水無月とカノンが校庭へ行くと、普段と違って、サッカーやハンドボールに興じる生徒の姿はなかった。
 代わりにリタが、闘技場で対戦相手を待つ戦士のように、ぽつねんと立っている。水無月を認めるなり、彼女はよく通る高い声を投げた。
「来たわね、ミナヅキ。遅いから、怖じ気づいて逃げたのかと思ったわ」
 リタは制服ではなく華美な鎧を纏っていた。白金のビスチェに紅の布があしらわれており、ドレスのようである。肩や腕、胸元、太腿まで大きく露出していて鎧としては機能性が疑わしいが、吸血鬼の彼女にはこれで十分なのだ。
 水無月はカノンにカバンを預けると、校庭へ足を踏み入れる。校庭を囲むフェンスは既に見物する生徒でひしめき合い、校舎の窓からはいくつもの頭が覗いていた。
「逃げる理由がない。俺はむしろ、早くおまえと戦いたかった」
「同感だわ。わたくしも早く勝負を終わらせてミナヅキを吸血したいもの。昨日からずっと楽しみにしていたんだから」
 頬に手を当て、うっとりと言うリタを水無月は無表情で見つめた。
 こいつ、いっそのこと人気のないとこで俺の血を飲ませて殺したほうが早いんじゃないのか。
 ギャラリーから少し離れたところにいるカノンをちらりと見ると、水無月の考えを読んだのかぶんぶんと首を横に振られる。水無月はリタに目を戻した。
「それで、勝負の内容は?」
「ルールは単純よ。あなたとわたくしが一対一で戦う。武器の種類は問わないわ。わたくしの家の武器庫から一通り揃えさせたから、好きなものを使いなさい。自前のものがあるならそれでも構わないわ」
 リタが示した校庭の隅には、剣や槍、弓矢、斧から銃器まで揃っていた。おおよそ思いつく限りの武器はあるだろう。
「勝敗はどうやって決める?」
「不公平だと言わないのね、ミナヅキ」
 校庭の真ん中に立つリタは、さも意外だという表情をした。
「わたくしはヴァンパイア、あなたは人間。イエッセル条約で二種族は平等と唱えられているけど、ヴァンパイアの身体能力が人間より優れているのは紛れもない事実。同じ条件で戦うことは、そのままあなたの敗北を意味しているのよ」
「問題ない。おまえの慢心が、思わぬ結果を生むかもしれないからな」
 リタがムッとした。どうやら水無月の発言は紅薔薇少将のプライドを傷付けたらしい。
「……あなたはよくても、人間と対等な条件で戦ったなんて知れたら、わたくしはいい笑い者よ。ヴァンパイアの沽券に関わるわ。そこで、勝敗の判定にハンデをつけるのはどうかしら」
 リタは自身の胸へ手を当てると言った。
「あなたはわたくしの身体、どこか一つにでも傷を付けたら勝ちよ。どこでもいいわ。鎧に隠れていないところはたくさんあるもの、狙える場所は多いでしょう?」
「おまえが勝つ条件は?」
「わたくしは、そうね」
 少し考えたリタだったが、おもむろに水無月へ近付くと手を伸ばした。
 びくり、と水無月が身を震わせたところでリタの手が止まる。
「これをもらうわ」
 人差し指で触れていたのは、ワイシャツの第二ボタン。
「わたくしはあなたの第二ボタンを奪い取れたら勝ち。わたくしはそれしか狙わないわ。だって、ミナヅキを傷付けたくないもの。人間は怪我をすると、治るのに時間がかかってしまうのでしょう?」
 間近で微笑む少女から、人間じゃない水無月は目を逸らした。
「他の条件としては、降参した場合はすぐに勝負をやめることを約束するわ。あと、校庭から逃げ出すのも負けよ。他にミナヅキが付け足してほしい条件はあるかしら?」
「いや、ない」
「審判はこれだけの生徒が見ているから必要ないわよね。ルールもあってないような勝負だし」
 リタは鎧の裾を翻して校庭の隅へ行くと、一本のレイピアを選んだ。
「ボタンを狙うんだもの、わたくしの武器はこれでいいわ。あなたも好きなものを取りなさい」
 促され、水無月はずらりと並べられている武器の中からロングソードを取った。軽く振って感触を確かめる。
「俺はこれでいい」
「あら、銃じゃなくていいの? わたくしに遠慮しなくていいのよ」
「問題ない。銃は使い慣れていない」
 水無月は自分の暗器以外の武器を扱ったことがない。照準が眼球カメラと連動している四連装拳銃と通常の銃は、使い勝手がまるで違うのは想像がついた。アサシンブレードと同じ諸刃の剣はロングソードのみだったので、消去法である。
「肝心の、勝ったときの要求だが」
 校庭の真ん中で数十メートルの距離を置いて対峙したとき、水無月は切り出した。途端にリタが怪訝な顔になる。
「それは朝に言ったはずだけれど」
 芝居がかった仕草で少女はレイピアを持ち上げた。鈍色の尖端が水無月を見据える。
「わたくしが勝ったら、ミナヅキはわたくしのものよ。絶対服従してもらうんだから」
「いいだろう。では俺が勝ったなら、未来永劫、俺の血を吸うことを諦めてもらおう」
 リタが瞬きをした。次いで、ふっとバカにしたような笑みを零す。
「なんて謙虚なのかしら。いいわ。万が一、いえ、億が一、わたくしに勝てたらあなたの命令を何だって聞くと約束してあげるわ。それこそ未来永劫ね!」
 挑発的に言ったリタはレイピアを構えた。
「さあ、ミナヅキ。どこからでも来て。あなたの実力を見せてちょうだい」

前へ|・・・|11121314151617|・・・|次へ



購入はこちらから