地球篇

1-4 西暦2445年、滅亡まで623年(芸人は××をぽろりする)


 西暦2445年11月。若手芸人のりくの手元にはゾンビ検査の診断書があった。結果は陽性。


「俺の夢もこれで終わりか……。さきに謝らんとな」


 陸は梅田にあるカラオケボックスに移動してから、相方の咲を呼び出した。


 三十分後、ノックもせずにドアを勢いよく開けて咲が入って来た。

 咲はずかずかと陸に歩み寄ると、何の前触れもなく陸の目に指を突っ込んだ。


「痛ッ。何すんねん」

なにて。深紅色の瞳見ようと思てん。あれ? コンタクトは?」

「まだフェーズ2や。色が変わるのは来週くらいや」

「ふうん。目玉飛び出るんは?」

「……三週間後」

「よかった。グランプリには間に合うやん」


 一か月後、東京でお笑いグランプリが開かれる。陸たちは予選に挑戦すること四回目にしてようやく出場権を手に入れたのだった。


「へ? コンビ解消せえへんの?」


 コンビを解消されると思い込んでいた陸は拍子抜けし、ぽかんと口を開けた。


「せえへんよ。何で?」

「だって俺臭いで」

「私が鼻栓したらええやないの。ハイ、台本。修正したから読んで」


 陸は台本をぱらぱらとめくり、目をむいた。

 ト書きに〈陸、コンタクトを外す〉〈陸、目玉をぽろりと落とす〉〈陸、鋭い歯でぼりぼり釘を食べる〉と、ゾンビネタが満載なのだ。


「ちょ、咲。これ無理やで」

「何で? ムズイん?」

「ムズイも何もこれ、放送倫理に引っかかるで。グランプリはテレビで生放送されるのにこんな……」


 ふ、と咲が不敵に笑う。


「でもオモロイやろ?」


 ぐ、と陸が答えにつまる。ゾンビが一般的な存在となった今、巷ではゾンビネタが密かに市民権を得ている。ただ、テレビ局や出版界は人権擁護団体からの抗議を恐れ、ゾンビネタに手を出すことは決してない。


「芸人は目立ってナンボや。あんたこれやってみ? 絶対ウケルで」


 〈ゼッタイウケルデ〉という芸人殺しの八文字にほだされた陸はしぶしぶ台本の変更を了承した。


「もし芸能界追放されたらお前も道連れにすんで」

「はは。そん時は路上ライブでもやろか。意外と儲かるかもしれんで?」


 咲が鞄の中からハリセンを取り出し素振りを始める。咲はオールドスタイルの漫才をこよなく愛する女である。憧れのオール阪神・巨人に近づくために古典の研究を怠らない彼女であった。


「さ、始めよか」


 陸が台本を読み終えたことを確認し、咲が宣言する。


「へいへいっと」


 彼らは知らない。

 咲が考案し、陸が実行した〈目玉ぽろり芸〉がゾンビ層で絶大な支持を得て、スターへの階段を駆け上ることを。


 彼らは知らない。

 七十四年後、国立ゾンビ感染症センターの医師がゾンビ告知の度に目玉ぽろり芸をさく裂させ、患者を仰天させることになる(※1-1参照)ことを。


 梅田のカラオケボックス。すべてはここから始まったのだった。

刊行シリーズ

はじめてのゾンビ生活の書影