えば。『あにうえと一緒になる』を僕自身が奪ってしまえば何ら変化は起こらないはず……」

「もうっ。それじゃあ世の中は沈殿していくばかりでつまらないでしょうあにうえったら! もっと世界を攪拌して変化をもたらさなくては!!」

 下手すりゃ月面か火星でアミノ酸が偶発発生して新たな生態系が生じるのではと言わんばかりの女王の言い分だったが、もう時間は差し迫っているのだ。

 せーのっ、と六歳の忍が音頭を取った。


 すたんすたすたタターン!! と。

 横一列に並んだ野郎どもが一斉に吹き矢を解き放ち、手製の的へぶち当てていく。


「おっ」

 自分で放っておいて、上条はちょっと感心したように呟いていた。

「やればできるもんだ。みんな当たったみたいだな」

「どれどれ。裏面のオーダーシートはどうなっていますかな、と」

 バニーガールが裏に回って覗き込もうとしたのを見て、城山恭介が慌てて提案タイムに入る。

「あっ! それが許されるならばあなたの手を煩わせるまでもなく僕がこの手で確かめ……っ!!」

「おっとあにうえ、的に近づいて小細工を弄するのはナシでございますわ。例えば、そう、誰も確かめていない裏面のオーダーシートをこっそり貼り替えて都合の悪い命令を回避するような姑息な手は、でございます☆」

「ヴぁーヴぁー!!」

 背後からのにこやかスマイル羽交い締めで決して小さくはない胸を愛しい男性の背中に押し当てて猛烈アピールする『白き女王』。対する城山恭介はあと一歩でノアの方舟に乗せてもらえなかった人みたいに暴れ回っているが、もうどうにもならない。そもそも他参加者に周知されたイカサマなんぞに出番はないのだ。

 良くも悪くも公平すぎるデスゲーム審判役のバニーガールが吹き矢の的をひっくり返し、裏面を眺めながら告げる。

「じゃあじゃあ発表しますよー?」

「そもそもみんなどんな命令を書き込んだというんだごくり」

 上条が人並の感想を漏らすが正直毒にも薬にもならなかった。だがこういう人も社会の潤滑油として必要なのだという事実もどうか覚えてやってほしい。とんがっているだけが才能ではないのだ。ツンツン頭だけど。

 城山恭介はごくりと喉を鳴らして、

「ち、ちなみにみんなはどんなお願いを書き込んだのかな千載一遇のチャンスだもちろん『当たったら女王は死ぬ』で全員一択だよねラストアンサー!?」

「そんな殺伐としたのはそなたくらいだ」

「ぷきー。ぶーぶーな、みんなの悩みがなくなりますようにってお願いしておいた」

「そういうアバウトなリクエストが一番おっかねえんだよ気づけよもォォォおおおおおお!!」

 いよいよ本格的に頭を抱える恭介だったが、いくら一騎当千の彼とて女王が直接絡む歴史までは変えられない。

 東川は恐る恐るといった調子で、

「てか話戻すけど、純粋に他のみんなはどういうお願いを書き込んだんだ? もしよろしければ教えてもらえると助かるんだけど……」

 そして上条が続いた。

「ええっ、それってどうしても言わなきゃダメか? せっかくのお楽しみ要素なのに。俺はその、何となく身長があと五センチ伸びないかなーっとかそんな感じだけど……」

「一見ほのぼの風だけども具体的に何がどうなるか全く想像してねえだろてんめぇこのクソ馬鹿野郎! ちなみに『白き女王』にそのまんま任せると頭とお尻を掴まれてそのまんま上下に引き延ばされて背骨の軋みごとムリヤリ身長アップの未来が見えるよいやっはー!!」

 もう城山恭介は全力の泣き笑いであった。

 いっそここまでの泣き笑いなら一周回って相思相愛なんじゃねーのと誰もが考えたがもちろん口になんて出せる訳がなかった。下手すりゃここでハルマゲドンが巻き起こりかねないのであった。

 ちなみに他の参加者の『願い』はと言えば、


「とにかくお菓子がいっぱい食べたいんだよ!!」(インデックス)

「私はただ有用な実験結果さえ手に入れば」(バニーガール)

「ぶーぶーを独り占めしたい」(ベアトリーチェ)

「もう忍が無茶な事言い出したりしませんように」(座敷童)

「モテ☆たい!!」(東川守)

「どうか色とりどりの色鉛筆が手に入りますようにっ!」(陣内忍)

「ヒゲ死なねえかなマジで」(ヴァルトラウテ)


 そして『不殺王(アリス(ウィズ)ラビット』こと城山恭介の堪忍袋の緒がついにぶち切れてしまわれたとさ。

「おめえらそこは『白き女王』死んでくださいだろおマジでわざとスカした答えで外しにかかるとかいらないんだよ今はーァああー!!」

 そんな事より言われちゃっても歴史はすでに動いているのだ。全部決まっちゃった後にこんな異議申し立てをされてもみんな困ってしまう。

 ツンツン頭は首をひねり、

「ちなみに『白き女王』って何が当たったんだ?」

「うふ、うふふ、ふふふはは!! このぱーふぇくとなわたくしが『あにうえと一つになる』以外の一体何を引き当てると思いまして! ほーっほっほっほっ!!」

「たっ、たとえ、たとえ時間を巻き戻してでもこの結果を覆さなければ……!」

「あら。たとえ一〇〇万回繰り返しても何も変わらないというのに。女王の選択は因果律の濁流如きに押し流されるものではない事くらいお分かりのはずでございますよね、あにうえ?」

 ぞっと。

 何故だかその言葉に背筋に冷たいものが走ったのは、城山恭介本人ではなく傍で聞いていた座敷童だった。

 何だろう。

 運命を操る者の端くれが、その存在意義を危ぶんでいるのか。今のは聞き捨てならないというか、全員を乗せた列車があったとして、ここで何か取り返しのつかない方へレールが切り替わってしまったような。

 ヴァルトラウテも自分のこめかみに人差し指を押し当てながら、何やら半ば呆れたように呟いていた。

「……ああ。なんか明らかに一人だけ鏃の軌道が直角に折れていた者がいたからな」

 おぼぼぼー!! おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼーん!! という大絶叫が響き渡ったが、起きた結果は絶対だ。どうせ世界の法則なんて全部『白き女王』に引きずり回されているのだという事実をさっさと理解するべきである。

 なんかお茶の間の一角にデカくて白い繭みたいなのができて誰かと誰かが引きずり込まれたようだったが、そもそも正しく認識できる者がいなかった。ここから先は本気の神様ヴァルトラウテをも超える女王の瞳がなければ追い着けない!

 そして危機感に乏しいツンツン頭が首をひねっていた。

「うわっ、『ヒゲ死なねえかなマジで』に当たってる。こんなのどうすりゃ良いんだ……」

「マジかひとまずヒゲとぶつかってくるがよい! 汝の不可思議な力であればヒゲ本人はやれずとも周りの財宝系を粉微塵にするくらいはできようぞ!!」

「……ちなみにそのヒゲって?」

「オティヌスに一切歪みが発生しなかった全力全開バージョンだと思ってもらえれば結構なんだよとうま」

「さあ今度は何億回の破滅に挑む羽目になるのかなっ! あんなのもうやだよお!!」