「随分と物知りですね」
「貴様らはそれなりに有名人だからな。先日の、バラドー商会の件ではお世話になった」
 俺たちの悪魔が知られていることについては驚きはない。具体的な能力以外のプロフィールは自ら流しているし、先日の仕事を受けて組織が俺たちを調査するのは当然とも言える。垂らした釣糸に、獲物が掛かったという事だ。
「それで、フィルミナード・ファミリーの幹部様が俺たちに何のご用件で?」
「〈ダイバー〉という情報屋から貴様らの評判は聞いている。金さえ積めば何でもやる守銭奴で、特に人のケツを追い掛けるのが得意。副業で探偵もやっているほどだ、とな」
 待ち伏せされていた理由が分かった。協力者の一人である情報屋のカイ・ラウドフィリップが情報を流していたのだ。カイには常に俺たちの現在地を知らせてあるため、奴が仲介役になり俺たちの居場所を顧客に教えることで取引をスムーズに行えるという仕組みだ。今回事前に連絡がなかったのは、あの変人なりの嫌がらせなのだろう。
「守銭奴ってのは誤解がありますね。俺たちは別に、小金のために仕事をやっているわけじゃない。まあそれはさておき、ご予算はいくらです?」
「はっ、聞いた通りの男だ」
 カイによる風評被害にはあとで断固抗議するとして、今は注意深くこの男の話を聞くしかない。この手の上客が持ってくる仕事はほとんどの場合厄介で、そしてほとんどの場合、断ることは簡単ではないからだ。
「人探しをやってもらいたいんだが、それは貴様らの得意分野だろう?」
「確かにそうですが、初恋の相手でも探しますか?」
「生憎探して貰いたいのは男でね。それも愛しい愛しい、裏切り者だ」
 差し出された写真を見る。薔薇の刺繍が施されたフィルミナードの制服を着た、若い男だった。移民系なのか浅黒い肌をしており、年の頃は俺と同じか少し下、少なくとも二十代前半であることが窺い知れる。それと、どことなく軽薄そうな、はっきり言えばバカっぽい面構えをしている。耳以外の場所にピアスを開けている男は頭が悪いというのは俺の持論だが、唇や鼻にまでピアスが付いているこの男はまさにそうだ。
「そいつの名前はダニエル・ゴースリング。私の娼館で運転手をやっていた男で、まあ、写真を見ても分かる通りチンピラ上がりの能無しだ」
「で、こいつがフィルミナードを裏切ったと?」
「そうだ。腹立たしいことにこいつは、重要機密と現金を奪い逃走した。またその際に、娼婦を一人連れ去ったとのことだ。今すぐ探し出して、生きたまま二人とも連れてきてほしい」
「連れてきて、その後は?」
「解ってるはずだろう? ゴミはゴミ箱に、だ」
 オルテガは冷静な表情を装ってはいるが、心中は穏やかではないはずだ。
 確かフィルミナードのボスであるアントニオ・フィルミナードが病に倒れ、今組織では水面下で勢力争いが起きているらしい。内戦がいつ起きてもおかしくないとまでされる状況下において、重要機密を持ち出されるという不手際は致命的である。今回のことを内密に済ますためにも、自分の軍隊を動かすわけにはいかない。そこで白羽の矢が立ったのが、情報屋に推薦された俺たちというわけだ。どちらにせよ、これは商機だといえる。
「もしダニエルが成れの果ての街から逃げ出した後だとしたら、いくら俺たちでも捜索はかなり困難になりますが?」
「その心配は要らない。この時間から橋を通ってエルレフに渡るためには警察との銃撃戦を掻い潜る必要があるし、事件が起きてからまだ二時間と少しだ。夜が明けるまでどこかのホテルにでも潜伏していると考えるのが妥当だろう」
「〈舟渡し〉を雇ってる可能性は?」
「有力なところは既に押さえてあるし、奴が娼館から持ち出した二八万エルだけで向こう岸まで連れて行ってくれるような良心的な業者はいないはずだ」
 当然ではあるが、その辺りの対応は流石と言わざるを得ない。これで、ダニエルたちは大橋の検問ゲートが開かれる午前十時まではイレッダ地区を出ることが出来ないという事だ。タイムミリットはおよそ八時間といったところか。
「生きたまま連れてくることに俺たちが適任だという事は、ついさっきリザが示した通りです。ただ我々はさっき言った通り、小金では動かない。まあご存じみたいですが」
 クズが足元を見やがって、という台詞が額に浮かび上がったまま、オルテガは冷静な表情を作ろうとする。俺はオルテガを激昂させず、なおかつこちらの利益が最大化する金額を探る。隣を見ると、リザは呆れきった顔をしていた。
「前金で一五〇万、成功報酬として三五〇万でどうです?」
 五〇〇万エルは、バレシア皇国の男性会社員の平均年収ほどの額だ。ロクに武装もしていない一般人を捕獲するだけの仕事としては、本来なら法外な金額である。だがオルテガは要求を飲むしかない。失脚の可能性すらあるこの状況下で、主導権を握っているのはこちらだ。
 脇腹を銃弾で抉られたような顔で、オルテガは首を縦に振った。
「まいどあり。あ、それと」大事なことを忘れていた。「さっき壊された俺の愛車の代わりに、車を一台用意してくれます? あんな目立つ状態じゃ、尾行もできないんでね」
「……手配しよう」
 崖っぷちの幹部は、今度こそはっきりと舌打ちをした。

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