内幕隼
うちまくはやぶさ。東京の刑事さん。妖怪嫌われ体質以外はいたって普通な公務員。あと感性が若いのか、年端もいかない少女達となんか仲良くなる。ちなみに実家はインテリビレッジと呼ばれる超高級ブランド田舎にある酒造所。
菱神艶美
ひしがみえんび。謎の女子中学生で、自称フリーランス。いわくありげな殺人事件の現場にふらりと現れる推理マニア。
過去に言動やファッションなどで黒歴史あり。また『菱神の女』の一員で、その才能が開花すると地球人類の四分の一が死滅するのだとか。
午前八時一〇分
【隼の手帳】
・艶美と二人で地下通路を調査する。
・口では言わないが、もう艶美はデフォで隣に立っている。
・こっそり人の袖とか掴んでいる。
隼
「いっそお前が心配だ……」
艶美
「箇条書きだから! 結論だけだからちょろく見えるの! 間に無限の行間があるんだよ!!」
午前八時一五分~八時四五分
【えんびめも】
・地下は打ちっ放しのコンクリートに鉄格子、うって変わって閉鎖的な造り。ドキドキ。
・通路の壁には本棚やストレージがびっしり。顧客の個人情報や相談内容が網羅されている。
隼
「さて……これで星見家の『占い』の秘密が明らかになった訳だ」
艶美
「口八丁で信頼を得た顧客から個室で話してもらった内緒話をツギハギして、あたかも情報通に見せかけて、広い世界も狭い心もお見通し、って演出していた。
ここだけの話、なんて言葉は信じない事だよねえー」
隼
「大企業組が触れたかったのはこっちのストレージか。ひょっとすると、山道の崩落だのマネキンだのの秘密はここにあるかもな」
午前八時四五分~九時
【隼の手帳】
・地下の奥に座敷牢がある。中に入っているのは予言や神通力を司る妖怪・刑部姫。
・刑部姫の話から、収斂の許可があれば外を散策できるらしい。ただしその際は刑部姫が逃げられないよう、隧道(トンネル)に道祖神を置くとの事。
艶美
「家族に隠し事は不要、なんてよく言ったもんだよね。あるいは全員で一つの罪を共有しましょうって意味だったのか」
隼
「やや唐突かもしれないが、そもそも俺が妖怪嫌われ体質なんてものを持っている事から分かる通り、この世界に彼らは『いる』。ここを疑っても仕方がない。ちなみに刑部姫についてのデータはこんな感じだ」
『現代妖怪辞典(有料アプリ版)「お」の行』
刑部姫(おさかべひめ)
ウルトラレア。
姫路城天守閣に隠れ住むとされる十二単の女性。予言などの神通力で有名。その正体はキツネの妖怪とされるが、真偽は不明。
妖怪退治の褒美として宮本武蔵に刀を贈るなど、歴史上の偉人との接点も多い。
姫路城城主は年に一度だけ刑部姫と面会し、特別な助言を授かる資格を持つ。
艶美
「ザ・てんこ盛りだねえ」
隼
「……というか、そもそもほんとに妖怪なのか。正体不明の神通力に無理矢理理由をつけて納得しようとしてないか」
艶美
「でも、収斂の件とは関係なさそうなんだよね、彼女。鉄格子をすり抜けたり遠隔呪殺できるって感じじゃなさそうだし」
隼
「そもそも浮世に興味もなさそうだったしな。復讐なんぞしなくても二〇〇年も経てば相続税だの何だので成金一族ごとき勝手に倒れるだろうっていうか」
艶美
「ほんとの大魔王は焦らないんだねえ」
隼
「もう一点、トンネルについての話があるぞ」
艶美
「道祖神っていうのは石の御神体に宿る神様で、村の境なんかに置いて災いや疫病が入ってこないように道を塞ぐ役目を負っているんだよ」
隼
「それを、星見家はトンネルに置いた」
艶美
「なんて事はない。私道の細いトンネルには元々細工があって、岩盤のシャッターが降りるようにできていたんだね。嵐の前に崩落が起きた……ように見えたのも、誰かさんが秘密の鍵でも回したからかな?」
午前九時~九時三〇分
【隼の手帳】
・艶美と二人で地下調査を終えて一階に戻る。
・他の人達が二階の廊下に集まっている。
【えんびめも】
・確認してみると、シャワー中のメイドの恋が(四回目)誰かに襲撃されたみたい。背後からクロスボウで撃たれたらしく、肩をやられている。
・またしても、誰も犯人を見ていない。
艶美
「ここで刑事さんが凡ミス。今は消えた犯人じゃなくて、メイドさんの方に注目するべきだった。
そう、犯行の瞬間を誰にも見られていないという事は、彼女もまた『消えて』いたんだからね」
隼
「止血と意識を取り戻すのに必死だったんだ。あと正直に言う、憎む対象も欲しかった。死角のないガラスの館を自在に歩いて二人も襲うなんて、まともじゃないからな」
艶美
「だから、その前提がそろそろ崩れ始めているんだけどね」
午前九時三〇分~一〇時
【隼の手帳】
・メイドの恋を二階の寝室で寝かせる。
・夫人の明逢がシャワーを浴びている。
・八井敏と豊川龍が揉める。収斂には聞きたい事があったが、使用人は関係ない。何故彼女が狙われなくてはならないのだ、との事。
【えんびめも】
・収斂と恋の間にさほど繋がりがあるとは思えないよ。雇われのメイドは孤独だ。これは計画犯罪? それとも突発的?
隼
「一応、収斂と恋が愛人関係にあるとかダイナミックな線もあるにはあるが」
艶美
「ここは何でも筒抜け透輝館だよ。それこそ逢引きなんてどうすんの?」
隼
「だとすると、それ以外の突発的犯罪」
艶美
「便乗犯なら全く無関係な恨みつらみが原因のケースもあるけど」
隼
「例の山道の崩落やマネキン人形の方か? 企業関係者ならともかく、館から出ないメイドがどう接点を持っているのか想像がつかない。一応、松島って苗字が建設会社のご令嬢と被ってはいるけど、そんなに珍しいものじゃないしな」
艶美
「となると」
隼
「……メイドの恋は収斂殺しについて何かを掴んだ、って線かな」
午前一〇時~一〇時三〇分
【えんびめも】
・艶美ちゃん、トリックに気づく。
・でも決定打に欠けるため、犯人の特定には至らないよ。
・艶美ちゃんが仕掛ける!
隼
「やっちまう訳だ、またしても」
艶美
「えっ、やだなあ大袈裟な。犯人のふりしてメイドさんを襲っただけなのに。『仕掛け』をして後ろから鈍器でごっつんこしただけでしょー?」
隼
「こいつほんとにもぉー!!」
艶美
「でも犯人を短期間で特定できない以上、防衛策を取らないと一〇〇%メイドは殺されるよ。何しろ犯人はバレるまでは何度でもコンティニューできるんだからさ」
隼
「そりゃそうなんだが……立場上手放しで褒められん!」
艶美
「ともあれ、悪目立ちさせて簡単に手出しできない環境を作らなくっちゃいけなかったんだ」
隼
「つまり松島恋が狙われたのは」
艶美
「私と同じ、トリックに気づいたから。でも犯人以外の誰かが同じトリック使ってメイドさんを叩いたんだ。口封じしたって情報の拡散は止められないって分かれば、無駄な殺しはしないはず」
隼
「……だったんだけどなあ」
午前一〇時三〇分
【隼の手帳】
・メイドの恋が犯人に襲われて死亡。死因は脳天に撃ち込まれたクロスボウの矢。
艶美
「ここで私もミスをしたんだ。犯人以外の人物Xがメイドさんを叩いた、って見せたかったんだけど、どうやら犯人はメイドさんの自作自演だって考えたみたい。
よっぽどトリックに自信があったのかな。そうそう何人も気づくはずがないって考えちゃったのかも」
隼
「結果として松島恋はより一層激しく狙われる羽目になった訳だ」
艶美
「……もっと他にやりようはあったのかな、って時々思う。無理だって分かっていてもさ」
隼
「……、」
艶美
「犯人としても、自分がボロを出し始めている自覚はある。ここから先はスピーディになるはずだよ」
午前一〇時三〇分~一一時
【隼の手帳】
・長男の導入が死亡。死因はクロスボウの矢を掴み、自らの喉に突き立てての自殺。
・遺書では、収斂の占いによって八井商事、松島建設が業績主義に傾いて粗悪な建材を使い、道路の崩落が起きた件を糾弾している。
艶美
「これにて一件落着、と」
隼
「そんな話信じられるか! 構造が簡単過ぎる!」
艶美
「導入に罪を被せるのが目的だから、もう犯人はトリックを隠す気がない。壁際のあれ、そのまんまにしてあるね」
午前一一時~一一時一五分
【隼の手帳】
・トリックの確認。ガラスの壁で囲まれた部屋は丸見えだが、各部屋の壁際にタンスや机などの家具を置いていった場合、全ての壁を一方向から重ねて見ると壁一面が家具で埋まって見える。つまり、死角を作れる。
・鍵束の隠し場所も、壁と家具の隙間。透明な壁の反対側にも家具を置けば、狭い隠しスペースになる。
・頻繁に模様替えしてしまえば、こうした一面の壁を埋める死角は解除もできるので、事件発生時以外に見つかる事はない。
【えんびめも】
・メイドの恋はこの死角製造トリックに気づいて、自分の手で家具を動かして死角を作る実験中に、犯人に襲われたみたい。
艶美
「あーもう。せっかくの解答編、全員呼びつけてご高説したかったのに」
隼
「そんなプレッシャー与えてみろ、犯人は絶対逃げるぞ。鍵束の持ち主でもあるんだから」
艶美
「あの時できなかった事は今やっちゃおう!
サイコロの三を思い浮かべてみて。
透明な四角い部屋に円柱が三本。上から覗けば三つの丸が斜めに並んでいるように見える。
でも横から眺めると、大きな一枚板が視界を塞ぐように見えるよね?」
隼
「流石にこれだと部屋に踏み込まれたらすぐに仕掛けがバレる。だから犯人は複数の部屋に一つずつ障害物を置いた。一つ一つの部屋を覗いても柱が一本ずつ立っているだけだが、全ての部屋を貫くように観察すると一面が埋まってしまうように」
艶美
「おそらくメイドさんが気づいたのは、シャワーの時に壁が湯気で曇るのを見たからじゃないかな。
壁は透明で奥は丸見え、何も隠せない。
この前提さえ覆せば密室、見えないブラックボックスは作れるってさ」
隼
「でも家具を動かすくらい誰でもできる。これだけじゃ犯人は特定できない」
艶美
「そう、だから最後に罠を張る必要が出てきたって訳」