かんぱーい、と。
幼い忍がグラスを持ち上げた事で、何となく個別にだらだら話していた段階からいよいよ全体のスタートが切られる。
さあさあ世にも奇妙な合コンの始まりです!!
「飲み食いなら任せておいてなんだよ!」
「ぶー、だがそこに挑戦者が現れちゃう訳。というかこのパリパリ何だ、未だかつてない味がする!」
インデックスとぶーぶーは目の前の食べ物しか興味がないようだった。座卓の上に広げたポテチやチョコ菓子などを鷲掴みにしている。
その食いっぷりを見ているだけでげんなりしているのはみんなのアニキ上条当麻である。
「……ていうか何で四メートル弱の豚とそのまんまタメ張ってるんだこの小さいのは。むしろそっちの方が驚きだぞ」
「てか、あれ? 小さいって言えば、一番ちっこいのが何人かいなくなってませんかね」
バニーガールの言う通りだった。先頭で旗を振ってはしゃいでいた忍なんかが消えてる。
そして座卓の下から声があった。
「はー……何だか狭いトコが落ち着くなあ」
「んっ、秘密基地感覚!」
わっ、とヴァルトラウテがその場で軽く飛び跳ねた。
足元になんかいる。どうやら北欧系の少年も引っ張り込んでいるらしい。
「まったく汝らは一体何をしているのであるぞ……」
微笑ましくもあるがヴァルトラウテ含め女性陣の中にはスカートの者も少なくない。そうすると、その、困るのだ! 座卓の下に潜られちゃうと諸々の防御力的な問題が!!
「そうは言われてもここがジャストスポットだから!」
「ヴァルトラウテもこっちに来れば良いんだよ」
呆れ半分で座卓の下を覗き込んでもガキンチョどもは悪びれもせずにそんな声しかかえってこない。
が、ここでバニーガールが爆弾を投げ込んだ。
「……おや無罪放免でよろしいのですかな神?」
「いかにも私はガチの女神だが一体何の話をしている」
「いやあ、座卓の下には男の子が二人潜っていますが、どちらも小さいという理由だけで見逃してしまうとあなたの根幹、コアの部分にがっつり影を差しそうと言いますか。……ぷっくく、結局ショタなら誰でも良いのかよになりかねないような……」
「はっ、はぐう!?」
背中を刺されたような声を出す戦乙女であったが、
「んー? どうしたんだ金色の姉ちゃん」
座卓下では相変わらず一二〇%無防備で小首を傾げる六歳の忍。
一緒になってヴァルトラウテも首をひねっていた。ただしこちらは全身から脂汗を浮かばせながら、
「い、いやでも女神の本気で打擲すると真っ赤な花みたいになりかねないっていうかそこで無理に裁定を厳しめにする必要もないのではないかなほら公正平等な神としては私情を挟んで本来あるより苛烈な罪を与えるのもおかしな話ではあるのだしへへえへへ」
そして横でジャパニーズセーザに挑戦していたフローレイティアが普通に言った。
「良いから二人共出てこい。足元に菓子を引っ張り込むな、チョコとか砂糖は溶けるんだ」
はーい、と叱られてすごすご男子ウイングに戻っていく二人を見て、ヴァルトラウテの全身がピシィ!! と凍りつく。
「せ、正解は両成敗、だと!? というかそもそもここでいちいちぐるぐる考え込む方がおかしかったのか私どうかしてんじゃねえのか……!?」
おっ、ここまだまだ掘れるな、と目を輝かせるバニーガールに大学生東川守が座卓の壁を越えて本気で掴みかかろうとする。それは合コンマスターダイガクセイでなければ到底許されない領空侵犯であった。
「お前神様イジるとかおっかなくないのか高次生命から天罰受けてトンデモ結末に陥ったあのダーク極まる過去をもう忘れてんじゃないだろうなっ!」
「だーいじょぶですよう。……何しろ私、別の時空ではヴァルキリーとして再誕してんですから。ギリシャやインドはともかく、同じ北欧繋がりで遠慮する必要はありませんよねえ(ニヤリ)」
「俺の知らない所で何やってんの! また反則ばっかりのお騒がせデスゲームのホスト役とかじゃねえだろうな!?」
詳しく問いたださなくてはならないところであったが、バニーガールは他のメンツに呼ばれてどこかへ行ってしまう。
揉めてんのはツンツン頭と白い修道女であった。
「ここのっ、このゾーンのお菓子は全部私のなんだよ!」
「今さらキサマの食い意地についてどうこうは言わん。だが黒いクッキーサンドことノレオさんを分離して食べるそのやり口だけは黙っていられんなインデックス!! どうしていちいち開けちゃうのっ、一緒に食べれば良いでしょ!?」
「ええー、余ったのも後から食べているからお腹の中では同じ事なんだよ。……ていうかノレオさんはまん丸クラッカーのミッツさんと同じラインのカスタム前提お菓子なんだからそのまま食べてもそんなに美味しいとも限らな……」
「龍の逆鱗に触れてしまったようだなインデックス。久しぶりにやりますか、『自動書記』モードを出すなら今しかないぞ」
あのうー、と呼ばれたバニーガールは小首を傾げた。
「つまり私に一体何をしろと?」
「なんか適当にゲーム考えてっ! シユウを決するためにだ!! 我こと怒れる龍はノレオさんもミッツさんもそのままイケてる人類の至宝である事を証明せねばならぬ!!」
「えっ!?」
きゅんっ! とその瞬間バニーガールの胸の真ん中に見えない何かが集まり、両手をその大きな胸の前で合わせる。まるで提案者上条を神に捧げる生贄の祭壇を拝むようにしながら、キラッキラに瞳を輝かせて彼女は身を乗り出してくる。
「良いんですか本当にこの私でっ!! な、ならそうこここここの胸元にアイデア帳がこのピンクの付箋のトコええとえとそう合コンからヒントを得た会心の新作革命付き王様ゲームなんていうのをずっと温めてきてましてねえ私やだどうしよう……!!」
「それ良いな」
「私の時代再び!!」
「なら普通の王様ゲームでケリつけよう」
「ヴぁッッッ!?」
クラスの使えねー担任に揉まれて尖った所全部削り落とされ、個性もへったくれもなくなった文化祭企画を見るような顔でバニーガールがストンと真下に落ちた。ああもカンペキに可憐が灰になるのも珍しい場面である。
口から魂の抜け出た可憐を見て思わず東川がケータイで雑な心霊写真を一枚撮っていると、細長い座卓の両ウイングからベアトリーチェとぶーぶーが輪に加わっていく。
「ぶー。王様ゲームなら割りばしくじがあるぞ。正直、この遊びはベアトリーチェと二人きりだとあんまり意味ない気がしてた」
「あっ!? い、良いんだよぶーぶーこの王様ゲームは私とぶーぶーが延々と二人きりで遊んで誰が何をどう命令しても必ず私とぶーぶーが指名されるようにしていれば……!!」
とんでもない策士がいた訳だが、上条は上条で首を傾げる。はて、灰色の豚はさておいて、この赤い鎧の姉ちゃんは一体どこの所属なんだろう。何というか現実味がない。見た目は人間っぽいけど、神様枠らしきヴァルトラウテと並べても何ら違和感はないので要注意である。というかオティヌスといい彼女達といい、女のカミサマってのは肌色が好きなのか。
(まあ神様級の腕力があろうが何だろうが王様ゲームなら命令は絶対な訳だし……)
あんまり深くは考えず、上条はメンバーを募集してしまう。
「それじゃー王様ゲームやる人こっちに集まれー」
「あら。何だか面白そうな試みでございますわね。わたくし達も戯れに参加してみましょうよ、ねえあにうえ?」
ぞわり、と。
何でもかんでも処刑ルールを加えたくなるバニーガールが関わるよりなお苛烈な予兆。血の海の端、現実という砂浜で寄せては引いていくその波が静かに海面上昇しお茶の間を飲み込もうとしていた。
あの『白き女王』である。
にこにこ笑顔で何考えてんだか分かりゃしない真正の悪鬼が王様命令権を手に入れようとしていらっしゃる。じゃあ五番が地球を真っ二つー☆ 程度の迷言ならいつ飛び出してもおかしくはないお方が。
だがみんなの頼みの避雷針城山恭介はと言えば……。
「(……今ならいける腕力や神秘は関係ないたった一度王様になればそう確率と統計で考えれば良い一回くらいはあるはずそして女王に死ねと命じればそれだけで世界は救われるはずそうこれは千載一遇のチャンスなんだ頑張れ僕ここは笑う場面だ……!!)」
ああダメだ、とクウェンサーや東川は静かに考えた。さっきから俯いてぐるぐるおめめ、完全に泥沼にはまって負けを取り返そうとして周りが見えなくなっているギャンブラーの思考である。大体、運良く王様を当てたとして、女王が何番のクジを引いたかどうやって調べるというのだ。下手するとあの死の命令はこっちに飛び火してくる可能性も否定はできない。
「やれるやれる僕はやれる!!」
「ええもちろん。何しろ天の才持つあにうえならば何だって思った通りに成就いたしますものね☆ わたくしも一つ上のステージから応援しておりますっ」
「おのれ上から目線め、今に引きずり下ろしてくれる忌々しい女王がっ……!!」
……もうこのツインテールはこうやって褒めて伸ばして高度な教育でも施しているんじゃあるまいか、と勘繰りたくなるほどの煽り嘲り猛プッシュであった。いつの世も男女の関係は複雑なものだが、多分愛されている事は愛されているんだろう。
そんな訳で。
「「「おうさまだーれだっ!!」」」
ついに。
ついに始まってしまったのであった。
クエスチョン。
誰かが誰かの嫁である。だが運任せの王様ゲームに人物相関図は関係ない。この場合、二番が三番にきすー☆ とかうっかり出ちゃったら何がどうなるか。
アンサー。
下手すりゃ一発で刃物がキラリである。
そして先っぽに雑な王冠のマークが描かれた割りばしクジを天に掲げた国王クウェンサーが言い放った。
「じゃあ三番が王様にキスで」
加減ってもんを知らねーのかテメェ!! と東川が絶叫しかけたが、ルールはルールである。
王様確定の自分までオーダーに巻き込むという事は、クウェンサーは周りを盛り上げるのではなく自分が楽しむ人種のようだ。ある意味で非常に正直である。だが今回の割りばしくじは男女入り乱れての完全ランダム。右にツンツン頭左に四メートルの豚がいる状況で随分大きく出たものだと東川は思う。
片手で下端を覆って割りばしの番号を確かめる。とりあえず六番の彼は良くも悪くも蚊帳の外だ。
(まあ大体こうやってがっつくヤツには統計の神様が天罰を下すもんだが……)
さてどうなる、と観察者の目で東川が様子を窺っていると、場に動きがあった。
すっ……と。
静かに手を挙げる者がいたのだ。
そう。
とんでもなくイヤそーうな顔をしている銀髪爆乳の高級軍人、フローレイティア=カピストラーノその人が。
「そんな……」
ガタッ!! と座布団から腰を浮かしそうになったのはむしろ傍で見ていたギャンブラー東川守その人であった。
「そんな、まさか、そんな!? ありえないだろそんな一発目からの強運!!」
だが確かに舌打ちしたフローレイティアが掌で覆っていた割りばしクジの端を見ると、油性ペンの細いヤツで3と書き込まれている。
「うふふ足を引っ張られなければご覧の通りだったんだ早々にヘイヴィアをねんねの時間にイザナッタのは間違いじゃなかったんだあはははー!!」
それでも信じられない。
まず王様を引くまでで大変なのだ。いいやそこがたまたまの偶然だったとして、同世界出身正統派コースのフローレイティアを一発で引き当てる確率は? 何の何乗だと思ってやがるのだ!?
「そうじゃねえだろそこ普通一発目は欲をかいたら三番はぶーぶーでしたとかそういうオチだろお!!」
「テメェこのクソ大学生唯一無二たるぶーぶーの唇を軽く扱うな【魔法】で焼き尽くすぞッッッ!!」
だがギャンギャン喚く赤い【剣聖女】の言葉も聞こえちゃいない東川。
(……なっ、何だ? トリック……? だとすればどんな手が使えるっていうんだ)
何しろこのクウェンサーという男、見た目はスカート穿いたらそのまま女の子で通ってしまいそうなカワイイ系でありながら時折見せるニヤリ笑いが尋常でなく凄味を生み出す時がある。絶対に命のやり取りをやっている者の目だ。それも日常的に続けるレベルで。
(しんきんぐっ! ぜったい、絶対に何か不正があったはずだ。だってそうじゃないとおかしい。あいつ一人だけ一抜けで美味しい目に遭うとか間違ってる!! ……全員のくじ番号を透かして見る方法がある? そもそも誘導されて選ばされていた? 王様が三番にキス、の宣告後にくじを入れ替える方法は。なっ、何かがあるはずだっ!!)
「東川さーん」
と、頭の回線を焼き過ぎて軽めに瞑想モードに入っていた大学生に、座卓を挟んで真正面のバニーガールが烏龍茶をグラスに注ぎながら笑顔で語りかけてきた。
「多分ですけど、何にもないと思いますよ?」
「そんな」
「どれだけ準備を重ねても、どれだけ袋小路を作っても、時にはどうしようもない偶然の連続が全てを破綻させ、瓦解させ、突き崩す。そういう瞬間、東川さんもご存知じゃないですか」
「そんな、まさか、そんなあ!!」
ならば許すというのか。
王様ゲームのルールそのまんまでただただ同席のヤロウが銀髪爆乳の美女の唇を美味しくいただいちゃうトコを黙って見ていろと? そんなのやだやだもおー!! と駄々をこねる東川だが決まってしまったものはしょうがない。
「忍、突然だけどだーれだっ?」
「わっ、何だ姉ちゃんっ」
そしていざ実戦の前にいつの間にか座卓の男子ウイングに回り込んでいたグラマラスな座敷童が背後から手を回して六歳の忍の目を塞いでいた。ベアトリーチェはベアトリーチェで馬鹿でかいぶーぶーの頭へ囲炉裏にあったドナベを逆さにして覆い被せている。
準備は万端でござった。
「あわ、あわわ、あわわわわ……」
ちなみに動転しているヴァルトラウテは少年へのガードがおろそかで放ったらかしであった。
異論がなければいよいよ始まってしまう。
命令。
三番が王様にキス。
「ああ、クウェンサーその前に一つだけ良いか」
「いやあ何ですかたとえ家族を盾にとられても命令撤回する気ありませんけど!!」
「今さらジタバタはしない。だがその前に一つだけエチケットの自由を許してくれ。せっかくの体験だ、お前もオトナな匂いに包まれた方が嬉しいだろう?」
「はふっ。わふわふ!! ええ、ええ。一向に構いませんよフローレイティアさん女の子のエチケット非常に興味がありますごくり今回はマジなんですねテキトー言ってお茶を濁すとかでなく!!」
……もう不貞寝して屁の一発でもこいてやろうかと思う東川だが、ここで異変があった。
咥えたのだ。
誰が何を?
フローレイティアが今の今まで我慢してきた和風の細長い煙管を、だ。
「ああ。火を入れるからガキンチョどもはちょっと遠ざけてくれ。窓辺の縁側辺りにいれば安全だろう。すまんな保護者達」
座敷童とヴァルトラウテ、さらにはベアトリーチェと上条まで相方を連れてそそくさと移動を始める始末だが、はて?
「ええー? せっかくのクチビルなのに煙草味にしちゃうんですかフローレイティアさん」
「大分刺激的な体験にはなるだろう。そう、それはまるで爛れるようにな。許してくれるかクウェンサー?」
「ごくりそれならそれで良いですけど。ふはは世界の流れって素敵だなあヘイヴィアからのツッコミのタイミング失うと世界はここまでぶっちぎっちゃうんだなああはははは!!」
大層チョーシに乗ってるクウェンサーであったが、彼は核でも破壊不可能な超大型兵器オブジェクトに立ち向かう観察眼洞察力でもって気づくべきだったのだ。
クソ忌々しい顔をしているフローレイティアの頰に、わずかたりとも紅潮の気配がない事を。
「うじうじしていても仕方がない。ではそろそろ始めるかクウェンサー」
「はいっ!!」
「どうしたクウェンサー。このまま情熱的な口づけの時間と洒落込もうじゃないか」
「……はい?」
ようやっと、クウェンサーから疑問系の響きが飛び出た。
そう、銀髪爆乳は未だに煙管を咥えたままだ。これからキスだってのに手放す様子が全くない。
「あの、ええと、フローレイティアさん?」
「何だ」
「こっ、これから唇と唇をくっつけますので、そのうー、細長い煙管があると大変まずそうっていうか……」
「だから、事前に許可は取り付けただろう?」
ギャンブラーは風向きの変化に敏感だ。すっかり不貞寝モードだった東川が再起動する。何かダイギャクテンの風が吹き始めている。そんな気がする。
大学生とバニーガールが注視する中で、フローレイティアはいっそ冷酷に言い放った。
「ほら始めるぞクウェンサー。何しろ王様の命令だ、名誉と血統が全ての『正統王国』としても看過はできん。さあ、やってくれ。『このまま』な。私は逃げも隠れもしないぞクウェンサー?」
「いやっ、でも、このまま唇を接近させるとフローレイティアさんの唇より先に煙草の先端に直撃するっていうか……」
「……、」
「あっ、そのニブいなーって顔……。最初からそれが狙いかよもおー!! 俺ちゃんとゲームに勝ったのにズルとかイカサマとかじゃなくてせっかくの強運で引き当てたのに本来だったら帝王級のすんごい漢らしいあだ名がついてもおかしくない偉業を成し遂げたのにコクシムソー!!」
「分かったよクウェンサー、ものすっごい漢らしいあだ名だな? なら今日からお前はメガチ○コって呼ぶから許せ。正直に言ってスーパー馬鹿馬鹿しいからさっさと先に行こう」
「メガチ○コじゃねえわさてはほんとに殺す気だね!? 待って待って焼けちゃう爛れちゃうほんとに洒落にならないレベルの制裁じゃないですか待って待ってフローレイティアさん謝るからヴァっ、びゃびゃあばばーあああああああああああああああっ!?」