世界の果てのランダム・ウォーカー




 遥か上空に、著しく技術の進歩した国がある。

 セントラルだ。その天空国家は、地上から観測されないようにあらゆるテクノロジーを駆使して位置と視覚情報を偽装している。かつては「地上の監視者」と自負していた時代もあったが、現在では地上に干渉せず、ただ空に浮かんでいる。

 今のところセントラルよりも発達した文明は観測されていない。しかし世界は広く、深い。セントラルの技術力をもってしても、いまだその全てを知るには至っていない。未知のウイルスや敵性生物が人の侵入を許さない未踏地域を形成しており、世界地図は一向に完成する気配がない。さらに管理下にある地域においても、いまだに謎の生物や不可解な現象が数多く存在しており、地上の人間がセントラルには思いつけないような発明をしていることもある。

 広大過ぎる世界。それを知るため、解き明かすために、セントラルは中央調査局という機関を設置し、調査官を置いていた。

 調査官は地上に降りて様々な調査をする。謎の遺跡、未知の生物、地上の人間の技術。未踏地域を踏破して、世界地図を広げる任務もある。

 ヨキとシュカはそんな数いる調査官の一人だった。

 中央調査局は典型的な官僚組織であり、調査官は国家公務員であるから、二人の行動は多くの規則に制約されている。

「先輩、調査官三原則をいってみてください」

 アリスと別れ、安宿に入ったところでヨキがいう。

「まさか忘れてないでしょうね」

「このシュカ様をバカにしてくれるなよ」

 シュカは鋭くにらみつけ、しばし沈黙したのち、目をそらして口笛を吹き始めた。

 ヨキはあきれた顔でいう。

「三原則の一つに、地上の人間に干渉しないという項目があるじゃないですか。いや、あるんですって。みんな知ってます。そして、アリスを助けるのは立派な干渉行為なわけですよ」

「まあ、かたいこというのはなしにしよう」

 シュカはひらひらと手をふり、規則違反を意に介さない。

「アリスが言ってたでしょ。『なぜユヒテルを越えて遠くにいきたいと思うのか、自分でもわからない』って」

「いってましたね」

「店長にはなくて、アリスにはある気持ち。自分でもそれが何なのかわかってないみたいだけど、山を越えることができたら、その気持ちが何なのか、そのとき気づくはずだよ」

「それを教えるために一緒にいくんですか?」

「教えるなんておこがましいよ。私はアリスの気持ちを大切にしたいだけ。あのままだと説得されて、あきらめるかもしれなかったからさ」

 アリスのなかにある、ユヒテルを越えたいと思う気持ち。衝動。その名を、ヨキとシュカはよく知っている。そして二人はそれを尊いものだと考えている。

「山脈越えですか。本来の任務はこの地域の人口の動態調査なんですけどね」

「統計調査なんてつまらないさ」

 シュカはいう。

「生体組織の残った石像と、青く輝く山なんてみせられたらさ。いくしかないって。それともヨキは一人で留守番してる? 人の数をかぞえながらさ」

 ヨキは職業的な倫理観と、個人的な興味を天秤にかける。

 答えを出すのにそれほど時間はかからなかった。

「まあ、統計は後からでもとれますからね」