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 《西の魔女》の城に突入してから、わずか十分後。
 俺、アスナ、アルゴ、カカシ、ブリキ、ライオン、そして犬の六人+一匹パーティーは、あっけなくボス部屋と思しき大扉に到達した。
 戦力が、クエストの適正レベルを遥かに超えていたせいもあるが、輪を掛けて反則的だったのはアルゴの機動力だ。本当だったら遠回りしなければ上れないバルコニーや、俺でもジャンプを躊躇う狭さの足場などにひょいひょい飛び移り、ルートをショートカットしまくったのだ。おかげで、狭い窓から覗く空にはまだ夕焼けの赤みが残っている。
「……お弁当は、ボス戦のあとにしましょうか」
 アスナがやや呆れたような声で言うと、アルゴは平然と「そーだナ」と頷いた。モンスタートリオも、相変わらずこれでいいのか悩むような顔をしていたが、代表してカカシがぴょんと前に出ると、頭の麻布にシングルステッチで縫われた口を動かした。
「……《西の魔女》は、いろいろ恐ろしい呪文を使うのことですよ。ワタシの頭が空っぽでなければ、呪文の種類を思い出せたのことですが……」
 ……やっぱり、サブクエから順に消化するべきだったのでは。と俺は思ったが、アスナは落ち着いた様子でカカシの肩(というか棒だが)をぽんと叩いた。
「大丈夫よ、あなたたち三人が力を合わせれば、きっとド……お友達の女の子を助け出せるわ。さ、行きましょ」
 言い終えるや颯爽と身を翻し、躊躇なく大扉を押し開ける。
 その奥は、いかにもボス部屋といった雰囲気の、長方形の大広間だった。俺たちが踏み込んだ途端、高い天井のシャンデリアに気味悪い緑色のロウソクが灯る。手前から奥に向かってだんだん明るくなり、正面の壁近くに、大きな檻が設置してあるのが見える。
 檻の中には、縛られた幼い女の子が横たわり──その傍で、ぐつぐつ煮える巨大な釜と、それを長い柄杓でかき回す黒衣の老婆。
「おお……魔女っぽい魔女だ……」
 思わずそんな感想を漏らしてしまう。SAOには原則として攻撃魔法が存在せず、ということは魔法使いも存在しない理屈なので、あの手のデザインのモンスターは相当にレアなのだ。
 さて、あのお婆さんはどんな攻撃をしてくるんだろう。と考えていると──突然、カカシが大声で叫んだ。
「おお、ドロシーさん! このままではドロシーさんがスープにされてしまうのことですよ!」
 続いてブリキもがちゃがちゃ鎧のパーツを鳴らす。
「ドロシー、危ない、助ける、早く!」
 最後に、ライオンも一部虎刈りのたてがみを精一杯逆立てる。
「待ってろドロシー! 今、おれたちが……おれたちが…………」
 だがそこで、ライオンのたてがみが萎み、ブリキの鎧が沈黙し、カカシの心棒が曲がった。
 黙り込んでしまったトリオに代わって、俺とアスナ、アルゴが前に出る。こちらに横顔を向けて大釜をかき混ぜ続ける魔女に向かって、慎重に近づいていく。
 パーティーが、広間の中間地点にまで達した時──。
 黒ローブの魔女が顔を上げ、こちらを見た。黄色に光る両眼をにんまりと細め、甲高い声で囁く。
「あんたたちも、この子のスープを飲んでいかんかえ? 一口飲めば若返り、二口飲めば力がもりもり、美味しい美味しいスープだよ? イィーッヒッヒッヒ」
 ここで迂闊に「イエス」と答えてしまうとそのまま強制イベントが進行し、ドロシーという名らしい少女が釜でグツグツされてしまいかねないので、俺は大声で叫び返した。
「違う! その子を助けに来たんだ!」
「そうかえそうかえ、それは残念だねぇ。なら……」
 そこで魔女は柄杓で釜の中身をうと、ふうっと息を吹きかけた。
「……あんたたちもスープにしてやるよ! イイイィ~~ヒッヒィ~~~~~ッ!」
 金切り声とともに、柄杓の中身がこちらへぶち撒けられる。それは毒々しい紫色の霧に変わり、俺たちを包み込む。
 途端、視界左上のHPバー下部に、緑枠の阻害アイコンが点灯した。麻痺だ。
「げっ……」
 と呻く間もなく、俺とアスナ、アルゴ、そして背後のカカシたちも床に倒れてしまう。高レベルの三人が全員レジストできなかったからには強制麻痺イベントだと思われるが、危険な状況に変わりはない。慌ててポーチから治癒ポーションを取りだそうとするが、何たることか、通常の麻痺なら動くはずの右手までもが痺れている。
「ヒッヒッヒ……さぁ〜て、誰から煮てやろうかねぇ……」
 魔法の杖代わりの柄杓を振り回しながら、魔女は踊るような足取りで近づいてくる。これはもしかして結構マズイ場面なのでは、と思った俺は必死に立とうとするが、体はさっぱり動かない。
「イヒヒ、無駄、無駄。その呪文を破れるのは、獅子の雄叫びだけだぞい」
 ──おお、なるほど。
 大変解りやすいヒントに、俺は視線を動かし、どうにか後方を見た。確かに、カカシとブリキは俺たちと同じく麻痺中だが、ライオンだけはデバフアイコンがついていない。彼がひと声ガオーとやってくれれば、全員の麻痺が解けるはずだ。
 はず、なのだが。
 何たることか。ライオンは、たてがみをぴったり寝かせて、両腕で頭を抱え、うずくまってぶるぶる震えている。おいおい、と心の中で突っ込んでから、ようやく気付く。
 無理もない。彼は、魔女に《勇気》を奪われたままなのだ。サブクエストをこなして、勇気の源である黄金のたてがみを取り戻しているならともかく、この状況で立ち上がれるはずがない。予想できた事態なのに、アスナたちはなぜ三つのサブクエストを回る必要がないと言ったのか──。
「わん、わんわんわん!」
 と、威勢のいいワンコロの吠え声が響き渡り、俺の思考を中断させた。
 止まったのは、それだけではなかった。ライオンの身震いもぴたりと停止し、この上なく萎んでいたたてがみが徐々に膨らんでいくではないか。いったいなぜ。彼の勇気は失われているはずなのに。
 床に寝転がったまま、眼を見開いて見守るうちに、ライオンはゆっくりと立ち上がった。相変わらず貧相な顔つきながら、両眼には確かな光がある。
「おれは……おれは、ドロシーを、助けに来たんだ!」
 大声でそう叫ぶや、胸をいっぱいに膨らませて空気を吸い込み──ライオンは、がるおおおおう! と勇ましく咆哮した。その獅子吼に吹き飛ばされるように、俺の麻痺アイコンも消滅した。
 魔女は更に二回も麻痺攻撃を行ったが、ライオンの次にはブリキが、その次にはカカシまでもが立ち上がって、呪文をディスペルしてくれた。とうとう呪文のタネが尽きたのか、魔女はやけっぱちの形相で、柄杓を振り回しながら突進してきた。
 黒ローブにとんがり帽子の魔女は、どう見ても武器スキルなど取っていなさそうだったのだが、頭上に構えた長柄の杓が赤く光るので少し驚かされる。さすがはこの世界の住人だけあって、どうやらポールアックス系のソードスキルを使いこなすらしい。
「クケエェェェ──────ッ!」
 金切り声と同時に振り下ろされた柄杓を、しかし俺の《バーチカル・アーク》が軽々と受け止めた。返す刀でカウンターを叩き込み、ノックバックした魔女に向かって、アスナがスイッチで飛び込んでいく。
 この期に及んでも左腕にワンコロを抱きっぱなしなのはどうかと思ったが、それでもきちんとソードスキルを発動させるのはさすがの腕前だ。容赦ない五連突きを喰らい、魔女は更に吹き飛ぶ。着地する隙すら与えない勢いで、今度はアルゴが突進。アスナをも上回ろうかというダッシュで魔女の下に入り込むと、両手のメタルクローでズバズバズバっと乱舞系のスキルを炸裂させる。
 ハイレベル三人の連続攻撃を浴びた魔女は、しかしクエストボスだけあってHPバーをわずかに残して耐えた。床にどすんと尻餅をついたが、スタンせずに立ち上がり、広間奥の大釜へと駆け戻っていく。さてはまた謎スープで呪文を使う気か、と俺たちは技後硬直が解けるや否や追いかけた──のだが、それよりも早く。
 いきなりアスナの腕から飛び出したワンコロ、ではなくトトが、弾丸のような勢いで魔女に追いつくや黒ハイヒールのカカトを噛んだ。足をもつれさせた魔女は前のめりに転倒し、凄い勢いでゴロゴロ転がっていくと、煮えたぎる大釜に頭からドボンと突っ込んだ。
 数秒後、鍋の中から盛大なモンスター死亡エフェクトが噴き上がったのだった。

 檻から助け出された少女ドロシーは、愛犬トトを抱き締めながら、俺たちに何度も何度も礼を言った。彼女は、この世界のどこかにある《エメラルドの都》を探すため、これからもカカシたちと旅を続けるらしい。
 もとのログハウスの前でドロシー一行を見送った俺は、名残惜しそうなアスナと(たぶん犬と別れたせい)、ほっとした様子のアルゴ(これも犬のせい)の背中を同時にぽんと叩いた。クエスト最後の《!》マークは、ログハウスの内部に浮かんでいる。家に入ってドアを閉めれば、きっと元の場所に戻れるはずだ。
「さて、俺たちも帰ろうぜ」
 言いながら西の空を見ると、ちょうど夕陽が雲の海に沈もうとしているところだった。

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