地球篇

1-7 西暦2831年、滅亡まで237年(修道女の日記)


2831/4/8

 今日は私の十才のたん生日。プレゼントはこの日記帳だ。パパとママは泣いていた。十才になった女の子は親元をはなれて修道院でくらす決まりだ。

 同室のキャシーはいい子そうでひとまず安心。

 今日はひっこしでつかれた。もうねよう。


2831/12/24

 パパとママからクリスマスプレゼントが届いた。パパからはチョコレート、ママからは手編みのセーター。手紙も入っていたけれど、黒い線がいっぱい引かれていて、読めたのは「愛してるよマリー。メリークリスマス!」だけだった。

 キャシーによるとこれはシスターによる〈検閲〉というものらしい。

 二才年上のキャシーは物知りだ。今度色々聞いてみよう。


2832/8/1

  今日初めて生理がきた。ショーツがよごれて私は泣いてしまった。


「泣くことはありませんよマリー。これはすばらしいことですわ」とシスターがなぐさめてくれた。少しはずかしい。


2832/8/10

 今日授業で赤ちゃんがどうやってできるかを勉強した。

 私たちが十八才になったら、おなかに赤ちゃんのもとを注入するらしい。変なの。だって昔ママは言ってた。ママとパパが出会って愛し合ったから私が生まれたって。


 ママとパパに会いたい。


2835/10/14

 今日キャシーに新人類化の兆候が現れた。

 キャシーはもう新人類居住区に移送されたようで、さよならも言えなかった。


2837/4/8

 今日で私は十六歳になった。

 嬉しくとも何ともない。


2837/5/13

 主は言われた。


「産めよ、増えよ、地に満ちよ」と。

 シスターは言う。


「神は我々を選ばれたのです。ゾンビに子をなすことはできません。それは我々人類のみに与えられた崇高な使命なのです」と。

 そんなの嫌だ。私は産む機械じゃない。

 誰か助けて。


2838/1/1

 新人類人口率が75%を超えた。やった!

 はやく私にも奇跡が起きてほしい。


2839/3/15

 今朝嘔吐した。新人類化の兆候?


2839/3/17

 昨日こっそりゴミ箱を漁って残飯を食べてみた。残念ながらおいしいとは思わなかったけど、嘔吐はなし。

 後三週間で十八歳の誕生日が来てしまう。お願い神様、私を新人類にしてください。


2839/3/20

 今日医務室に忍び込んで検査用のペンライトを使った。結果はオールグリーン。陰性だ。

 悔しくて涙が出た。


2839/3/27

 この三日間、私は懲罰房にいた。


「あなたももう少しで大人の仲間入りね、マリー」と、私に声をかけたシスターに殴りかかったから……らしい。〈らしい〉というのは、そんなことをした記憶が私にないからだ。

 医師の見立てによると私は一種の抑うつ状態にあるらしい。

 現在私が感じている新人類化の兆候も私の妄想にすぎないのだろうか。


2839/3/31

 今日、用具入れから縄を拝借した。もしもの時のために。本当はナイフがよかったのだけれど手に入らなかったから仕方ない。


2839/4/1

 今日、部屋に新しい子が入って来た。名前はクリス。十歳になったばかりの女の子だ。


「泣くことないわよクリス。ここの暮らしは別に悪くないわ」


 と、私は大嘘をつきながら泣きじゃくるクリスを抱きしめた。まるで昔のキャシーみたいに。キャシーは元気にしているかしら。会いたい。


2839/4/3

 やった! 勝利だ!

 私の新人類化が確定した。検査で陽性が判明した途端、私は修道院を追い出された。持ち出せたのはこの日記帳だけ。でもそれでも構わない。

 バスの運転手さんに携帯電話を借りて両親に電話する。パパとママは泣いていた。


「これで家族三人そろって暮らせるわね」だって。そうだ、パパとママは五年前に新人類になったのだった。会話を盗み聞きしていたバスの運転手さんも一緒に泣いてくれた。なんていい人だろう。


 今、揺れるバスの中で日記を書いている。今この瞬間の気持ちを忘れたくないから。


 外の世界に出たら何をしよう。そうだ、まず大学に行かなきゃ。

 十歳の頃の私の夢は学校の先生だった。でも、せっかく新人類になったのだから月を目指してみるのもいいかもしれない。いつの世も宇宙飛行士は人気の職業だ。


 こどもを産む以外のことだったら、新人類は何でもできる。

 私は何にだってなれるのだ。

刊行シリーズ

はじめてのゾンビ生活の書影