第一章 機械仕掛けの相棒 2 ①
目的地のユニオン・ケアセンターは、ゴシック・リバイバル建築の趣ある建物だった。エチカはつい見入ったのだが、そのせいで外壁のホロ広告が反応する。ユア・フォルマがマトリクスコードを自動で読み込み、購入ページのブラウザが展開──全く、邪魔くさい。
どうにも疲れた気分で、運転手のアミクスとともにロビーに到着した。くたびれた外来患者が
「新しい補助官はまだ来ていないみたいだね」
エチカは鼻から息を
「やはり私から、彼のことを詳しくお話ししておいたほうがいいように思います」アミクスが今一度そう言い、「補助官は、名前をハロルド・ルークラフトと言いまして、最近市警から配属替えになったばかりです。髪はブロンドで、背は百八十センチほどの」
「だからいいって。パーソナルデータが見えるから会えば分か……」
エチカはうんざりとしながらアミクスを見上げ──初めてまともに、その姿を認めた。
どこをどう取っても、職人が魂を吹き込んだ芸術作品並みだ。明らかに量産型ではない、金のかかったカスタマイズモデルだった。
「ルークラフトの服装ですが、本日はタータンチェックのマフラーに、メルトンコートです」
エチカはまばたきもできなくなる──目の前のアミクスが、そっくりそのままの
「まさか……」にわかに口の中が渇いていく。「冗談でしょ?」
アミクスは穏やかに
「先ほどは名乗らずに申し訳ありませんでした。私が、ハロルド・ルークラフトです」
アミクスは──ハロルドはそう言い、気さくに手を差し出してくる。
いや待てふざけるな。
「有り得ない。アミクスの補助官なんて聞いたことがない、きみたちの仕事はもっと雑用……」
「確かに捜査機関におけるアミクスの仕事は、証拠保管室の管理や現場の警備などで、事件捜査は人間や分析ロボットの担当です。私の肩書きも公式のものではありません」
アミクスの仕事が雑務ばかりなのは、彼らが産業用ロボットのような効率や生産性ではなく、『人間らしさ』を追求して作られた
そんなアミクスの始まりは、パンデミック
ノワエ社は英国政府による
のちに『アミクス』として発売されてからは、家庭から企業まで幅広く社会に普及している。今や、アミクスの扱いを巡る『機械派』と『友人派』の対立が度々問題になるほどだ。
しかし、周囲の状況を把握して柔軟に対応できるアミクスの『人間らしさ』は、一方で器用貧乏と言える。特定分野の学習深度では、産業用ロボットに到底劣るのだ。だから、専門職としての色合いが強い犯罪捜査は、アミクスよりも
なのに今、目の前のアミクスは、自分を電索補助官だと主張している。
「本当にきみが補助官だというのなら、どうして最初に自己紹介をしなかった?」
「ああ」と、ハロルドが
「え?」確かに見ていたけれど。「それが何?」
「タイトルは、『三番目の地下室』でしょう?」
エチカは思わず目をしばたたく──正解だった。何で分かった?
「まさか、誰かから
「いいえ、誰からも。あなたはエトワールフランス航空を利用したはずです。公式サイトを見れば分かりますが、『三番目の地下室』は機内プログラムのピックアップ作品だ」
「……だから?」
「あなたのようにこだわりを持たない人ならば、もっとも目に付くピックアップ作品の中からタイトルを選ぶのが自然です。しかも職業柄、極度に刺激的な物語にしか引き込まれない。あなたの目は、
エチカはあっけにとられるしかない。「一体何なんだ、きみは……」
「思うに電索官、無頓着なところがありますね? あなたからは、電子
もはや言葉がなかった。絶句するエチカを前に、ハロルドは満足げな笑みを見せる。
「初歩的な人間観察です。私に捜査官としての適性があることを、ご理解いただけましたか?」
冗談じゃない──何だこれは。
確かにアミクスはコミュニケーションを取る上で、人間の感情などを把握できる。だが、ここまでの精度は異常だ。どうなっている?
エチカが困惑を隠しきれずにいると、
「ヒエダ電索官」
ハロルドが、柔らかいが有無を言わせぬ
「事件解決までの間、あなたのよきパートナーでいられるよう努力します」
勘弁してくれ。補助官がアミクスで、しかもプライバシーを把握する能力があるなんて。
「その……、時間が欲しい」エチカはどうにか言った。「上司に電話をかけてくる」
〈ウイ・トトキにホロ電話〉
ケアセンターの外に出たエチカは、迷わず上司のトトキ課長にコールした。気温は先ほどと大差ないのに、どういうわけか寒さを感じない。そのくらい動揺している──ホロ電話は、正しくはホログラフィック・テレプレゼンスと言う。ホロモデルを使用することで、直接相手と会っているかのような感覚で会話できる技術であり、ユア・フォルマの機能の一部だ。
『あらおはよう、ヒエダ』
通話が
『
「すみません」エチカは