「ダニー、まさかまだ生きて、……いや」
シエナも勘付いたようだ。ダニエルは確かに起き上がり俺たちを攻撃してきたが、相変わらず腹には大きな穴が空いているし、そこから大量の黒血が零れ続けている。つまりこれが襲撃者の能力ということだ。心音の無い死体による奇襲は、いくらリザでも初見では察知できない。
「俺を殺しかけてくれちゃったお馬鹿ちゃんたちに、このマクスウェルが特別に教えてやる」
マクスウェルと名乗った襲撃者が、大鎌を振り回しながら告げる。かつてダニエルだった生ける屍は、涎と血液と糞尿を垂れ流しながら墓場の王に跪いている。
「俺がわざわざこんな使いにくい大鎌を使ってんのには理由があるんだわ。要するに、こいつで殺した相手は、俺のかわいい奴隷ちゃんになるの。もちろんただの奴隷じゃないぜ? 俺が殺せと言えば誰でも殺すし、ケツを突き出せと言えば喜んで突き出す。それに」
死神の鎌が一閃。ダニエルの首が飛び、断面から大量の血が飛び散る。血液は空中で集結して大きな紅蓮の塊となり、傷だらけのマクスウェルを目指して飛んでいく。警戒して動けない俺たちを尻目に、マクスウェルはそれを全身で受け止めた。
「奴隷どもの血と肉は、ぜーんぶ俺のものだ」
襲撃者が立ち上がり、狂気を纏いながら嗤う。致命傷だったはずの傷は全て癒え、傷口だった場所からは白い煙が立ち上り続けている。
「不死身かよ。はっ、なるほど化け物だ」
「殺し甲斐があっていいじゃん!」
呆れるしかない俺とは真逆に、リザは嬉々とした表情でマクスウェルに向かって走る。俺は召喚した刀をリザに投げ渡して後退。出血が多く立っているのも苦しいが、それでもここで倒れる訳にはいかない。リザが奴と遊んでいる間に策を練るのが俺の仕事だ。
「楽しみだねえ! お前をぶっ殺して奴隷にしてやるのがな。手足をもいで滅茶苦茶に犯してやるから楽しみにしてな。楽しみ過ぎて、自分から殺されに来るのも大歓迎だぜえ?」
驚くべきことに、頭部を失っていてもなおダニエルの死体は活動を続けている。ダニエルは両手に握るナイフを無造作に振り回してリザの退路を断つ。逆方向から挟み込むようにマクスウェルが大鎌で斬りかかるという連携まで、完璧に成立していた。
「気色悪いからマジで。あんただけは絶対に殺してやるっ!」
刀の切っ先が踊り、二方向からの攻撃を流れるように捌く。リザはそのまま攻撃に転じ、体勢が崩れたマクスウェルの右手首と、ダニエルの胴体を両断する。しかしダニエルから流れた血は全てマクスウェルへと向かい、斬られた箇所を瞬時に覆う。傷口が泡立ち、瞬く間に骨格が形成され、筋肉が生成され、皮膚が再生していく。
例の如くマクスウェルは不死身だが、それでもダニエルは行動不能に出来た。二つに分かれた胴体と下半身が打ち上げられた魚のように跳ねているだけで、脅威はない。
「やめだ、やめやめ。もうお前を綺麗に殺して奴隷にすんのは諦めた」言葉とは裏腹に、死神からは狂喜に満ちた気配が放出されている。「跡形もなくグチャグチャにしてやるよ」
直後、外階から、いやこのホテル全体から、大量の足音が聞こえてきた。なんとなく想像ができる。奴は俺たちを襲撃する前に、ホテルにいた連中を皆殺しにしていたのだ。これから迫ってくるであろう亡者の軍勢を予感して、俺の全身を寒気が這いずっていく。
俺とリザにシエナ、それからマクスウェルの位置を確認。襲撃者が入口に陣取っているため、退路は後ろにしかない。つまり窓の外へ飛ぶしかないということだ。
リザは舌打ちとともに男に飛び掛かる。どうやら俺たちの思考は一致しているようだ。リザが時間を作ってくれている間に、部屋の隅で腰を抜かしているシエナを担いで逃げなければならない。怯えた目で俺を見上げる少女の傍まで来たところで、眼前にある壁が吹き飛ばされた。
「おいおいマジかよっ!」
咄嗟にシエナの手を引き抱き寄せていたから助かったが、一歩遅れれば爆発に巻き込まれるところだった。土煙とコンクリの破片を手で払いながら、戦慄の光景を目の当たりにする。
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