休日のオートマタ博物館は混んでいた。
入館チケットを買うために三人は並ぶ。その間もカノンとリタは水無月を離さなかった。
両手に極上の花状態の水無月は、周囲の男たちから何やら物騒な視線を感じた。チケット売り場にいる接客用オートマタの男性だけが、屈託のない笑顔でチケットを差し出してきた。
入館すると、何世紀も前の貴族が使用していた華美な自動演奏用オートマタが三人を出迎える。
「ここは世界最大のオートマタ博物館で、オートマタ製作が特に活発になった十八世紀から現在までのオートマタ約十万体が展示されている」
「十万体ですって!?」
カノンの説明にリタが驚いた声を上げた。その数はヘルヴァイツの小さな都市の人口に匹敵する。この一つのドームにそれだけの機械人形が詰め込まれているのだ。
「古今東西のオートマタがここに集結していると言っても過言ではない。リタさんはここに来るのは初めてって言ってたよね? わたしが初心者でもわかるように解説していくから。展示を見終わる頃には、きっとリタさんもオートマタの魅力に目覚めているはず。……ふふ、久しぶりの布教活動。楽しみだな……」
カノンの目が異様な輝きを帯び始めたところで、水無月は腕を動かした。少女たちの手を振り解き、順路と書かれた立て札を無視してスタスタと歩き始める。
「あ、ミナヅキ……」
追い縋ろうとしたリタの肩をカノンが、がしっと止めた。
「リタさんはこっち。勉強しないといけないから、わたしと一緒に見て回るの」
「なんでよ! 勉強するならミナヅキも一緒でしょ? なんで彼だけ別行動なのよ!」
「水無月はここにあるオートマタ、全部記憶しているから」
「そんなわけないでしょう!? 十万体あるって、さっきカノンが言ったばかりじゃない!」
「いいから、いいから。ほら、リタさん。これは初期の自動演奏用オートマタだよ。見て、胸に収まっている古いゼンマイの光沢を! この頃は精製技術が発展していなかったから、こんな濁った白色なんだけど、これはこれで重厚感があってわたしは悪くないと思う。そして、オートマタにとって必要不可欠な歯車! 胴体にこれでもかってくらい、大小たくさんの歯車が詰まっているよね? この歯車はどれか一つ欠けてもダメなの。このオートマタは最も単純な平歯車だけで構成されているんだけど、二の腕、前腕、十本の指、両足まで動かすことができる。それはとても素晴らしいことなの。通常、平歯車(プレーン・ギア)だけだと手の指しか動かせない。だけど、この製品は歯車の配置を工夫することで、ここまでたくさんの関節を稼働可能にしている。これが技師の腕の見せ所で醍醐味! 限られた胴体のスペースにありったけの歯車を詰め込み、神の配置を実現させる! そのために技師は日々、歯車と向き合うの。……ここまで製作者の拘りと誇りが詰まっている崇高な歯車を前に、わたしがこれ以上語ることはない。あとはリタさんが見て、感じればいいだけ。さあ、リタさんはどの歯車に感動した?」
「……え? え!? そんな力説されても、ちょっと何言ってるかわかんない……ああん、助けて、ミナヅキイィー!!」
リタの悲鳴が響き渡った。
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