地球篇

1-6 西暦2200年、滅亡まで868年(蜘蛛の余市)


 おい、サダ公じゃねえか? 俺だよ俺、余市よいちだよ。

 なんでい、ゴミ箱なんて漁って。え? ゾンビになったって? 俺と一緒じゃねえか。

 今日の夕飯はそれかい? うわ、食えたもんじゃねえな。俺の家に来いよ。うまいもん食わせてやるよ。


 さ、日本酒だ。遠慮せず飲め。火入れしていない生酒をあえて腐らせたやつだ。たまんねえ匂いだろ?

 オイオイ、泣くことないじゃねえか。ムショではろくな飯を食えなかったと見える。


 しかし時が経つのははええな。今日で22世紀も終わりか。え? この十年俺がどうしてたかって? もちろん蜘蛛(注:高層マンションに侵入する泥棒のこと)よ。俺の指を見てみろよ。ちょうどよい塩梅に腐ってるだろ。これでコンクリートの壁にぴたりと貼りついて高層階まで登っていく仕組みなのさ。ま、いわば和製スパイダーマンってとこだな。


 夏は稼ぎ時だ。高層階に住んでいる奴らは油断して窓を開けっぱなしで寝ていたりするからな。昨日も一発やったところよ。この深紅色の瞳も役に立つぜ。暗闇が全然苦にならない。ゾンビになった時俺は歓声をあげたね。これでもっと稼げるってな。


 そこでサダ公相談なんだが。俺ももう六十だ。ひとりで蜘蛛をやるのもきつくなってきた。手を組まねえか?


 え? 無理だ? 堅気に戻りたいって? ふうん。

 ま、いい。気にせず飲め飲め。

 これは何かって? 滋賀からわざわざ取り寄せたふなずしさ。遠慮せず食いな。


 ――そうか、うまいか。そりゃ良かった。


 ん? 何だ? 俺寝てたのか。そりゃすまない。終電だから帰る? お前変わったな。昔は徹夜で飲んだりしたのに。しけた野郎だぜ。


 さっきの話だけどな。気が変わったら連絡くれや。

 気持ちは変わらないって? 馬鹿を言うなよサダ公。わかってるだろ? ゾンビなんかに仕事はないって。お前さんよほど路上生活に戻りたいと見える。


 いいか。お前のことは俺が一番よくわかってる。

 お前は戻って来るよ。必ずな。そしていつかきっと俺に感謝する日が来る。

 

 じゃあまたな。連絡待ってるぜ。

刊行シリーズ

はじめてのゾンビ生活の書影