二人の話を聞きながら、水無月は戦闘計画を立てる。
 もしヴィルヘルムの心臓を一撃で貫けなくても、人工血液弾で〈霧化〉を封じるのはありだろう。〈霧化〉が厄介なのは、リタとの戦闘で経験済みだ。
 心臓に当たらなくても、着弾だけしてくれればいい。
 水無月は左手の四連装拳銃を起動する。
 そうして、照準円の中に二体の敵がいるのを捉えた。
 一体はヴィルヘルム、もう一体は――
「いいえ、それは間違っているわ」
 リタが強い声を返したとき、水無月は二体のうち一体がリタであることを認識した。
 戦闘モードになっている水無月の目には、リタの紅は映らない。
 あるのはただ、青い人型だけ。
「わたくしもつい最近までわからなかったわ。どうしてお父様が人間の保護ではなく、両種族の平等を定めたのか。魔術を使えるわたくしたちは、どうしても人という種を下に見てしまいがちだもの」
 照準円の中にいれば当たる可能性がある。距離があるため水無月はこれ以上精度を高めることはできないし、厨房を出てしまえば敵に見つかるだろう。
 なんとかヴィルヘルムだけに照準を絞れないか水無月は思案して、頭の中のプログラムが疑問を投げかけるのを聞いた。
 ――何故、そのまま撃たない? 二体とも『敵』ではないか――
「でも、ブラッディソードを退けられ、対等に話せる人たちと出会って、やっと気付いたの。人間は、わたくしたちに守られるだけの脆弱な存在じゃない。人間を見下すのは、ヴィルヘルム、あなたが人間を知らないからだわ。世の中、わたくしたちの思い通りになる人間ばかりではないのよ」
 青いサーモグラフィ画像。敵の識別記号。
 ヴィルヘルムとリタに相違はない。
 撃て、とプログラムは言う。
 そのためにおまえは作られた。
 何を躊躇う? 吸血鬼を抹殺する。それがおまえの目的だ。存在理由だ。それが吸血鬼を気遣い、攻撃を踏み止まるというのか。
 撃て。
 撃て!
 撃て!!

「わたくしは人間と友人でありたいと思う。あなたがヘルヴァイツの国民に手を出すのであれば、ローゼンベルク家の者としてわたくしが相手になるわ」

「――――っ!」
 銃口が剥き出しになった手を掴み、ずるり、と水無月はしゃがみ込んでいた。
 呼吸が荒い。思考が錯綜している。頭蓋の内側で火花が散るような感覚に襲われ、水無月は頭を抱えた。
 ……撃たなかった。
 撃ってはいけない、と何故か思ったのだ。
 プログラムに逆らったその判断が正しいのか、水無月にはわからない。
「残念だよ、プリンセス・リタ。キミもローゼンベルク王と同じように変わってしまったのか」
「生き物は学習し、成長していくものだわ。いつまでも同じではいられないのよ」
「成長ねえ。僕にはキミが立派に成長したのはカラダだけで、頭の中は退化したとしか思えないんだけど」
「なっ、どこを見て言ってるのよ! このスケベ!」
 リタが真っ赤になり、両腕で身体を隠す。穴だらけになったニットは一部が千切れ、煽情的なへそが覗いていた。
 睨みつけるリタにもヴィルヘルムは余裕で微笑む。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいだろう。僕はキミの婚約者なんだから」
 え、とカノンが小さく声を洩らした。
 途端にリタは頭から湯気を出し、地団駄を踏んで叫ぶ。
「元よ、元! 元婚約者! 七年前のイエッセル条約締結と同時にルートヴィヒ家とは袂を分かって、婚約は解消したじゃない。過激派の犯罪者と一時でも婚約してたなんて黒歴史なんだから、こんなところで暴露しないでよ!」
「そう、キミのお父上がヴァンパイアと人間は平等だなんてとち狂った思想を持ってしまったせいで、僕たちは引き裂かれてしまった。でも、僕はキミを諦めたことはないよ。この七年間、どうやってキミを取り戻すかずっと考えていたんだ」
「何ですって……?」
「今日だってローゼンベルク王を説得に来たんだ。イエッセル条約を破棄して、ヘルヴァイツをヴァンパイアで支配するようにね」
 言うなり、ヴィルヘルムの手に紅い剣が現れた。リタが反応するより早く、ぐにゃり、と歪んだ刀身は伸び、リタの傍にいたカノンに絡みつく。
「いやあっ!」
「カノン!」
 まるで大蛇のように動く剣に絡め取られ、カノンはヴィルヘルムの元へ引き寄せられる。ヴィルヘルムの手がカノンの髪を乱暴に掴んだ。
「この子かな? さっきリタが友達と言っていた家畜は」
「ヴィルヘルム! カノンを放しなさい! 傷一つ付けても許さないわよ! そんなことしたら、わたくしのブラッディソードがあなたを切り刻むわ」
 リタが手を掲げる。
 轟、と風が鳴り、室内にあるテーブルやイスが震えた。レストランの窓を覆うカーテンがはためき、天井にぶら下がっているライトが大きく揺れる。戦闘服を着た吸血鬼も突然の風に慄き、人質になっている人間からは悲鳴が上がる。
 けれど、ヴィルヘルムは髪を乱す風にもまったく動じない。カノンを剣で拘束したままリタへ子供を諭すように言う。
「キミの〈風葬の薔薇〉をここで使うのは、賢明とは言えないな。キミはまだ幼い。ブラッディソードの制御もできないんだろう? 人質はどうでもいいのかい? 僕たちの前に、その風で人質が無事じゃ済まないだろうね」
 正論だった。
 くっ、と悔しげにリタがブラッディソードを収める。
「カノンを解放しなさい。お父様と交渉するための人質なら、わたくし一人で十分だわ。そうでしょう!? わたくしがあなたたちに大人しく捕まるわ。その代わり、ここにいる人間を全員解放しなさい!」
 リタの言葉に、にわかに人質が浮き足立つ。
 周囲がざわつく中、リタは王族らしく堂々とヴィルヘルムを見据えていた。
 しかし――

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