「っ!? ど、どうして!?」
 振り下ろされたロングソードを、リタはバックステップで避けた。剣先が真紅の髪を掠め、すり抜けていく。
 踏み込んだ水無月は、驚愕を隠せないリタへ迫る。
 どうやら〈霧化〉ができなくなったらしい。リタの狼狽っぷりからそれを悟り、水無月も内心で訝しむ。
〈霧化〉を封じる方法は水銀を飲ませることだ。水銀の銃弾を体内へ撃ち込むでもいい。彼らにとって猛毒になるものを摂取することで、〈霧化〉は使えなくなる。
 しかし、リタはまだ水無月の血を口にしていない。これはどういうことなのか。
 おそらく、と水無月は事実から推測する。
 何も毒は体内に入っている必要はないのだ。身体に付着しているだけで〈霧化〉はできななる。そもそも味で血ではないと判別できるなら、吸血鬼が人工血液を飲み込む可能性は限りなく低い。口に含み、吐き出すまでの間。そのわずかな時間しか〈霧化〉は封じられないのだ。
 それでも水無月は、たったそれだけの隙で吸血鬼を倒せるよう作られている。
「今のは何だったのかしら。きっとミナヅキの血に夢中になっていたせいね。好きな人の血を前にすると何も考えられなくなるって、映画で言っていたのはこのことなのね」
 恋する乙女の顔で言ったリタは再び消える。水無月の剣から逃れている最中に、指に付着していた『血』は失せてしまったらしい。
 だが、水無月はもう慌てなかった。
「そうか。なら、こうしたらおまえは勝負どころじゃないな」
 剣を自らの手首へ当て、引く。
 火花のように人工血液が噴出した。
 ギャラリーのあちらこちらから悲鳴が上がる。水無月がオートマタだと知っているカノンさえも青ざめて口元を押さえていた。
「なっ、なんてことをするの!? 自ら傷を負うだなんて……!」
 予想外の行動に驚き、〈霧化〉を解除したリタが血相を変えて言う。
 手首から鮮血を流しながら水無月は平然と口を開いた。
「おまえが俺の血で平常心を失うなら、それを利用するまでだ」
 本当は、人工血液の付着で〈霧化〉を封じられるなら、なのだが。リタが〈霧化〉できなくなった理由を勘違いしてくれたのは非常にありがたかった。
 痛覚も失血による戦闘リスクもない絡繰少年は、血塗れの手を掲げ宣言する。
「さっきの台詞は訂正してもらおう。口先だけではない。俺は必ずこの剣をおまえに届けてやる」
 ――それが対吸血鬼戦闘用オートマタのプライドだ。
 リタが呆気に取られて言葉を失う。
 瞬間、水無月から動いた。剣を持たない赤く染まった手を振るう。人工血液が飛び散り、リタの白い肌を汚した。
「くっ、何よ! そんなことするくらいなら飲ませなさいよ!」
「断る。俺の血をおまえの糧にしてたまるか」
〈霧化〉しようとしたリタが、再び失敗して焦りを滲ませる。
 水無月が間合いへ飛び込む。
 姿を晦ませられないリタに選択肢はない。
 少年を迎え撃つべく、リタがレイピアを向ける。
 そして、二人の剣が衝突した。
 そのときだけ水無月は人間にはあるまじき膂力を使った。これくらいならギャラリーにもリタにもバレないだろうと思ったのだ。
 結果、目視すら危ういスピードで振られたロングソードはレイピアを叩き折る――。
「っ!?」
 折れたレイピアの先が飛んでいき、サク、と校庭に刺さる音を聞いた。
 すかさず追撃を繰り出す水無月。鍔で辛うじてそれを防いだリタは、また〈霧化〉してしまった。
 水無月は折れたレイピアのところまで行くと、それを拾い上げる。
「おい、俺の剣はおまえの剣に届いたぞ。次は身体だ。降参するのはおまえじゃないのか?」
「何ですって?」
 姿を現したリタは水無月を睨んだ。先程より距離を取っているのは、それだけ彼女が水無月を脅威に思っている証だ。
 チェックメイトを告げるように水無月は言う。
「おまえの〈霧化〉はもう攻略した。その折れたレイピアでどうやって俺のボタンを奪う気だ?」
 生徒たちのざわめきが大きくなった。
 勝敗が決したのかとギャラリーは窺っている。
 その中、リタがふっと自嘲気味に笑った。カラン、と短くなったレイピアを放る。
「……そうね。これではミナヅキのボタンは狙えないわね」
 リタが武器を手放したことで、水無月もロングソードを下ろす。
 だが、リタの様子が変だ。得物もないのに、不敵な態度は変わっていない。むしろ、さっきより余裕があるように見える。
 ふと、水無月は風を感じた。ちりちりと頬に刺さるような妙に鋭い風だ。校庭には土埃が舞い上がり、足元でいくつも渦を巻いている。
「驚いたわ。わたくし、こんな勝負をするのは初めてよ。今まで戦った共和国軍の兵士たちは皆、わたくしと剣を交えることすらできずに敗北したわ。そもそも人間がヴァンパイアと勝負するなんて愚かしいことと理解し、彼らは降伏していったのよ」
 風は止まらない。
 次第に強くなり、校庭の外周に植えてある木々をたわませ、校舎の窓ガラスをガタガタと揺らし始める。黄土色の砂塵で視界が悪くなっていく最中、リタを見つめていた水無月は眉を寄せた。
 何だ、あれは……?

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