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「で?」
警視庁、旧大会議室。
刑事部捜査一課零外係の札がかかったその部屋で。
人が散々骨を折って助けてやったというのに、水着同然のツインテール、推理マニアの菱神艶美はジト目だった。
本日の議題はこちら。
「増えてる」
「……、」
「なんかすげーもっさり増えてる! 『菱神の女』って激レアだったはずだよね? 何だって昨日の今日で二桁レベルで増殖してんの!? 私の価値が大暴落!!」
「い、色々事情があるんだよ! 適当な受け皿はここしか思い浮かばなかったし! 話せば分かるっ、全部終わるまで二、三日はかかるかもだけど……」
「……さて取調室は何番が空いていたっけな」
「何もそこまでする事はないと思うんだ!」
元々まともな刑事は俺一人だけで、残りは中学生とか中学生とかアイドルとか中学生とか式神とかバラエティー豊かな民間出向ばっかりだった零外係。
その一角がさらにとんでもない事になっていた。
菱神顕、失、落、由、浪……あと何だっけ? 兎にも角にもあそこだけまとめれば、そのまんま格闘ゲームのジャケットになってしまいそうな多国籍感。
「で、刑事さん。連中の足首にGPSはつけないんだって?」
「ああ。お前と同じ条件が良い。ていうか、そういうのやったら台無しだろ。永遠に距離なんか縮まるもんか」
「良いけどさっ! でも東京拘置所菱神別館って何!? 虎ノ門の一等地にある億ションじゃん!」
「知らないよ美島の馬鹿野郎サマにでも聞いてくれよ!!」
こっちだって驚いているんだ。一応無罪放免にできないし、まともな裁判もできないから、逮捕拘留だけしておいて未決囚として政府で身柄を預かって、社会貢献、つまり事件解決に協力するたびに懲役四桁クラスの罪状を不起訴処分で一つ一つ削っていく方向らしいけど、正直御茶ノ水の学生向けマンションで慎ましく暮らしている俺よりハイソな生活環境だぞ!
「こうね、罪人ばっかり優遇される時代が来るとね、艶美ちゃんも思わずワルになって刑事さんの気を引いてやろうかって思っちゃう訳だよ」
「もういっぱいいっぱいなんだ、勘弁してくれ!」
ていうか何でこんなに男っ気がないの!? 贅沢病かもしれないけど全体的に居心地悪いわ! たまには誰かむさ苦しいの来て!!
艶美のヤツは頬杖をついて息を吐き、
「はあ。ま、国民的アイドルグループの『タロットガールズ22』を七八人総取りしたデンセツの漢内幕隼には何を言っても無駄なのかなあ……」
「おいちょっと待て、今の不穏なコメントは何なんだ」
「しょげるー」
ぐったり机に突っ伏す推理マニアに代わり、これまた民間からの出向であるハチテレビのアシスタントプロデューサー、阿刀美濃里(あとうみのり)さんがニヤニヤしながら接近してくる。
「あまりゴシップ系には興味がないんだが、とりあえず一言だ内幕君」
「おいクソ馬鹿野郎、何カメラ回してんの!? 基本的に部外秘! 建物の内部構造が洩れただけでテロのリスクが上がるんですよ!!」
「あらあら。都合が悪くなると正論押しにする辺り、公務員が板についてきたって感じねえ」
「サンサンうるせえ」
それ気にしてるのにー、ともう一人の(大学時代の)(ゆるふわヘアにメガネでとびきり巨乳な)先輩が勝手に涙目になっている。津川蚕(つがわさん)。名前を敬称で呼ぶとサンサンになるのまだ気にしているんだな。
と、そこへこのカオスな零外係を築いた立役者のクソ野郎、美島警視長サマが顔を出してきた。忙しいんだか暇なんだかいまいち読めない人だ。
「やあ内幕君、ちょっと良いかい?」
「嘘だろー、もう東京管轄の警視庁を飛び越して全国管轄の警察庁から怒られる始末かー」
「いや設立から一月でパワーバランスぶっ壊して警察機関最強最悪の武闘派部署に作り変えたその手腕には一言言いたいけれど、まあここまでやれば逆に裏街道の連中は手を出してこないだろうから結果オーライかな。防衛省抑え込むのちょー大変だけどね、犯罪抑止の観点からすれば十分以上に見合うものはありそうだ」
「お説教の雰囲気ではなさそうだ。では一体今日は何を……?」
「いやね、強大な戦力を蓄えるのは構わないけどちゃんと自分で管理してねって話。ほら、新入りの菱神さん達、ちゃんと数は足りているかい?」
「まさかそんな……って、あれ!? ほんとに何人かいなくなってる! 夢とか箍とかどこ行った!?」
蛇とかサソリとか、アレな珍獣愛好家の大脱走トラブルみたいに絶叫すると、何故だか足元、テーブルの下からごとりと物音がした。
そして一〇歳くらいのあどけない声が続く。
「うふふ、夢はここにいるよ。何故ならこの位置取りがとっても意味深だから。ふふふ」
ギョッとする前に艶美が総毛立った。
「分かってねえな! 恋の駆け引きっていうのはそういうのじゃないんだよ。頭にパッと浮かんでもそのままやっちゃダメなの! 間に一枚なんか挟めよ!! お嬢様学校って、体育の後にも良い匂いがするんだぜ……的な乙女の幻想っていうか砂糖菓子よりも甘いオブラートをだ!!」
「私は恋とか愛とかどうでも良くて、おにいちゃんみたいな絶景、最高峰があると思わず征服したくなるっていうだけなんだけどなあ。ほら、倫理を破壊する夢ちゃん的に」
何だか小刻みに振動している夢を引っ張り出すと、今度は背中の方から何か柔らかいものが押し付けられた。
ほとんど頬ずりするような格好で囁くのは、
「倫理ねえ。もうちょい格を上げて信仰まで上り詰めれば私の領域なんですけどねえー」
「箍! お前ちょっと近……」
言い終える暇もなかった。
どしん! と頭になんか重たいものが乗る。
いや、まさかこの柔らかいの、まさかですよね。
「教育を破壊するという観点に立てば、公正の象徴であるあなたを骨抜きにするのも悪くないのかしら」
胸かよ!
大きいと肩凝るって伝説は本当っぽいな。いやこんな重さに感心して現実逃避している場合じゃない。なんか他にも続々と押し寄せてきてるし!
「そんな事より私と二人で制度をぶち抜こう。てか由さんの場所がない。横からひっつくか! 利き手ゲットー」
「むしろひっついて壊れるのは警察機関の伝統だろ。この私は背に腹変えられなければ複数同時でも構わない系だし」
「何だか事情は見えないけど金融を破壊する浪も参戦しますわ」
「……、んむ」
「あ、顕が、行くなら、私も行く。私は、隼が求めるもの、なら、どんなスタイル、にもなれ、る」
お前らもう菱神がどうしたとか関係なく面白くなっちゃってるだけだろ!!
でもって、
「あらあら。少し出遅れてしまいましたね。信頼を破壊する身としても、現職刑事の籠絡は興味がありましたのに」
「椅子ごと引っこ抜いてこっちに寄せれば良いだろう。ポジション取りで安泰なんて聖域や安全地帯で高みの見物決めるようなら、そこはもう私の射程内だ」
……。
何で。
どういう理屈であれだけ大騒ぎした袴姿の籤と白い魔女の天がもう大手を振っているんだ!? 黒幕!! いやこの国の裏側とかあんまり説明されても困るけど!
「大丈夫そうだね」
美島さんの呑気なコメントに目を剥く。
「どこのどの辺がですか」
「全体を総括して。……まったく、あの呪(まじな)さんだってもう少し見境はあったよ。当たり前にこれができる内幕君には奇跡の価値に実感が湧かないかな。でもこれだけの『菱神の女』が一堂に会して、未だに空中分解していない時点で壮絶の一言だよ。始祖の樒(しきみ)さん辺りなら分かるんじゃないかい?」
ふん、と離れた所で息を吐く音が一つ。
おそらく最も謎な人、白髪で小柄な和装の少女(に見える規格外の怪物)は一言も発しなかった。
ただ、この人は不機嫌ならそれを隠す素振りを見せない人だ。
黙っているという事は、黙って受け入れるだけの居心地の良さでも感じ取ってくれている、のかも?
艶美は艶美で、俺の周りにひっついている姉妹だの従姉妹だのをがるがる威嚇しながら、
「で、『菱神の女』の受け皿を作ったとして、ここからどう動くの、刑事さん」
「……真面目な話をしても良いか?」
「その不真面目なハーレム絵面を何とかしたらね! どこぞのリングの上でベルトでも奪ってきたのか刑事さん!!」
割と怒髪天な推理マニアだけど、こっちのモードはもう変わっている。
「世の中の隙間みたいな場所に落っこちたままの『菱神の女』は放っておけない。スキルがあるなら活用してもらって社会と繋がってほしい。何より、生まれた瞬間に殺されるのが当たり前なんて絶対におかしい。……でもリアルな問題だけど、そう簡単に全員見つけられれば苦労はしない。警察の力を使ったって彼女達の保護は一筋縄じゃいかないと思うんだ」
「前フリは良いよ。具体的には?」
「分かるところから始めたい、確実に。一人いるだろう、『菱神の女』の中で面識のはっきりしているヤツが」
「いや待って。ちょっと待ってよ刑事さん! それは、そのう、流石に絶対無理じゃないかなー、なんて? あのお姉ちゃんがデレるトコなんか想像もつかない!!」
「菱神舞を助け出す」
早口で言った。
自分自身で決意が鈍らない内に。
「凶暴で、邪悪で、完璧で、救いようがなくて、でもそんな『菱神の女』なら何人も見てきた。本当に助けを必要としている人は、助けを求める事を忘れるくらい追い詰められているっていうのも知った。これ以上先延ばしにしてたまるか。だからお前も協力してくれ、錆びた刃みたいな目をした『菱神の女』と、もう一度真正面から向き合いたいんだ」
うへえ、と推理マニアはうんざりしたように言った。
「良いけどさ」
と付け足してから、
「……でもまさか、こんな夢みたいな話をコンプリートしたら今度は『菱神の男』だーなんて言い出さないだろうな。そこまで見境なしになったら流石に艶美ちゃんが一発ぶん殴ろう」