三章 誰が為の存在理由(レゾンデートル)

 駅員の制服を着たオートマタに切符を渡すと、「どうぞ」と彼は微笑んだ。促されるまま、水無月とカノンは改札を出る。
 休日のイエッセル駅はごった返していた。
 絶好の行楽日和ということもあって、出掛ける人が多いのだろう。人々の喧騒と駅のアナウンスがレンガ造りの建物に反響している。
 切符売り場にいる駅員オートマタの前には長蛇の列ができ上がり、売店にいる接客用オートマタは一秒も笑顔を切らすことなく稼働中だ。あまりの混雑ぶりに清掃用オートマタがモップを振るえず、立ち往生しているのが見て取れた。
 売店のお土産コーナーに並んでいる歯車クッキー(様々な歯車の焼き目がついているだけの普通のクッキー)をじっと見ていたカノンが、水無月とはぐれかけているのに気付き、駆け寄ってくる。
「どうしてリタさんにあんなこと言ったの?」
 水無月の隣に並ぶなり、カノンは言った。今日の彼女はお出掛け用の淡い色のコートに、清楚なワンピースを着ている。入念に梳かされた少女の髪が、彼女の気分を示すように軽やかに躍っていた。
「あんなこととは?」
「オートマタコンテストのチームに誘ったこと。わたしはリタさんを誘って、とは言わなかったのに」
「あいつに言われた通り頭の中の記憶領域を検索してみたら、確かにちょうど人手が不足している事案があった。条件は満たしていると判断したため、それに充てた。何か問題があったか?」
「ううん、わたしに文句はない。でも、水無月はいいのかな、と思って」
 駅を出ると、雲一つない清々しい青空が広がっていた。カノンの髪に反射する陽光が眩しくて、水無月は目を細める。
「どういうことだ?」
「チームを組むと、それなりに長い時間を一緒に過ごすことになる。でも、リタさんは吸血鬼」
「問題ない。俺はいつも長時間、吸血鬼と同じ教室にいるぞ」
「はあ、水無月はチームの意味を全然わかってない」
 首を振ったカノンは呆れたように続ける。
「チームになるということは、共同で作業にあたるし、たくさん意見を交わしたり、一緒にごはんを食べたりもする。同じ空間にいればいい、という問題じゃない」
 思わず水無月は顔をしかめていた。
 水無月が会話する相手は、基本的に所有者のカノンだけだ。家にはそもそもカノンしかいないし、学校では話しかけてきたクラスメートに必要最低限、事務的な返答をするくらいである。戦闘を使命とする彼は、積極的に誰かとコミュニケーションを図りたいとは思わない。
 人間相手でそれである。
 サーモグラフィ判定によって『敵』と認識される吸血鬼に、水無月は近寄ることすら厭う。咄嗟に殺しそうになるからだ。
「敵意を向けずに吸血鬼と接する。今のヘルヴァイツで暮らすには必要なこと。いい機会だから、王女様相手に訓練するといい」
「訓練……」
「そう。攻撃しないのは当たり前として、挑発したり侮辱したりもダメ。チームなんだから、お互いを尊重して協力し合わないと。プログラム上で敵と判定された相手と水無月はちゃんと仲良くできる?」
 戦うための訓練ではなく戦わないための訓練というのは非常に不本意だったが、リタにチームに入れと言ったのは他でもない水無月自身である。憮然と「やってみる」と返すと、カノンは微かに口元を綻ばせた。
 さて、話しているうちに待ち合わせ場所に到着である。
 駅前に建つ大きな時計塔。待ち合わせスポットとしてよく使われるが、それ故に人が多すぎて待ち人を見つけるのに苦労するところだ。
 しかし、カノンは難なく目当ての人物を見つけて声をかけた。
「おはよう、リタさん。待った?」
 さすが有名人と言うべきか。群衆の中でも一際華やかなオーラを放ち、埋もれることを知らない。肩を丸出しにしたニットにデニムのショートパンツという露出度の高いファッションで、周囲の男性の視線を集めている。
 カノンの声に、日傘を差していたリタは首を回した。
 吸血鬼は紫外線が苦手だ。朝方や夕方なら日焼け止めクリームで何とかなるらしいが、昼間の直射日光は火傷してしまう。吸血鬼がいまだに世界征服を果たしていないのは、彼らが日中は進軍しないから、とも言われている。
 リタの視線がカノンを飛び越えて水無月を捉える。と、彼女はぱっと花が咲いたように笑顔になった。
「ミナヅキ! へえ、私服そんな感じなのね。結構カッコいいじゃない」
 カノンを完全に無視してやってきたリタは、水無月の周りをグルグル回る。放置されたカノンの顔が引きつった。
 今日の水無月の恰好は、フード付きの黒いコートに開襟シャツとスキニーパンツ、スニーカーだ。さらに、もう一つ、カノンに付けさせられたものがあって……。
 リタが水無月の髪に目を留めて、ふふ、と笑う。
「ヘアピンまで付けてる。可愛いー!」
 そうなのだ。勝手にリタに喧嘩を売ったお仕置きとして、銀のヘアピンを二本付けられているのだ。
 可愛いと言われた屈辱に水無月はぶるぶると震える。リタを瞬殺しないのは偏に「仲良くする」という訓練中だからだ。
 水無月が懸命に堪えているのにも気付かず、上機嫌なリタは一方的に話しかけてくる。
「もしかして、わたくしとのデートのために気合いを入れてきてくれたのかしら? もうっ、ミナヅキったら」
「勘違いしないで、リタさん。これデートじゃないから」
 カノンが絶対零度のツッコミを入れた。
 そこでようやくリタがカノンを見る。
 燃えるような瞳と凍えるような瞳が真正面からぶつかった。
 邪魔者がいたわね、とでも言いたげなリタの視線を受け、カノンは小さく鼻で笑う。
「ついでに言うと、今日の水無月を全身コーディネートしたのは、わたし。褒めてくれて嬉しいな」
「な、何よそれ……!」
 二人の少女は互いに険悪なオーラを放ち、牽制し合っている。バチバチと音が聞こえてきそうだ。
 それを見て、水無月は胡乱げになる。
「チームとは協力し合うものじゃなかったのか?」

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