内壁を吹き飛ばしたのは、マクスウェルによって創られたゾンビだった。十数体ほどいるゾンビのそれぞれが腹や胸に大穴を穿たれており、顔からは生気が消え失せている。前列に並ぶ亡者たちはダイナマイトを咥えていた。
哀れな死者たちは、涎まみれの爆薬から延びる導火線に自らライターを近づけている。入浴中に殺されたのか、濡れた裸体のままダイナマイトを咥えている女が、虚ろな瞳で迫ってきた。
「裸の女に迫られても嬉しくないのは、今日が初めてだよ!」
咄嗟に顎を撃ち抜くと、ダイナマイトは女の口から零れ落ちた。しかし、迫りくる女はまだライターをカチカチ言わせていやがる。
俺はシエナを後ろに突き飛ばし、死体の顔面を足裏で蹴りつける。背骨の折れる嫌な感触が伝わるが、女の前進は止まらず、俺は床に背中から叩き付けられる。背骨が反対方向に折れ曲がった状態の女に首を絞められているという恐怖。マクスウェルの能力により筋力が強化されているのか、とてつもない力で抑えつけられ動けない!
死を覚悟したその時、俺に跨っていた女が真横に吹き飛んだ。慌てて立ち上がりながら振り向くと、シエナが荒い息とともに木製の椅子を両手に握って立っていた。
「悪い、助かった」
「あなたを助けないと、私も殺されると思っただけですっ!」
安堵する暇もなく、残りの亡者たちが迫ってきた。亡者たちはダイナマイトを咥えたまま、俺とシエナに殺到。呼び寄せた機関銃で数人の足を破砕し、物理的に行動停止にする。だがこの物量に加えて、被弾を厭わない不死の軍団だ。俺一人の火力では、まるで追いつかない。
二体の中年男が弾幕を抜け、シエナの両腕に噛み付いた。俺は目の前のゾンビで手一杯で、とてもじゃないが援護はできない。
亡者の動きを止めたのは、意外にも襲撃者の声だった。
「ヘイヘイ、お馬鹿ちゃんなのかなてめえら。俺は女は傷付けるなって言ったはずだぜ? そいつは大事な大事な、お姫様なんだからよ」
シエナに噛み付いている二体の上半身が爆裂し、鮮血が飛び散った。血液は帯となって支配者の元へと飛んでいく。見るとマクスウェルの右腕は吹き飛んでおり、大量の血を流して顔面蒼白となっていた。前方で膝をついているリザにしても、血に染まった脇腹を抑えて呻いている。そこから感じられる熱気だけで、凄まじい死闘が行われていたことが窺い知れた。
「おイタしちゃった罰として、二度目の死刑だ豚野郎ども」
歪んだ笑みとともに、男は奴隷の血液を全身に浴びた。右腕から白い煙が立ち上り、凄まじい速度で新たな腕が生えていく。言うまでもなく血液に治癒効果なんてものはないが、銀使いが起こす不思議現象に物理法則を当てはめるだけ馬鹿馬鹿しい。そんな意味不明の相手と戦っている余裕は俺たちにはない。シエナを抱えたまま、声を張り上げる。
「リザ! 窓へ走れっ!」
左胸の〈銃創〉に働きかけ、手榴弾と閃光手榴弾を両手に収まるだけ召喚する。俺はそれを亡者どもとマクスウェル、そして逆側の壁へと投げつける。爆発が内蔵の底から体を揺らし、閃光が部屋を覆い尽くしていく。それでも世界は無音だった。リザが指向性を操作して、俺とシエナに向かう音だけを消してくれていたのだ。
俺たちは攪乱のために叫んだ窓の外ではなく、今爆破してできた大穴から隣の部屋に飛び込んだ。体勢を立て直すと、閉じていた目を開けて一直線に窓へと駆ける。シエナを庇いつつ大窓に体当たりをすると、全身を浮揚感が包み込んだ。ネオンが放つ淫靡な光を反射して、俺たちに追い縋るガラスの群が輝いている。
絶叫する女を抱えたまま地面に左手を伸ばす。叩き付けられて潰れるはずだった俺たちは、突如出現した防護クッションによって衝撃を吸収されて無傷で済んでいた。警察が投身自殺を止める際に使うような代物だが、念のためカイから買っておいてよかった。
即座にクッションを消して車へと急ぐ。そろそろマクスウェルは回復するだろうし、あれでゾンビを全員行動不能にできたとも思えない。いつの間にか並走していたリザが口を尖らせる。
「いいとこだったのに、なんで逃げないといけないの」
「なら提案だ。お前だけ残って時間稼ぎをしろ。尊い犠牲は決して忘れないでやるから」
リザは苦々しく舌打ちをするだけだった。こいつは戦闘馬鹿だが、馬鹿ではない。狭い室内では俺の能力は満足に使えないこと、すぐに再生する化け物に、斬撃や銃撃では分が悪いことは理解している筈だ。大人しく逃げておいた方が、不利な状況で戦うより遥かにマシだ。
担いでいたシエナを後部座席に投げ入れ、俺は運転席に乗り込んだ。後から乗ってきたリザに押さえつけられながら、囚われの娼婦は罵声を放つ。
「もう最悪っ、このバカ、化け物どもっ! 私が死んだら絶対に呪ってやる!」
「おーおー、怖い怖い」車を全速力で発進させながら、後部座席に言葉を投げる。「とりあえずまあ、しばらく人質になってて貰えない?」
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