第一章 ありふれたヒモの日常 ⑤

 泥棒か? と身構えた途端、扉をノックする音がした。


「冒険者ギルドの使いの者だ。開けてくれ」


 返事をしないでいると、もう一度扉をノックしてきた同じ文言を繰り返す。俺はため息をついた。音がしないように気を配りながら木窓を開ける。

 俺の部屋からは玄関の扉が斜め下に見えるようになっている。目を細めながら来訪者を確認する。黒いフードに頭をすっぽりかぶった男が二人、玄関に立っている。一人はランタンを手に、扉をノックしている。声色を変えてはいるが、さっきの二人組だとすぐに分かった。俺は今後の方針を考えた。階段を下りて、扉越しに話しかける。


「何の用だ」

「大変だ。姫騎士様が『迷宮』でケガをされた。お前に会いたいとおっしゃるので呼びに来た。すぐに来てくれ」

「了解だ」俺は言った。


「すぐ支度する。待っていてくれ」


 俺は階段を駆け戻ると、姫騎士様の部屋に向かう。鍵はかかっていない。

 ロウソク片手に部屋の中をあさり、失っては困るもの、見られてまずいものを麻袋に詰め込む。軽いので非力な俺でも背負うことができた。やり残したことはないか確認すると、下に戻り、台所の勝手口から外に出た。

 用心していたつもりだったが、存外に勘がいい。玄関の方から駆けてくる足音がした。俺は足もノロマに。まともに追いかけっこをしてはあっという間に追いつかれるだろう。だが、勝算はあった。この辺りはお偉方が大勢住んでいるため、衛兵が重点的に見回っている。さっき色黒たちに見つかった件も考えれば、深追いはして来ないだろう。案の定、角を二つ三つ曲がると、足音は途絶えた。

 けれど油断は禁物だ。まだ待ち構えているかもしれない。今夜は戻らずに酒場で夜を明かすとしよう。

 今頃、家捜しされているかもしれない。あのオークの金玉を顔とすげ替えたような二匹が、姫騎士様の寝室に踏み込んで、シーツの臭いを嗅ぎながら股間に手を伸ばしているかと思うと胸が焼けそうだ。ほかの部屋もこじ開けられているかもしれないが、そちらはあまり心配していない。地下室への扉はしろうとにはまず見つからないし、物置には金目のものはあまり残っていない。半分以上はすでに二束三文のがらくたとすり替えてある。こんなこともあろうかと、ひそかに合鍵作って忍び込んだがあるってもんだ。酒代やしようかん通いやそのもろもろに消えてしまったが、賊のふところに入るよりはナンボかマシだろう。


 夜が明けた。

 街に人通りが戻ってきた。見張りが付いていないのを確かめて、俺は家に戻ってきた。

 行きがけの駄賃とばかりに荒らされているかと思っていたが、二階まで踏み込まれた形跡はなかった。玄関の扉にいくつか傷が付いているだけだ。根性なしめ。物置の扉までぶち破ってくれれば、すり替えた分をあいつらのせいにしようと思ってたのによ。

 あくびをかみ殺しながら眠気の取れない頭で今後の対策を練る。

 連中は俺の命を狙っている。一晩に二度も狙ってきたんだ。三度目も必ず来る。かといって 逃げるつもりはない。俺にはお留守番という使命もある。誰かに助けを求めるつもりもはないが、今か今かと待ち構えるのも神経をすり減らすだけだ。予定では明後日あさつての夕方には姫騎士様も戻ってくる。できるならそれまでに片を付けたい。

 幸いにも心当たりはある。

 俺が向かったのは街の中心部だ。そこには『せんねんびやく』への入り口と、冒険者ギルドがある。


 冒険者の取引先にして管理団体、それが冒険者ギルドだ。

 あちこちの街にあって、ギルドに所属する冒険者にはその実力と功績に応じて、星が与えられる。最高で七つ星。星の数が多いほど、冒険者の間ででかい顔ができる。

 要するにいぬに首輪を付けて、首輪の派手さを互いに自慢し合わせているのだ。

 誰が考えたか知らないがく出来ている。きっと俺と同じくらい頭の切れるやつなのだろう。

 冒険者ギルド『灰色の隣人グレイ・ネイバー』支部の門をくぐると、正面には城のように頑丈そうな三階建てが見える。実際、いざという時にはろうじようできるようになっている。その隣には職員の詰め所や、倉庫や買取場が立ち並ぶ。『迷宮』には時折、キテレツなものが落ちている。地上では手に入らないような貴重で希少なシロモノを買い取る。ギルドではこういう珍品や貴重品を冒険者から買い取り、こうや業者に売りつつ、連中の鼻を高くする。その利ざやがギルドの収入になる。

 正面の建物に入る。

 入り口の右側に長いカウンターがある。受付にはごついおっさんや、顔に傷のある男が冒険者を射すくめるようににらんでいる。

 その性質上、冒険者の大半は男だ。ギルドもそれを見越してか、受付には物腰の柔らかな女を置くところが多い。だが、中には受付の姉ちゃんをテメエの女と勘違いして、お下品な言葉を吐いたり、商売女と勘違いして堂々と口説いたり、ひそかに後を付けて手込めにしようとするやつまでいる。そういう柄の悪い地域では逆にこわもて連中に受付をやらせ、数少ない女たちは事務や金勘定といった奥の仕事を振る。その辺りはギルドを管理しているギルドマスターの裁量だ。悲しいことにここの受付はこわもてぞろいだ。カウンターは空いているが、話しかけただけで殴られそうなので正直遠慮したい。と思っていたらちょうどいいのがいた。


「よう、おちび」


 カウンターの奥に声をかけると銀髪の少女が振り返った。黒地のワンピースに腰を革のベルトで巻いて、くびれを作っている。としは十三、いや十四だったか。目鼻立ちの整った、将来有望な女の子だ。今でも十分かわいらしいが、別にそっちの趣味があるわけじゃない。ただ、一番近くにいて、一番話しかけやすいからだ。

 おちびは俺をちらりと見た。一瞬頰を膨らませると、また手紙に目を戻した。


「無視するなよ。おい」


 俺は爪先程の小石を拾い、放り投げる。背中に当たった。


「ちょっと、やめてよ」


 声を荒らげながらカウンターまで駆け寄ってきた。


「見てわからないの。ワタシ、忙しいの。ジャマしないでよ」


 イスに座って手紙を読んでいただけじゃねえか。


「誰からだ?」

「マシューさんには関係ないよ」


 つれないねえ。まあ、聞かなくても誰から届いたかはわかる。締まりのない顔しちゃって。


「あと、おちびでもないし」

「わかったよ、エイプリル。悪かった」


 少女のプライドを傷つけたことは素直に謝罪する。荒くれぞろいの冒険者ギルドには似つかわしくない少女だが、その気になれば冒険者どもの首を飛ばす力を持っている。ギルドマスターのかわいいお孫さんだからな。


「この前、お前さんに腕相撲で負けたのが悔しくってな。それで子供みたいなマネしちまった。済まなかった。大人気なかったよ。許してくれよ」


 仕方がないなあ、とエイプリルが苦笑する。


「騒ぎを起こさないでよ。ワタシだってそうそうかばいきれないんだからね」

「へいへい」


 祖父の職場を遊び場と勘違いして、しょっちゅう顔を出す。職員として働ける年齢ではないのだが、たまに字の読めない冒険者に字を読んでやったり、代筆なんかもしている。手伝いのつもりだろうが、ほかの職員はそのたびに顔を青くしている。愛らしい顔にかすり傷でも付けば、自分たちの首が切られるからだ。どちらの意味かは、ご想像にお任せする。


「そいつは手紙だろ? あとで俺にも読ませてくれよ」

「えー、どうしようかなあ」


 思わせぶりに目線をあさっての方向にそらす。


「これはワタシに届いた手紙だしなあ」

「いいじゃねえか。俺のこととか何か書いてないか。会えなくて寂しいとか。将来はマシューさんみたいに素敵な大人になりたいの、とか」

「書いてあるわけないでしょ!」


 バカを言わないで、と俺の耳を引っ張った。


「痛えな、おい」

「さっきのお返しだよ」


 ぷい、と奥に引っ込もうとするところをあわてて呼び止める。本題を忘れるところだった。


「すまないが、デズを呼んでくれないか?」


 エイプリルがやっぱり、とつぶやく。

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