地球篇
1-9 西暦2519年、滅亡まで549年(ゲーマーは涙する)
西暦2519年8月。圭太は泣いた。
彼のコレクションが屈強な黒服の男に運び去られていくのを黙って見守るしかなかったからだ。
ダンボール五箱分のコレクションがなくなったワンルームの部屋はがらんとしていて、圭太に失ったものの大きさを否が応にも感じさせた。
「すまない。これも仕事でね」
ダンボールを車に運び終えた黒服の男が申し訳なさそうに腰をかがめる。
黒服の男が妙に礼儀正しいのも圭太の傷を深める一因であった。もっと図々しい男だったら憎むことができたのに、と圭太は思う。
「密告した奴が誰か教えてください」
マコト、ウミ、タカ――三日前に部屋に遊びに来た面子を圭太は思い浮かべた。密告者はその三人のうちの誰かに相違なかった。
「すまない。密告者が誰か教えることはできない。これも規則でね。ちょっと失礼」
黒服の男がサングラスを外し、ハンカチで拭いた。サングラスの下に隠れていた深紅色の瞳が姿を現す。
「刑事さん。ゾンビ特課って本当にあるんですか」
生身の刑事に接するのは今回が初めての圭太が好奇心を抑えきれずに質問する。
「ない。あったとしても一般人には教えない。君はどうやら映画やドラマの見すぎのようだ」
黒服の男、もとい刑事が空になった押入をこんこんと叩いて圭太に忠告した。
「今回は初犯だから多めに見るが、今後は気をつけることだ」
刑事が好意でそう言ってくれているのはわかるが、圭太はあえて反論したくなった。
「何でゾンビが出てくるゲームや映画を持ってちゃいけないんですか。俺だってゾンビなのに」
二か月前、国連で新人類憲章なるものが発表された。ゾンビという旧称はその日突然姿を消し、それまでグレーゾーンだったゾンビ関係の娯楽が一夜にして黒に変わった。
楽しみにしていたゾンビゲームの新作開発も白紙に戻ってしまい、ゲーマーの圭太は意気消沈している。
「ゾンビという名称は最早存在しない。新人類だ。国際会議でそう決まった」
「ラベルを貼り変えたからって中身が変わるわけじゃない。俺はゾンビだ。そして刑事さん、あなたも」
ふむ、とつぶやいて刑事がサングラスをかけ直す。
「君は今、大学生だね。専攻は?」
「社会学です」
「なら危険思想学を受講したことがあるだろう。その時の教材は何を使ったのかね」
あ、と圭太は驚きの声をあげた。
危険思想学講座で使われる教材はもちろん危険思想を題材とした教材だ。ゾンビを倒すことを目的としたゲームもその中に含まれる。
「これは私の独り言として聞いてほしい。君は今大学生だ。そのうち卒論を書くこともあるだろう。君は卒論を書くための題材――つまり研究目的でこれらの商品を買ったのだ。娯楽目的じゃない。卒論計画書に教授からの判をもらって、警察署に来るといい。全部とは言わないが、六割は君の手元に戻るだろう。ま、大学を卒業するまでの一時しのぎだがね」
「あ、ありがとうございます! でも何でこんなに親切にしてくれるんですか?」
すると刑事はサングラスをくいっと指で押し上げて言った。
「何、単純なことさ。私もそういったゲームには夢中になったことがあってね。運悪く母親に見つかって取り上げられてしまったが。昔の話だ」
それまで真一文字に固く結ばれていた刑事の唇の端がわずかにゆるみ、共犯者じみた微笑みを形作った。
「そうなんですか……」
「それと、もうひとつ忠告しておこう。これからの時代、正攻法じゃだめだ。前もって抜け道を探しておくことをおすすめする。特に身の回りの人間には気をつけることだな――もう、わかっているとは思うが。それでは」
圭太にそうアドバイスすると刑事はパトカーに乗り込み、静かに発車した。
パトカーが曲がり角の先に姿を消すまで、圭太はずっと頭を下げ続けた。