第一章 機械仕掛けの相棒 2 ②
『まさか。忙しくて言い忘れていただけよ』絶対に
「それは……」
『ええ分かってる。ヒエダと釣り合うだけの補助官がいないから、能力差に目を
「それがアミクスだと?」全然マシじゃない、と言いたい。「ユア・フォルマとアミクスの人工知能は、そもそもの規格が全く違います。〈命綱〉で接続するなんて不可能でしょう」
『HSBコネクタとUSBコネクタを同時に使った、特殊な〈命綱〉を用意してある。接続可能よ』
「だとしても処理速度が釣り合いません、あっちの回路が焼き切れるはずです」
『彼は特別だから大丈夫』
「カスタマイズモデルということですね? まさかあれを、わざわざ発注したんですか?」
『彼はもともと、ペテルブルク市警の刑事部にいたアミクスよ。今回の事件を捜査するにあたって、支局に転属させただけ』本当にそうだろうか、と
「でも今、特殊な〈命綱〉を用意したと言いましたよ」
『必要な投資よ。あなたのためだけじゃない、これは将来多くの電索官にも役立つわ』
いつか、補助官の仕事をアミクスが
『ヒエダ。彼の演算処理能力は、あなたの情報処理能力と釣り合う。数字が証明している』トトキは諭すような口調になり、『総会からは、あなたを切り捨てる提案もされたわ。でも私は突っぱねてきた。あなたは逸材なの。世界最年少で電索官になったのが、何よりの証拠よ』
世界最年少の天才電索官──過去に、一時ではあるがメディアが騒いだことを思い出し、苦い気分が蘇る。自分がこの仕事に就いたのは三年前。飛び級で高校を卒業したばかりの、十六歳の時だった。『天才』の響きは重たかったが、皮肉だとは微塵も感じていなかったあの頃。
初めて補助官の脳を焼き切った日に、全てが変わってしまった。
『それにこの方法なら、人間の補助官を傷つけずに済むわ』
確かにこれは朗報だ。その一点を持ち出されれば、あらゆる反論を
『それでも嫌だというのなら、一人で潜って戻れる能力を身につけることね』
「不可能です。誰にもそれができないから、パートナーシステムが採用されている」
エチカのような
『納得してくれるわね?』
トトキに一切譲るつもりがないことは、明らかだった。もちろんエチカだって、はなから拒否できるとは思っていない。何よりも、彼女は総会から自分を守ってくれたのだ。真っ当な大人なら、
だがその代償が、アミクスのパートナーか。
エチカはトトキに無礼を
これまでの補助官に例外はいなかった。
アミクスに取って代わったところで、そう簡単に
「ヒエダ電索官、随分と長電話でしたね」
ケアセンターの入院病棟は暗く、古くさい匂いが立ちこめていた。人間の医師に先導されて、エチカはハロルドとともに廊下を歩く。時折、見舞客や看護アミクスとすれ違う。
エチカは突っぱねた。「だから何?」
「言わずとも分かりますよ、パートナーの交代を申請したんでしょう?」
「違う」とっさに答えてしまう。しまった。「そこまでは、言っていない」
「それはよかった」ハロルドは
気付かれていた。喉を突かれたような気分になる。先ほど取った態度を思えば無理もないが、面と向かって指摘されるとさすがにやや気まずい。
「きみには悪いけど、まあ……その通りだ」
「構いませんよ、そういったことはあまり気にしません。きっかけは何です?」
「プライベートなことは話さない。今後もそうして」
「なるほど、ストイックな方は嫌いではありませんよ。尊敬できますから」
「いや……」何なんだ、はっきり言わなきゃ分からないのか?「つまりわたしは、きみと仲良しごっこをするつもりはないと」
「あの……すみませんが、そろそろ感染者について詳しくお話ししても?」
はたとする。前を行く瘦せぎすな医師が、こちらの無駄口に非難がましい目を向けていた。
「失礼」ああもう頭を切り換えないと。「二日前に、最初の感染者が搬送されたんでしたね」
「そうです、今朝の段階でうちに入院しているのは十二人。バレエアカデミーの生徒さんが半数を占めていて、全員が低体温症で運び込まれました。ひどく吹雪いていると言ってね」
医師が窓を顎でしゃくる──空は薄ぼんやりとした明るさをまとい、寝ぼけ眼みたいにすっきりとしない。
「感染者の頭の中では吹雪なんです」エチカは言い、「共通の幻覚は今回の知覚犯罪の特徴だ」
知覚犯罪は、ユア・フォルマへの電子ウイルス感染によって引き起こされる。今回の連続事件においては、今月上旬にワシントンDCで最初の事例が確認され、以降はパリ、サンクトペテルブルクと単発的に発生していた。
感染者に共通する症状は、
「僕も患者を診て過去のニュースを読みましたが、新種の自己増殖ウイルスだそうですね」
「ええ、しかもユア・フォルマのフルスキャンを使っても検出できない。今、開発元のリグシティが分析チームを立ち上げて、調査にあたっています」
今のところ、この新しいウイルスについて判明していることは二つだけだ。
一、一人の感染源から、ユア・フォルマのメッセや電話などを通じて感染が広がる
二、ウイルスには十五分ほどのごくわずかな潜伏期間があり、感染力を持つのはその間だけ
──感染力に至ってはウイルスの問題というよりも、発症後はユア・フォルマが動作不能に陥るため、必然的に広がりようがなくなるという道理だ。
現状、ウイルスを除去する手段はまだ見つかっていない。対処法は限られており、動作抑制剤によってユア・フォルマそのものの機能を止めるか、摘出手術でユア・フォルマを取り除くかの二択だった。
「だが吹雪の幻覚はまだしも、幻の雪で体が影響を受けるというのがどうにも……」
「
「というのは?」
「簡単に言えば、人が思い込みで死ぬことを証明した実験です。被験者は、目隠しをした状態でベッドに縛られます。医者は『血液のうち三分の一を失ったら死亡する』と伝えてから、被験者の足の親指にメスを入れる。ほんの少しだけ。で、血が一滴ずつ流れ出すわけですが」
「実際はメスなど入れておらず、血だと思っていたものはただの水滴だった」ハロルドが勝手に、続きを拾う。「実験では一時間ごとに、被験者に
エチカはややしかめ
「以前、ネットで見かけたことがあるのです。我々は一度見たことは忘れませんから」
「ああ、うちの看護アミクスもそうだよ。大事なカルテのデータがバックアップごと飛んだ時も、