リタが気まずい表情になり、カノンがこほん、と咳払いをした。
「改めてリタさん、チームに参加してくれてありがとう。コンテストではよろしく」
「ミナヅキの命令だもの、わたくしに拒否権はないわ。礼には及ばなくてよ」
なんとか丸く収まったところで、三人は目的地へ向かうことにした。
駅から真っ直ぐ伸びる大通りを横並びで歩く。水無月を真ん中に、少女たちが挟む形だ。
チームリーダーとしてカノンが口火を切る。
「今日、わざわざ休みの日に集まってもらったのは、コンテストに向けてまず勉強をしておこう、と思って」
勉強? と訊き返したリタの手が水無月に触れた。『敵』に触れられ咄嗟に払おうとしたが、水無月は考えた。
待てよ。仲良くするんだったよな?
思い直してリタの好きにさせた。リタは水無月の腕を取り、細い指を絡めてくる。
「オートマタを作る上で一番重要なのは、コンセプト。目的や用途とも言える。いつ、どこで、何をするオートマタなのか。それがきちんと定まらなければ、優れたオートマタは作れない」
「当たり前のように聞こえるのだけれど」
「そう。当たり前だけど、これが本当に大事。コンセプトを決めることで、自然とそのオートマタのデザインや機能が決まってくる。例えば、工事用オートマタのコンセプトは力仕事だから人工筋肉は他に比べて強化されているし、過酷な環境にも耐えられるよう人工皮膚は耐熱仕様になっている。一方で接客用のコンセプトはホスピタリティ。相手の言葉を聞き取り、適切な回答ができるよう言語プログラムに重点が置かれていて……」
語っていたカノンがふと横を見て、言葉を失った。
カノンの視線は、リタがしっかりと抱えている水無月の左腕に注がれている。
「それで? オートマタのコンセプトがどうしたの?」
「えーっと、リタさん。その前に、なんで水無月にくっついてるの?」
「あら、わたくしはミナヅキに負けてミナヅキのものになったのよ。ミナヅキの傍にいるのは当然でしょう?」
「水無月はそんな命令してない! チームに入るようには言ったけど……」
「それは、わたくしをとりあえず傍に置きたいから言ったんでしょう? ミナヅキはそうやって段階を踏んでわたくしとの関係を深めていきたいのだとよくわかったわ。わたくしもミナヅキの考えに賛成よ」
「ち・が・い・ま・す! そんな理由じゃありません。もう、水無月からもちゃんと言って。リタさんが関係を誤解してる」
「俺はリタと仲良くしたいと思っている。それでいいんじゃないのか?」
あんぐりとカノンが口を開けた。横ではリタが狂喜している。
カノンは不機嫌な表情を隠そうともせず言う。
「リタさん、とにかく水無月から離れて。手を繋ぐ必要もないはず」
「ふふん、どうしてあなたにそんな指図をされなければならないのかしら。あなたはミナヅキの従姉なのでしょう。恋人ではなくて」
ぐっとカノンは言葉を詰まらせ、水無月へ非難がましい視線を走らせた。何故そんな目で見られるのかわからない水無月は、首を捻るばかりだ。
「だったら、あなたが口出しする権利はないわよね。ミナヅキだってわたくしに触れられて喜んでいるのだから」
「……水無月はそんなことで喜ばない」
「ふうん、じゃあ、訊いてみましょう」
言うなり、リタは抱えていた腕を自身の胸にむぎゅ、と押し当てた。ニットを大きく盛り上げているそこに水無月の腕が埋まる。
「どう、ミナヅキ? 気持ちいい?」
上目遣いでリタが甘えるように問いかけてくる。
「……柔らかい」
水無月の口調は、女性の胸の柔らかさを賛美する情感などまるでなかったが、リタは満足したようだった。得意げにカノンを見る。
と、カノンが負けじと水無月の腕をギュッと抱えてくる。
「水無月。こっちの感想は?」
カノンの表情がいつになく真剣だ。水無月は考えて、ありのままの回答をする。
「……温かい」
なっ、とリタが目を剥いた。体温が低い吸血鬼にはできないことである。
カノンがしたり顔で見ると、リタが悔しそうに歯噛みする。バチッと火花が散ったところで、二人に挟まれた水無月は言った。
「ところで、この感覚テストは何のためにやっているんだ?」
「「……」」
三人の歩みが再開した。
「コンテストでわたしたちはまったく新しいオートマタを提案し、製作しなければならない。でも、世の中にオートマタが溢れている現在、新しいコンセプトを生み出すのは至難の業」
水無月の腕を抱えたままのカノンは言う。
「目新しいオートマタなんて、デパートへ行ってもそうそう見かけないものね。それで、どうするつもりなのかしら?」
同じく水無月の腕にひっつくリタが訊く。
「理想は斬新なコンセプトを設定することだけど、それが無理なら、既存のオートマタの性能を上回るものや機能の組み合わせを新しくするしかない。例えば、電子レンジがオーブンやトースターの機能を付けることで新しい製品として売り出しているみたいに」
「そういうことね。纏めたほうが便利な機能はあるものね」
「いきなりアイデアを出すのは無理だと思うから、今日はそのための勉強。まず、既存のオートマタにどんなものがあるのか知ること。そこから、このオートマタにこんな機能がついていたらいいのに、とか、こんなオートマタがあったらいいのに、と発想を広げていく。新しいものはそうして生まれていくものだから」
「必要は発明の母とも言うものね。既存のオートマタを知るといったら図書館かしら。オートマタ図鑑とかありそうよね」
「本もいいけど、イエッセルにいてそれはもったいない。せっかく実物を見られる環境にあるんだから、それを活かさないと。というわけで、目的地に到着した」
三人は足を止めて、近未来的なドーム状の建物を見つめた。入口には大きくこう記されている。
『国立オートマタ博物館』
「今日は一日、ここで勉強するよ」
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