どちらにせよ、これで戸惑いも消え失せた。あとはリザの能力で二人仲良く気絶させて、オルテガに送り届けるだけだ。
「そろそろこの腐れ仕事も終わりだ。おいリザ」
 轟音。振り向くと窓ガラスが割れていた。襲撃? 馬鹿な、ここは五階のはずだ。
 続けて視界の隅で、何かが爆発していた。鮮烈な赤。
 いや、違う。大量の血が飛び散っているだけだ。遅れてやってきた異臭で、それに気付く。
「え、ダニー…………?」
 シエナの声は震えていた。慌てて、虚ろな眼が見ている方向を追う。
 それはソファーに座りながら、大量の血を撒き散らしているダニエルだった。浅黒い顔は自分に起きたことが信じられないような表情に覆われている。死体の腹からは死神が振るうような大鎌の切っ先が生えており、傷口から血液が際限なく噴き出し続けていた。
 カイから情報を貰った際に部屋の間取りも確認していたが、このホテルにはベランダなどはなかったはずだ。しかもこの部屋は通りに面しているため、向かいの建物から飛び移ったということも考えられない。
 つまり、ダニエルを殺し、今ソファの後ろに隠れている者は、壁伝いにこの部屋まで辿り着いたことになる。いや、屋上から飛び降りて来た可能性も十分にあった。
 ダニエルが殺された以上この仕事は失敗だが、シエナまで殺されるという事態は避けなければならない。ならば、俺のやるべきことは一つだ。
 ソファの向こうの襲撃者に向けて、両手に召還した短機関銃を向ける。リザもナイフを両手に構え、臨戦態勢に入っていた。互いの目的はしっかり共有されている。つまり、邪魔者は蹴散らし、シエナを抱えてこのホテルを脱出するということだ。
「誰だお前は? いや、誰だとしても殺すけどな」
「これからくたばる雑魚どもに、んなもん教えても意味ねーと思うけどね」
 おどけた声で挑発しながら、侵入者がソファの陰から飛び出した。背もたれの上に立つその姿に俺は唖然とする。男は、死神としか形容できない姿をしていた。髑髏の仮面に、黒いフード付きのコート。そして肩に担いでいる、血の滴る大鎌。
「くたばる? どっちが?」
「はっ、てめえのことだよ淫売。豚みてえにヒィヒィわめく暇があったら、涎垂らして股開きながら命乞いでもしてな」
 中指を立てながら罵倒する男に、しかしリザは場違いなほど満面の笑みで相対していた。背筋に寒気が走る。俺はこの表情に見覚えがあった。経験則に従って断言するなら、まずこの男は惨殺されるだろう。それも、味方である俺が引くぐらい凄惨なやり方で。
「あはは。いいね、元気のいい馬鹿はぶっ殺し甲斐があるから好き。ところでさあ、ラルフ。イレッダの廃棄物処理場ってここから近かったっけ?」
「……ああ、車で行けば五分も掛からないはずだ」
「ああ? んなもん確認して、どうするつもりだてめえら」
「だってあんたの葬式をしようにも、今日は燃えるゴミの日じゃないからね」
 極めて穏やかな声色で放たれるリザの挑発に、死神は仮面の中でけたけたと嗤う。
「はっ。いいねえ、大好きだぜそういう感じ。殺ったらさぞかし気持ちいーだろうな!」
 死神が大鎌を指揮棒のように振り翳す。引き金に指をかける俺の横から、リザが無邪気な笑みとともに飛び出した。

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