世界の果てのランダム・ウォーカー




 三人は山小屋の二階を与えられた。狭かったが布団もあるし、暖もとれる。建物のなかで夜を明かせることはありがたかった。ヨキとシュカも見張りをせず、長く眠ることができる。

 山小屋の主は、黒い髪の、薄幸そうな女性だった。

 最初、フードをかぶり、伏し目がちだったせいで、目元がよくみえなかった。その女の瞳をのぞいてみたら漆黒だった。ヨキはそんな暗い想像をしていたが、部屋に入ってフードをとり、話してみれば普通の人だった。ここでひっそりと暮らしながら、赤ん坊を育てているという。

「ゆっくりと休んでいってください。おもてなしできるほどのものはありませんが」

「失礼ですが、なぜこのような場所で生活されているのですか? 赤ん坊を育てるには不向きな環境に思えますが」

 ヨキが質問すると、女性は話しづらそうにしながらも説明してくれた。

「この子の父親は罪人なんです。そしてその血を継ぐこの子まで処刑の対象とされています。祖国には戻れません。追手がこないこの山脈が一番安全なんです。種類は少ないですが野菜も育ちますし、罠をしかけておけば、三日に一回は動物がかかります」

「あの石になった生きものたちは?」

 ヨキがたずねると、女性は「わかりません」と答える。

「黒い瞳の悪魔の話は知っていますが、みたことはありません。用心して、日が暮れたら小屋からは出ないようにしています。恐ろしいですが、追手から逃れるためには仕方ありません」

 ヨキはそれ以上何も聞かなかった。

「あの赤ん坊は、どこかの国の王子様なのかも」

 眠りにつく前、アリスがいった。

「クーデターがあって、それで逃げてここで暮らしてるとか。そして、いつの日か配下を集めて国に戻る」

「ずっと旅をしていれば、そういう素敵な出会いもあるかもね」

 シュカは優しくいい、もう眠るようにとうながした。

 ヨキも布団をかぶる。すぐにまどろみが襲ってきた。ここ数日、体が冷えっぱなしで、筋肉がこわばっている。疲れているのだ。浅い眠りがやってくる。さらに深い眠りに入ろうとしたところ、物音で目が覚める。みれば、シュカが扉の脇で丸くなって座っていた。

「先輩、なにやってるんですか」

 かわいらしい姿といえなくもないが、その眼光は窓から射しこむ月の光をうけ、白刃のような輝きを放っていた。殺気すら感じさせる。

「見張りだよ」

「山小屋の造りはしっかりしてます。獣は入ってきませんよ」

「黒い瞳の悪魔ならどうかな」

「あの女の人を疑ってるんですか? ちゃんと白目がありましたよ?」

「用心するに越したことはないさ。もしかしたら黒い瞳は後づけで、本物の悪魔は普通の目をしているかもしれないし」

「でも、どうなんですかね。言い方悪いですけど、本当に悪魔のような超常的な存在が相手だったら、ちょっとくらい用心しても何ともならない気もしますが」

「そうかな」

 もし石化の悪魔が実在したとしたら、とても弱いんじゃないかな、とシュカはいう。

「恐れられ、狩られるだけの存在だよ。きっとね。みたものを石に変えるというけれど、それなら背中から刺せば退治できるわけだし。遠くからライフルで狙うことだってできる。つまり、倒せるってこと。今の状況でも同じ。相手がこちらをみる前に、何かをする時間を与えずに倒してしまえばいい。今夜この部屋にノックもせずに入ってくるやつがいたら、間髪入れずに、そいつの息の根を止めるよ」

 シュカさんはずるいな、とヨキは思う。普段はあんなにふざけているのに、こういう要所では絶対に外さない。

「そういうことなら、僕も一緒に起きときますよ」

「ヨキは寝てなよ。明日もまだ旅はつづくんだ。二人とも睡眠不足は良くない」

「でも、そんな話を聞かされたら眠れませんよ」

「眠れるさ」

 ヨキは自分のまぶたが意思とは無関係におりてきていることに気づく。

「一服盛りましたね」

「お休み、ヨキ。いい夢みなよ」