
立入禁止と書かれたバリケードの隙間から、いざ戦場へ。
早速、鉄骨を抱えた土木用オートマタが前方に立ちはだかる。
体長二メートルほどの屈強な男性の姿をしたそれは、水無月も知っている型だった。
製品名、《怪力無双(ヘラクレス)》。筋骨隆々とした肉体が特徴で、異様に長い腕は下ろすと足首まで届く。名前が示す通り腕力と頑強さに優れ、戦時中はこれを改造した対吸血鬼戦闘用オートマタもあった。どれだけの戦果を上げたかは、《白檀式》以外が話題にもならない時点でお察しだが。
対峙すると、両者の体格差は歴然としていた。
けれど、水無月は怯まない。
――『敵』を認識。戦闘モードへ移行――
頭の中のプログラムが無機質に告げる。
刹那、思考が、視界が、切り替わっていく。
《怪力無双》が鉄骨を豪速で振り下ろす。
それを最低限のモーションで回避した水無月は、長い腕の内側へ飛び込んだ。《怪力無双》の足を払う。
当然、土木用オートマタは足払いをかけられることなど想定されていない。
《怪力無双》はいとも簡単にひっくり返り、地響きを轟かせた。
近接戦闘特化型である水無月は一通り体術をプログラムされている。一度、カノンのイジメに便乗して男子が水無月に暴行してきたときは、容赦なく使わせてもらった。それ以来、水無月に手を出す者はいない。
水無月はすかさず、仰向けに倒れた《怪力無双》のマウントを取る。
振り上げたのは、何も持たない右手。
だが、次の瞬間、少年の手に第一の暗器――右手首の内側から生える銀の短剣、アサシンブレードが現れていた。
三十センチほどの刃で、《怪力無双》の胸を貫く。
人工皮膚を突き破り、ゼンマイが砕ける手応えがした。
動力源を破壊されたオートマタに動く術はない。《怪力無双》は動きをぴたりと止めた。
と、背後から重い足音と風切り音。
瞬間、水無月は跳躍していた。
その高さは優に十メートルを超える。
工事現場の誰よりも高い位置。アルプス山脈の稜線にかかる夕陽を浴びて、少年は宙返りをしていた。そうして、中途半端に組まれた鉄骨や、現在進行形で暴走オートマタに荒らされている資材置き場を一望し、真下にいる次の『敵』を定める。
鉄骨を空振りした新たな《怪力無双》の頭上で、少年は第二の暗器を出現させた。
普段は左腕に内蔵されている消音器付き四連装拳銃。
手の甲へ現れた黒光りする銃口を《怪力無双》へ向ける。
狙うのは、首筋の所有者認識チップだ。人工頭脳の機能を補助しているチップもオートマタの急所である。
水無月の手から銃弾が音もなく放たれ、《怪力無双》の首筋をズタズタにした。
――これで二体。
だが、まだだ。暴走している《怪力無双》はまだ二十体以上いるのだ。
着地するや否や、旋風のごとく水無月はオートマタの群れへ突っ込んだ。
長い腕で鉄骨を振るう巨漢たち。唸りを上げて迫るそれらを難なく躱し、がら空きの胸へ次々とアサシンブレードを叩き込んでいく。――これで十体。
破壊したばかりのオートマタの肩に乗って、跳躍する。四連装拳銃のついた左手を一振りし、弾丸をバラまいた。それだけで周囲にいた巨漢は動きを止める。――これで十八体。
観客がいたら、水無月はただオートマタの間を駆け抜けたようにしか見えなかっただろう。しかし、暗殺者として作られた少年は、すれ違いざまの一撃だけで敵の急所を的確に破壊していた。
なす術もなく暗器の餌食になった《怪力無双》は、倒れていく。
「これで二十五体……!」
視界に映る最後の《怪力無双》の胸をアサシンブレードで穿った水無月は、バラバラに散らばっている資材の中で振り返った。
今しがたゼンマイを破壊された巨漢の背中がゆっくりと傾いでいく。
轟音と共に二十五体目の暴走オートマタが地面へ沈んだ。
圧巻だった。
停止した《怪力無双》たちは累々と亡骸を晒している。今、立っているのは水無月だけだ。完全なる勝利。
けれど、少年の表情は曇っていた。
「……俺がしたかったのは、こんなことじゃない」
行き場のない虚無感が胸を苛む。
自らやったことだが、ぽっかりと心に穴が空いていた。
得意になって土木用オートマタを倒した自分がひどく惨めに思え、水無月は目を伏せる。
そのとき。
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