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『紅薔薇少将リタ=ローゼンベルクVS極東人少年ミナヅキ=ザンデルホルツ
必見! 交際をかけた勝負は本日の放課後、校庭で!!』
即席で作られたビラは校内の至るところに貼られていた。
オートマタコンテストに向けたチームメンバー募集の貼り紙より多く見かけることから、いかに注目度が高いか窺える。学院中がこのイベントを面白がっているのは明白だった。――ただ一人を除いては。
「はあ、どうしてこんなことに……。気が気じゃなくて、今日の授業、全然頭に入らなかった……」
放課後、廊下を歩くカノンは、ビラを目にしては重苦しいため息を洩らす。
「問題ない。授業がおまえの頭に入らないのは何も今日に限った話じゃないだろう。大概、おまえの記憶(メモリー)に授業内容は残っていない」
「あのねえ、誰のせいでこんなことになったと思ってるの? 今回のことは全っ部、水無月が大人しくしてなかったのがいけないんだけど。そこのところ、わかってる?」
「おまえは自分の記憶が貧弱だというのをもっと自覚したほうがいい。いけないことをした履歴が俺の記憶領域にはないぞ」
「まったく反省してない!? どうしてそうなの!? 正体がバレるようなことはしたらダメって、いつも言ってるのに!」
「まだバレてない。今後もバラさない。何か問題があるか?」
どこか上機嫌に言葉を返す水無月に、カノンは立ち止まった。ふうっと息をつくと、彼を静かに見据える。
「……ということは、勝負には勝てるわけね?」
廊下の窓から射す夕日が華奢な少年の輪郭を浮かび上がらせる。
どこからどう見ても軟弱な風体をした彼は、けれど、漆黒の瞳に強い光を宿して肯じた。
「――無論、問題ない」
「王女様はあなたから直接、吸血するのを望んでいる。だけど、あなたの全身に流れる『血』には、吸血鬼にとって猛毒の水銀が含まれている。王女様が一口でも吸血したら、あなたの正体に必ず気付いてしまう。この勝負に敗けることは絶対に許されないの」
カノンが身代わりまで申し出たのは、単に交際云々の問題ではなく、水無月を吸血させるわけにはいかない切実な事情があるからなのだ。
「わかっている」
「念のために釘を刺しておくと、王女様をこっそり殺すのも禁止。勝負中に間違って殺しちゃった、なんてこともなし。そんなことになったら、もっと大騒動になる」
「わかっている」
「ならいいんだけど。あと、人間にできない戦い方もダメ。暗器を出しても、人間以上の力を出してもダメ。勝負中に正体がバレたら、結局同じなんだから」
「わかっている」
「それから、あと注意することは……」
「しつこいな。おまえの注意事項は聞き飽きた」
遮った水無月にカノンは口を尖らせた。
急にいじらしい表情になった白銀の少女は、キュッと水無月の制服を掴む。そのまま背伸びして、少年の耳元へ口を寄せた。
「忘れないで、水無月の持ち主はわたし。絶対、誰にも譲らないから」
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