テーブルに戻るとリタはパスタを食べ終えて、デザートに移っていた。テーブルの中央にどん、と置かれた大皿にはケーキやタルト、アイスクリームが山ほど盛られていて、カノンも水無月も呆気に取られる。
「デザートプレートを頼んでおいたわ。二人とも、食べるわよね?」
「え、うん。……リタさん、それ、間違えて十人前頼まなかった?」
顔を引きつらせたものの、カノンは残りのカルボナーラをぺろりと平らげると、まんざらでもない様子でデザートを食べ始めた。
「ミナヅキ、はい、あーん」
やっとのことで慣れないパスタを処理した水無月に、リタが満面の笑みでケーキの乗ったフォークを差し出してくる。
なんだ? さては、さっきの不自然な食事で疑われたか?
疑念を払拭すべく水無月はフォークに食いつく。リタが嬉しそうに「キャッ」と声を上げた。
「リタさん! 水無月にそんなことしないで!」
「あらあら、嫉妬かしら。ミナヅキが全然拒まなかったから」
カノンが口を尖らせた。タルトの欠片を水無月の口元へ持ってくる。
「食べて、水無月」
まだ証明が必要ということだな。
勝手に解釈した水無月は、カノンのフォークにも素直に口をつける。
それを見たリタが「まあ!」と瞳を燃やした。すかさず再びケーキを水無月へ運ぶ。
「学院で女子たちが話しているのを聞いたわ。入学試験トップでスポーツも万能なミナヅキとお近づきになりたいけれど、カノンが彼を独占していて女の子を近付けないって」
なっ、と驚いたカノンは少年にタルトを食べさせながら、リタを睨む。
「そんなつもりじゃない。水無月は従弟だし、三か月前にヘルヴァイツに来たばかりで人見知りする性格だから、何かと世話をしているだけ」
「ふうん、本当にそれだけかしら? 聞けば、休み時間も昼休みもミナヅキにべったりみたいじゃない。誰かが言ってたわ。いつも二人だけでいて、まるで姫と騎士だって」
リタに押し込まれた生クリーム付きのスポンジを咀嚼しながら、水無月はわずかに顔をしかめた。
思い返せば、マイヤーもそんなことを言っていた。周囲からそう見られていたとは、不本意である。水無月は望んでカノンにつき従っているのではない。彼女が所有者だから仕方なくだ。
「勘違いされてもおかしくないとは思うけど、わたしと水無月は本当にただの従姉弟同士。別にわたしが水無月の交友関係に口出ししたり、制限したりはしていない」
「それなら、カノンは身を引いてもいいってことよね。わたくしに姫の座を譲ってもらえないかしら。これからはわたくしがミナヅキと一緒にいるわ」
「残念だけど、それとこれとは話が別。リタさんに水無月は任せられない。彼を世話できるのはわたしだけなの。誰にも譲れないし、譲るつもりもない」
言い切ったカノンは、水無月の口にタルトの残りを詰め込んだ。
その瞬間、水無月の口内に爽快な刺激が走る。
タルトの上にアイスクリームが乗っていたのだ。冷たさからそう理解した水無月は、頭が妙にすっきりするような感覚を覚えた。
自らデザートプレートにフォークを伸ばし、アイスだけを取る。
「ミナヅキに関しては大した自信なのね。でも、恋人でもないのにその発言はおかしいわ。ここではっきりさせておきましょう。カノンはミナヅキをどう思っているの?」
「へ!? ど、どう思ってるって!? そんなの本人の前で言えるわけない」
カノンがしどろもどろになり、水無月へチラチラ視線を向ける。
だが、水無月は初めて食べるアイスに夢中になっていた。
カラフルな粘土みたいな塊をひたすら口へ運ぶ。その度に広がる清涼感! 頭がクリアになり、演算速度も上がっている気がする。万能感すらこみ上げてきた。
「あら、わたくしはきちんとミナヅキに言っているわよ」
「それは! リタさんは水無月の正体を知らないから!」
思わずテーブルに手をついて身を乗り出したカノンは、リタの怪訝な視線を受けて席へ着いた。そっと少年を窺い見る。
「……わたしだって戸惑ってるの。水無月の正体はわかっているけど、彼は妙に人間くさいところがあるから、ときどき本物の男の子に見えちゃうっていうか……」
頬を紅潮させ、ごにょごにょと言うカノン。
その横で水無月は一心不乱にアイスを食べ続けていた。リタに促されるままに生クリームの塊も飲み込む。
そのとき、水無月は違和感を覚えた。
初めての感覚に眉をひそめるが、違和感の正体を突き止めるより早くカノンはフォークを持ってくる。拒めば怪しまれると思った彼は口を開けた。
「わ、わたしのことより、リタさんこそ水無月に告白して玉砕したのを忘れたの? 水無月ははっきり断ると言ってたけど」
カノンに押し込まれる硬いタルト。飲み下したものの、違和感は強まる。
「それは最初のときの話でしょう? ミナヅキは本当はわたくしを嫌ってはいないのよ。いきなり付き合うのに抵抗があっただけなんだわ。仲良くなったら、交際してくれるのよね?」
リタに押し込まれる湿ったスポンジ。何だろう。身体の内側が苦しい。
「ちょっと待って。水無月のことは諦めたんじゃなかったの!? 勝負で負けたら水無月を吸血しないって……」
次にカノンに促されるままタルトを飲み込んだとき、水無月は不調の原因を特定した。けれど、もう手遅れだ。
「ええ、吸血を諦めるとは約束したけど、交際を諦めるとは言っていないわ。吸血しなくても付き合うことはできるもの。そうでしょう?」
火花を散らせたリタとカノンが同時にフォークを持ってくる。が、水無月は両手で口を塞いでいた。
少女たちが話を中断して注視してくる中、水無月は言う。
「容量オーバーだ。吐く!」
「「ええっ!?」」
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