ひきこもりの弟だった 特別書き下ろし番外編


   ◆


 んぎゃぁぁあああー

 啓太が、また泣いている。

 んぎゃぁぁあああー

 暗闇の中、隣の布団から母さんが起き出す気配がした。俺はどうしようもなく眠たくて、意識の端で母さんが啓太をあやすのを聞いていた。

「啓ちゃん、どうしたの?」

「おっぱい? おしっこ?」

「……そう、ちがうの。どうしたの?」

 その声が少し、疲れている。

「どうして泣いているの?」

 母さんが何をしても、啓太は夜を劈(つんざ)くように泣き続ける。

 やがて、

「もう、いい加減にして!」

 母さんが怒鳴った。

 ピタッ、と啓太が泣き止む。

 そして次の瞬間、より大声で泣き出した。

「どうして泣き止まないの! ねえ!」

「うるさいんだよ! 黙れ! 黙りなさい!」

「うるさいっ! 黙って!」

 二人とも、どんどん声が大きくなっていく。

 啓太は声が喉で詰まっているのか、咳混じりのとても苦しそうな泣き方をしている。

 完全に目が覚めて、俺は起き上がった。そして、

 母さん、やめて。啓太を怒鳴らないで。

 言いかけて、何も言えなくなった。

「泣き止んでよ! ……ねえ。お願いだから静かにして」

 母さんも、泣いているからだ。

「……なんで私ばっかり……なんで……」

 母さんの泣き顔を見てしまわないように、俺は布団から這い出した。

 咳込みながら泣き喚く啓太の身体を膝の上に抱き、涎と鼻水、ポロポロと流れる大粒の涙を拭いてやる。

「啓太……啓太……」

 撫でながら、何度も何度も呼びかけ続ける。啓太は泣き続ける。が、泣き声は時間をかけて少しずつ小さくなり、やがて、う、と途切れ、啓太の黒目が、俺を捉えた。

 すかさず俺は、笑顔を作った。

「啓太はいい子だなー、いい子、いい子。よしよし、啓太はいい子だ……」

 やがて、啓太がうとうとしだした。

 母さんはまだ泣いている。

 俺は啓太がすっかり眠り込むまで撫で続け、もうこれで大丈夫そうだ、と思ったところで、そうっと膝の上から布団に横たえた。