7(3rd person)
襲撃計画は失敗に終わった。
日も沈み、夜。足取りを失ったと判断した彼女達は直線的な追跡を諦め、次のフェイズに移る。
「やれやれ、『菱神の女』が六人も揃って狩りに失敗するなんてどんだけ怪物なんだ、天のヤツ」
ぼやいているのはビキニのトップスに細いズボン、さらに軍用コートを羽織った美女、由だ。公衆の面前でも一九四一と呼ばれる巨大な対戦車ライフルを隠そうともしない。あれだけ堂々としているとかえってオモチャや映画の撮影など、通行人が勝手に理由をつけてくれる、という無茶苦茶な理論で今日まで渡り歩いてきている。
ショートカットに病的に青ざめた肌の菱神落がぼそぼそと横槍を入れる。
「……む、むしろ、船頭多くし、て船山に登るになったん、じゃあ?」
「お? 足引っ張った張本人が言ってくれるじゃない。アンタ達が足止めして私が撃つ係のはずだったよね。狩り場から獲物が逃げたのは誰のせーい?」
対して、呆れたように息を吐くのは黒いドレスの美女、菱神浪。
「猟犬や勢子にもスタミナと集中力の限界がありますさかい、絶好の機会を与えても撃ち抜けない猟師とチームでは狩り場への拘束にも限度があると思いまへん?」
「おーおー、ちょっとその辺の路地で決着つけるかこいつらめー」
早速角を突き合わせている『菱神の女』達だが、これはもう彼女達のサガと見るべきだ。菱神の女は動的な離別を表す。元々集団行動が苦手なのである。
そんな彼女達をかろうじて繋いでいるのは、
「はい、はーい」
「うごっ!? 痛てえ!」
「ほーらー、みんな仲良く☆ 仲直りを祝ってみんなで一発記念撮影しよう。私自撮り棒持ってるからみんな入るよう?」
「その重さで何が自撮り棒ですのん絶対それ特殊警ぼ……いたいーっ!?」
一〇歳くらいのあどけない少女が大人の美女達をどつき倒してフレームの中にむぎゅうと押し込んでいく。
菱神夢。
倫理を破壊する夢。
……ようは、この少女は会話や雰囲気作り、そして突発イベントなどを使って、『菱神の女』は集団行動に不向き、という『モラル』を破壊している訳だ。よって逆振り、ギリギリではあるが彼女達は互いをリンクし拙いネットワークを築いて、仮初めの協力関係を維持している。
「はいチーズ、ぶいぶいっ!」
「アンタ絶対カメラの前だと上目遣いで親指しゃぶるかピースサインだよね……。あー痛い……」
適当に馬鹿騒ぎしながら彼女達は拠点に帰っていく。
隠れ家はいくつかストックがあったが、今回はビルの中に埋もれる教会だった。
中ではへそが出るように布を切った修道服を纏う少女が待っていた。
菱神箍(ひしがみたが)。
信仰を破壊する箍。
「おかえりなさいませー」
「……変な匂いするけど、やっぱ奥って覗かない方が良い感じ?」
対戦車ライフルを肩に担ぐ由がうんざりしたように言うと、シスターにしてはいやに扇情的な箍はくすくすと笑った。
「そんなに緊張なさらずとも、お歳を召した人格者が一日中仰向けでばぶばぶ言っているだけですから害はありません。日々禁欲的な生き方をすればするほど箍が外れれば凄い事になるという見本を見たければどうぞご自由に」
「うん、絶対やめとくわ」
興味津々な夢の首根っこを掴んで、うんざりしたように由が呟く。
「あら残念。むぐむぐ」
シスターはシスターで、けろっとした顔でバケツのような紙容器を両手(と胸)で抱えていた。
小学生くらいの夢がやはり食いつく。
「ところで何食べてるの? あっ、ポップコーンだ!」
「ふふふー、顕さんに前もって作り置きしてもらっていたおやつです。皆さんもいかがです?」
が、こちらについても由や浪の反応は鈍い。
「……それってがっつり遺伝子組み換えナンチャラゆうヤツですやん。うち天然素材の方がええですなあ」
「つか今度はナニとナニのお野菜同士を掛け合わせた訳? 前はきゅうりがバナナの房みたいにもさもさ生えてきていたけど」
気味悪がっている大人達をよそに夢はシスターの腕の中のポップコーンをもりもり頬張りながら、
「けっ、処女至上主義のアイドルオタみたいな事言いやがって。そんなに整形豊胸脂肪吸引は悪か! ぷんすかぷーん!!」
「夢、お前は全体的に後で再教育な?このねじ曲がった感じは軍隊式でやり直さなきゃダメだ」
わあーん! と分かりやすいほど分かりやすく顔を覆って大泣きする夢だが特に誰も反応を返さない。狼少年は周囲を不感症にするのだ。
シスターはゆっくりと首を傾げて、
「それよりー、天さんの姿がありませんけど?」
「コケました。顕ちゃんが防犯カメラ網をチェックしているけど芳しくないって」
「こっちもこっちで派手にやったから補給もしたかったしな。失のヤツ呼んでるけど良いよね?」
「うげっ!? 水と油なの知ってるじゃないですかー!」
慌てたように改造修道服の箍がわたわたと両手を振るが遅かった。
教会の扉が開き、グラマラスなメガネの女教師が顔を出す。服装は一見タイトスカートのスーツだが、実際はかなりピーキーだ。胸の大きく開いたジャケットは手袋と一体型になっているし、タイトスカートに見えるのはキャミソールの裾だった。極め付けに網タイツ装備ときた。
開口一番彼女は言った。
「不純異性交遊シスター、ちょっと裏に来い。女性の嗜みを拳で分からせてあげる」
「いーやーですよーだ! ここは私の管轄です、デカい顔するのはそっちの腐敗学園の中だけにしてもらおうか!」
べーっと舌を出すシスターをなだめながら、夢が尋ねる。
「今どこの学校だっけ? 代官山で合ってる?」
「あそこは潰れたわ」
「南青山の住宅街っしょ」
「そこも潰れた」
「あなた一体いくつ学校潰しているんですか、もう……」
菱神箍が呆れたように言うと、長身の女教師はうずくまってしまった。
ずーん、と黒くて重たいオーラに包まれる。
「みんなみんな良い子だったのに、私はただただみんなの成功と幸せを願っていただけだったのに。何がどうしてあんな哀しい事故に……」
「事故っつーか武装化に校舎籠城、挙句に集団自殺とやりたい放題だけどな」
「……みんなあまりに可愛くて、ついつい放課後の特別レッスンに力が入ってしまうというか。教科書通りの奇麗ごとなんて食品添加物みたいで気持ち悪いし、世界の本当の景色を一足先に見せてあげただけなのに」
「それで世の中にうんざりして武器を手にしたらどうしようもないですやん」
黒いドレスの浪が息を吐いた。
「ともあれ」
菱神夢が話題を変える。
「失ちゃん、頼んでいたものは持ってきてくれた?」
うずくまったまま女教師は親指で扉を指差す。
全員で外を確認すると、ド派手なスポーツカーのトランクにぎっしりとコンテナボックスが詰まっていた。
舌なめずりしたのは対戦車ライフルを愛用する由だ。
「よし、よし。武器弾薬はこれで困らないな」
「というか、あれで良く検問に引っかからへんかったですなあ」
「肩書きっていうのは大事なんですよー。女教師、公務員! 私も修道服着ている時は大抵どこでも素通りですし」
「へへー。夢ちゃんも素通り組なのだ、ぶいぶいっ! ……むしろ迷子と間違われてお巡りさんとか先生とか無意味に大人達が寄ってくるんだけど」
「で」
箍がこう切り出した。
「改めて、天さんの件どうするんですか。サイバー戦争専門の顕さんの人物検索でも引っかからないらしいですしー」
「ならカメラがない、もしくはほとんどない宿泊施設を当たれば良いんだよ」
あっけらかんと言ったのは、やはり夢だった。
「防犯カメラ目指せ一〇〇万台の大東京覗きシティじゃ、逆にサポート外のエリアの方が珍しいもん。そんな訳でー、市ヶ谷から徒歩で物色できる……ひとまず半径五キロから始めましょ? あの天ちゃんだって、素人の刑事さん引きずり回したままじゃやれる事も限られるだろうしね」
「そりゃ大体あそこに隠れるとは思うけど、でもいっぱいあるだろ、その、えと、ラブホなんて」
ややたじろぎつつ、自分の頬を指で掻きながら由が言った。
「当然、天のヤツは偽名使っているだろうし、どこから調べる訳?」
これには黒いドレスの浪が応える。
「偽名込みのリストなら、サイバー戦争専門の顕の手で片っ端から入手できるんとちゃいます?」
「だとしたら?」
「連れ込み宿にもピークの時間帯とプランがありますやん。例えば夕方から夜に掛けてのご休憩、深夜帯から翌朝までのご宿泊」
浪は片目を瞑り、
「……でも、真っ昼間にやってきていきなり即ご宿泊を選んでずーっと部屋で息を潜めているなんてのは稀ですよって。絞り込みの参考になるんじゃおまへんか」
状況が動き出す。
小さな夢は両手でわざとらしく左右の頬に触れていた。
もじもじしながら悪女は言う。
「やん、ラブホテルなんて初めて過ぎて夢ドキドキしちゃう☆」