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 改めてマップを確認すると、楕円形のクエストエリアの三カ所に金色の《!》マーク(次の目的地)が表示され、その他に灰色の《!》マーク(最終目的地だがまだフラグが立っていない)が一つあった。普通に考えれば、三カ所の金マークから攻略しないと最終目的地に行っても無駄なのだが、アスナとアルゴの歩みに迷いはない。
 黄色い煉瓦で舗装された道をすたすた進む二人を、人間になりたいモンスター三名と俺は不安な足取りで追いかけた。アルゴが微妙に距離を置いている理由は、アスナに抱かれたままのワン公のせいだろう。
 頭上のクエストマークが消えたからには、トトはもうキーキャラとしてはお役御免のはずなので、ログハウスの中に置いていったらどうか、と俺とアルゴは提案した。しかしアスナはしっかと犬を抱いたまま、上目遣いで「うう〜」と妙な声を漏らすばかりで、それ以上強くは言えなかったのだ。俺は正直どちらでも構わないが、犬嫌いキャラらしいアルゴは少々精神力を試されているようだ。
 ああまで徹底するからには、さっき本人も言っていたとおり、この世界限定のロールプレイではあるまい。現実世界のアルゴも、きっと犬が苦手なのだ。だが、もし俺が彼女の立場だったら、ああも素直に自分の内面──真実を表現できるだろうか。この世界で作り上げ、幾重にもまとったイメージを保とうとして、むりやり感情を抑え込み、平気なふうを装ってしまうのではないか。
 そんな俺が、アスナに抱いている気持ちを、本当に愛情と呼べるのか…………。
「…………どう思う?」
 俺はごく小さな声で、隣を歩くクエストNPCの一人、《勇気》を奪われてしまったというライオン男に訊ねた。
 アインクラッドに無数に配置されているNPCたちのほとんどは、プリセットされた応答パターンを繰り返すだけのアルゴリズムしか持たず、プレイヤーと会話が成立することなど有り得ない。だから俺は別に返事を期待していたわけではないのだが、
「……お前さんも、何かを取られちまったのかい?」
 とライオン男がぼそりと問い返してきたので、少し……いやかなり驚いた。
「うーん……もしかしたら、そうなのかもな。俺、ここにくるまで、誰かを本気で好きになったって記憶ないんだよな」
 調子に乗ってそう答えると、四十層近辺に出現する本来のワーライオン族と比べればだいぶしょぼくれた外見のライオン男は、いっそう悲しげな顔になって頷いた。
「そうか。実はおれも、自信がないんだ。魔女にたてがみを盗られる前のおれが、本当に《勇気》を持っていたのかどうか」
 ライオン男がため息をついて項垂れると、後頭部のたてがみの一部が、縦にバリカンを入れたようにばっさり消え失せている様が露わになる。
 そのつもりで見れば、ライオン男の隣をぴょんぴょん歩くカカシの後頭部には、麻布を一度切り裂いてから乱暴にったような縫い目があり、その向こうのブリキの胸当ても、大きな穴を絆創膏でバッテンに塞いである。どれも、《西の魔女》とやらが三人から大切なものを奪っていった痕跡なのだろう。
 もちろん俺は、魔女に《人を愛する心》を奪われた憶えはない。それをどこかでなくしてしまったのだとすれば、幼い頃から周囲の人たちを……家族でさえも遠ざけ続けてきた俺自身の責任だ。
 ならば、その心は、どこを探せば見つかるのだろう。アスナと結婚し、一緒に暮らせば見つかるのか? でも、ライオン男の言ったとおり、俺という人間が最初から持っていないものだったら……?
 と、その時、まるで俺の不安を感じたかのように、数メートル先を行くアスナが振り向いた。少し首を傾けてから、いつもと何ら変わらない笑みを浮かべる。持ち上げた右手で行く先を示し、朗らかな声で叫ぶ。
「ほら、キリトくん、見えてきたよ!」
 すかさずアルゴが、両手に装備したメタルクローをきんっと打ち合わせた。
「オレっちが知らないクエってことは、まず間違いなく未踏(み とう)ダンジョンだからナ! 手つかずの宝箱がいっぱいあるゾ!」
「……あのなあ、そうは言っても二十二層なんだから、大したもん入ってないに決まってるだろ」
 柄にもない省察を中断し、二人に追いつくべく足を早めながら、俺は木立の向こうに現れつつある城を見上げた。やたらと細長い塔を何本も伸ばし、壁の色は黒に近い灰色。赤みの深まる空を背景にそびえるその姿は、《魔女の城》と言うに相応しい雰囲気だ。
 あそこの奥深くにおわす魔女を倒せばこのクエストはクリアのはずだが、しかし現段階では城に入れないのではないか。常識的には、カカシ・ブリキ・ライオンが奪われた心を各地のサブクエストをこなして取り戻してからでないと、最終ダンジョンの扉が開かなかったりボスが湧出しなかったりするものだ。いや、それ以前に、三人の捜し物をスルーしてしまうのは少々可哀想なのでは……。
 と俺が考えるうちにも、アスナとアルゴは微妙な間隔を維持したままスタスタ歩き続け、ほんの数分で行く手におどろおどろしい城門が出現した。高さ五メートルはある黒い鋳鉄の門扉はぴったり閉じられ、やはり開く気配は──
 かりかりガチン。
 という明確な解錠音に続いて、扉が自動的に左右に開いていくので、俺もあんぐり口を開けた。アスナに抱かれたワンコロがわんわんと吠えるが、あいつが開けたわけではないだろう。
 女性プレイヤー二人は、やっぱりという顔で頷き合っているが、こちらはさっぱりわけが解らない。脳みそや心臓やたてがみを盗られたままのカカシたちと顔を見合わせ、肩をすくめて、門の内部に踏み込む。
 途端、凶暴な唸り声が響き、四体のモンスターが城の前庭にポップした。大柄な胴体に黒豹の頭が乗ったワーパンサー族だ。魔女は黒猫を使役するというから、相応しい番人と言えなくもない……かもしれない。
「ギャオオオオウッ!」
 パンサーたちがもう一度吼え、刃がぎざぎざした円月刀を抜いた途端、カカシたち三名は「ひいいっ」と情けない悲鳴を上げてうずくまってしまった。《恐慌》のバッドステータスなのか、本気で怯えているだけなのかは定かでないが、もともと戦力としては期待していなかったとはいえ、初っ端からこれではボス戦が思い遣られる。
 俺は小刻みに頭を振ると背中の愛剣エリュシデータを抜き、右側から突進してくるワーパンサー二匹を同時にターゲットした。片手剣には数少ない単発・範囲攻撃型ソードスキル《セレーション・ウェーブ》を発動。
 地面に打ち下ろした剣が高周波で振動し、鋸刃のようなライトエフェクトが放射状に広がる。豹男二匹はそれに呑み込まれ、たたらを踏む。もともと移動阻害目的の技で与ダメージはさほどでもないが、所詮は二十二層のクエストに出てくるモンスターだ。体勢を回復する前にHPが削り切られ、パンサーたちは立て続けに爆散する。
 残り二匹も、左手にワン公を抱いたままのアスナと、一対一なら実はかなり強いアルゴが秒殺し、戦闘は終わった。豹男の一匹がクエストアイテムマークつきの鍵をドロップしたので、それを使って城本体の片隅にある小さな扉を開ける。
 くぐる前にもう一度空を見ると、朱色に紫が混じり始めていた。夜になるまであと一時間という所か。城はかなりのサイズなので、日没前のクリアはどうやら難しそうだ。
 ──という俺の思考をまたしても読んだのか、アスナがぽんと背中を叩いて言った。
「大丈夫よ、お弁当たくさん持ってきてるから」
 いや、晩メシの心配をしていたわけじゃなくて、今日中にアスナと結婚できるかどうか考えてたんだ。
 と答えるわけにもいかず、微妙な角度で頷くと、アルゴがのんきな声を出した。
「そいつは楽しみだナ! アーちゃんが醤油の開発に成功したって噂、ばっちりキャッチしてるゾ!」

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