バックヤードにいた吸血鬼をすべて倒し、水無月は目的地、レストランの客席近くに辿り着いた。
厨房の中、出来上がった料理を置く台の陰から水無月は様子を窺う。
客席中央にあったテーブルやイスが端に寄せられ、スペースができていた。接客用オートマタはすべて破壊され、隅へ放られている。
人質となった客は中央の空白地帯に集められ、床に座らされていた。ヴァンパイア革命軍は機関銃を手に人質の傍にいるのと室内の随所に立っているのと合わせて、二十体以上が視認できる。
さすがの水無月も、人質の安全を確保しつつその数を相手にするのは厳しい。
どうしたものか、と思ったとき、
「あああ、もう我慢できないわ! いつまでここに閉じ込めておくつもりなのよ!」
知った声が響き渡った。
人質の中から紅髪の少女がすくっと立ち、周囲を睥睨する。
「あんたたち、イエッセルのど真ん中でこんなことしてタダで済むと思ってるの!? 今に軍が制圧に来るんだから! そうなったらあんたたち、全員牢獄行きよ!」
リタである。過激派組織相手にも物怖じしないのが彼女らしい。その横にはカノンがしゃがんでいて、「リタさん、目立っちゃダメ」とリタの腕を引いていた。
「黙れ。おまえ、痛い目に遭いたいのか?」
近くにいた吸血鬼がリタに機関銃を向ける。
銃口に見据えられても、リタは余裕綽々で鼻を鳴らした。
「そんな銃でわたくしが怯むとでも? 人間をいたぶるしか能がない非正規軍だもの、共和国軍で採用されている銀の銃弾はないんでしょう? 人間相手にしか大きい顔ができないなんて、情けないと思わないの?」
「なんだと!? こいつ……!」
激昂した男がトリガーを引いた。
バババッと銃声が響く。人質の悲鳴が上がり、白煙がリタを覆う。
だが――
「……それで終わりかしら?」
白煙が晴れたとき、リタは無傷で立っていた。銃弾が当たっていたのは、彼女の服が穴だらけになっていることから間違いない。
けれど、そこから覗く白い肌には傷一つなかった。
鉛弾に貫通された身体は、その瞬間から修復を始め、ものの数秒で元通りになったのだ。
不敵な笑みを浮かべたリタは自身を見下ろし、
「って、服がボロボロになっちゃったじゃない! せっかく今日のデートのために買ったやつなのに! あーもう! あんた、弁償しなさいよ!」
「なっ、なんでヴァンパイアが人質に混ざっているんだ!? ヴァンパイアは出て行くよう言ったじゃないか!」
「うるさいわね! 友達が人質になるのに、置いていけるわけがないでしょう!?」
喚くリタは過激派を睨みつけた。
「早く武器を捨て投降なさい。それとも、わたくしに直接手を下されたいのかしら」
紅い瞳が攻撃的な光を放つ。締め切られているはずの室内に、ふわり、と不自然な風が吹いたとき――
「なんて運命的なんだ! 騒がしいから来てみれば、プリンセス・リタじゃないか!」
カツン、とブーツの靴音が響いた。
奥から灰色の髪をした青年が現れる。途端に他の吸血鬼たちが一斉に背筋を正した。彼らの醸し出す緊張感が室内全体に伝播する。
直立不動で立つ吸血鬼たち。その間を歩いてくる青年を、水無月はこっそり観察する。凍てつくように整った顔立ち、過激派の戦闘員とは思えない優雅な身のこなしだ。他の吸血鬼が迷彩柄の戦闘服で統一されているのに、この男だけが黒衣を纏っている。
リタは青年へ目を留め、あからさまに顔をしかめた。
「……ヴィルヘルム」
「おや、もうウィリー兄様とは呼んでくれないのかな? 僕たちはまるで兄妹のように仲睦まじく遊んだ仲じゃないか。ほら、昔みたいに僕の腕に飛び込んでおいで! 再会のハグをしよう!」
喜色満面で両腕を広げる男に、リタが歯軋りをする。
「ふざけないで! あなたは今、ただの不法入国者。よくもそんなことが言えたものね」
ルートヴィヒ王弟ヴィルヘルム。ヴァンパイア革命軍トップの登場だった。
ツイてるな、と水無月は思う。これで誰を最初に仕留めればいいのかわかった。王族であるため戦闘力は侮れないが、彼を殺せば組織は瓦解するだろう。
しかし、と水無月は瞳を細める。
ここからではヴィルヘルムとの距離がありすぎる。水無月の暗器はアサシンブレードと四連装拳銃だけだ。アサシンブレードの間合いはわずか三十センチ。拳銃の射程距離はせいぜい数メートルで、それ以上離れていると命中精度や殺傷力が低くなってしまう。
考えている間にリタが言葉を継ぐ。
「何故、あなたがヘルヴァイツに来たのか知らないけれど、ローゼンベルク家が守る地で狼藉を働くのは許さないわ。即刻、人質を解放し投降しなさい。そして、あなたがこれまで人間に対して行ってきた数々の暴虐を償うのよ」
ふっ、とヴィルヘルムが小さく笑った。
いけ好かない笑い方にリタの眉根が寄る。
「……何がおかしいのよ」
「どうして高貴なヴァンパイア王族である僕が、卑しい家畜ごときに償わなければならないのか」
「ヴィルヘルム……!」
「リタ、キミだってそう思うだろう? イエッセル条約は馬鹿げている。聡明なローゼンベルク王が提案したとは、とても思えなかったよ。ヴァンパイアは人間の上位種だ。人間を支配するべき存在なんだよ。平等になんてしてはいけない。それは自然の摂理に反するようなものさ。劣等種を従え、治めるのは当然のことだろう?」
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