狭い車道の反対側にある派手な外観のバーを顎で示しながら、グリムスを路肩に停める。駐車禁止の標識が申し訳なさそうに立っているが、こんな街では意味がない。
他の店同様、バーの出入り口の前には「準備中」の立札が設置されていた。近付いてくる夜に備えて、ネブル通りの店々は開店準備に勤しんでいる。しかしこのバーの様子は他のそれとは少し違っていた。扉の前に立っているのは従業員ではなく、武装した黒服の二人組だったのだ。エンジンを止めると、歌詞の中で何十人死んだかも分からない物騒な曲も中断された。
「あ。もうすぐサビなのになんで消してんだよ」
気付くと、ナイフが喉元に突きつけられていた。もう、この程度の奇行には慣れている。
「これから仕事なのにどんなバカだ? わざとなのか病気なのかはっきりしろ」
「仕事、ね」凶悪な形状のナイフを引きながらリザが嗤う。「強盗殺人の間違いでしょ?」
「……パッと見ただのバーにしか見えねえが、実は犯罪組織の事務所も兼ねてる。バラドー商会とかいう弱小組織だが、何とビックリ、あのフィルミナード・ファミリーから奪った銀の弾丸を隠しているらしい。奪った後に自分らがどうなるか想像できる頭脳はないようだが」
「殺しの許可は?」
「ついさっきグラノフが政府公認のブラックリストに申請してくれた。もちろん生死不問。愛と正義の為に、どうぞ連中を皆殺しにしてください、だとさ」
短くなった煙草を灰皿に押し付け、深呼吸をする。俺がリザの皮肉を流した理由は、無駄な問答は無意味だと判断したためだ。精神を犯してくる罪悪感から逃げたかったわけではない。
疑問を押し退け、思考を放棄し、しがらみを振り切る。余計な感情は、ここから先には必要ない。右手に持つジャン・バラックス社製の自動拳銃、バラックM三一の美しい銃身を指でなぞりながら、助手席のリザに問い掛ける。左胸の〈銃創〉が疼いた。
「最終確認だ。今回の仕事の目的は?」
「ゴミどもが抱えてる、銀の弾丸の奪取」
紅い瞳に氷点下の殺意を滾らせながら、リザは口の端を歪めてみせた。俺は続ける。
「じゃあ、どんな作戦で行く?」
「作戦なんか要らねェし。正面から乗り込んで、向かってくるバカは全員ぶっ殺す」
「上出来だ」
皮肉に笑って締めくくると、俺たちは扉を乱暴に開け放って飛び出した。周囲に誰も居ないことを確認すると、車道を横切って正面玄関まで走る。入口付近まで迫ると、扉を護るように立っていた二人が銃を取り出して威嚇してきた。
怒号が静寂を撃ち抜いて、殺意が秩序を蹴散らしていく。何十分の一にまで圧縮された体感時間の中で、発砲するか否か逡巡する男たちの葛藤が見えた。
「銃が脅しの手段になるとでも考えてんのか、素人ども?」
気の迷いは反応の遅れを呼び、それは死という結果に帰結する。リザのナイフが流れるように動き、二人の喉元を一瞬で切り裂いてしまった。引き金を引けない拳銃など、ただの鉄屑でしかない。本当に俺たちを威嚇したいなら、まずどちらか一方を問答無用で撃ち殺してから喚き散らすべきだ。冷めた墓の下で、存分に自分のミスを嘆いていればいい。
「リザ、中には何人いる?」
「今確認するから少し黙ってて」
リザは静かに瞑目し、内部が見えない造りになっている木製の扉に耳を当てた。リザの知覚器官は常人の数百倍もの感度、および精度を誇る。増幅された聴力は建物内の極小な音でさえも問題なく拾い、音の種類や大きさから内部の状況を瞬時に把握する。耳を扉から離したリザの横顔には、凶暴な笑みが浮かび上がっていた。
「店内にいるのは三人。入って右のカウンターに二人が座ってて、もう一人はうろうろ歩き回ってる。あーそれと、全員がご立派に武装してるね」
「警戒してやがるな。ヤバいものを隠してる証拠だ。肝心の事務所はもっと奥か?」
「っぽいね。地下に広い空間があるみたいだし」
合図とともに扉を蹴破る。そのまま俺は機関銃を構えて立っていた男の眉間を正確に狙って、バラックの引き金を引き絞る。乾いた銃声が室内を渡り、少し遅れて排出された空薬莢が澄んだ音を立てて跳ねた。崩れた笑みを浮かべたまま絶命した男が後ろ向きに倒れるのと、カウンター席に座っていた二人が俺たちの存在に気付くのが同時。連中が懐から得物を抜いた時には既に、リザがカウンターテーブルの上に着地していた。
「反応おっそ。寝起きかよ」
気の抜けた声と共に、リザは片方の男の頭を掴み、手首を支点に捻ってみせた。首が一八〇度回転したびっくり人間を見て、生き残った黒服は絶叫とともに椅子から転げ落ちる。
「てっ、ててててめえらまさかっ、〈銀使い〉かよッ!」
「正解」
発狂寸前の男を見下ろしながら、左胸に棲む怪物に働きかける。〈銃創〉が嬉しそうに脈動し、男に向かって突き出した左手に黒い霧のようなものが発生。脳内に広がる無数の選択肢から一つを選び出し、次の動作を確定。呼応するように霧が瞬時に晴れ、左手に黒塗りの短機関銃が一丁召喚された。
毎分五〇〇発もの連射速度を誇る短機関銃のフルオートが、黒社会の屈強な男を挽肉にしていく。三〇発ほど撃ったところで短機関銃を消し、バラックをホルスターに戻しながらカウンターの奥にある金属製の扉へと向かう。リザが溜息を吐きながら肩を竦めているのは、しっかりと施錠されているという合図だろう。右手に出した散弾銃でドアノブを粉砕し、強引に地下への階段を露出させる。
特殊な外科手術により銀の弾丸を体内に移植された人間は〈銀使い〉と呼称され、人並み外れた身体能力と、SFじみた特殊能力を手に入れる。別次元に棲む悪魔とやらの異能の力を、銀の弾丸を介して借りることができるのである。
その特殊能力というのも千差万別で、俺のように武器を召喚するものからリザのように音を司るものまで様々だ。銀使いの戦闘能力はほとんど化け物といっても良い程であり、特にこういった対集団戦における制圧力は、一人で皇国軍の特殊部隊にも匹敵する。
「悪く思うなよ。銀の弾丸に手を出せば賞金稼ぎに狙われるってのは常識だ。恨むならアホな上司と、自分たちを生死不問の賞金首にした政府を恨め」
「死体に何無駄なこと言ってんの」
「こう言っとけば善人っぽいだろ?」